022 バカンス

三人目のターゲットは帝国に抗った元国家反逆者の超危険人物だそうだ。

 あまりにも暴力的すぎるためとある特殊施設に収監されているらしく、奪取には相当な技量がいる。メア曰く、勧誘自体に心配は無いらしいがそこに至るまでが熾烈を極めるという話であった。

 国に喧嘩を売った超が付くほどの極悪テロリスト。そして神賦使徒でもある相手。

 万全な準備と修行を以て挑まなければならない超級ミッションなのに。

「なぁぁんでアタシたちは呑気にバカンスしてんのよぉ~~!!!!」

 燦燦と日差しが降り注ぐスパリゾートに悲鳴が響き渡った。

 シェパードチェック柄の入ったパステルイエローのビキニが眩しいシーナは、ベーチベッドから飛び上がった。少しだけ自慢の『D』が揺れる。

 夏色のトロピカルジュースを吸い上げ、エメラルドグリーンの海を指差した。

「常夏!! 超きれいな海!! 砂のお城!! イチャつくカップルども!! それと~……ヤ、ヤシの木!! ヤシの木いっぱい!! これの、ど・こ・が・超級ミッションなのよ!?」

 頭を抱えて精一杯叫ぶ。しかし楽園さながらのゆったりとした雰囲気はビクともしない。

「すっごい優雅にしてるじゃん!! 『んな夢物語はねぇよ。スパイはいつも゙こんなん゙だぁ』って言ってたのに!! めちゃくちゃあるじゃん夢物語!! や、やったあぁ!!  超ハッピー!! ゴ~~ジャスッ!! ……じゃなくてぇ!!」

 声真似までして疲れ切った彼女の遥か前方で、浮き輪を巻きサーフボードに乗ったラビが巧みに波の相手をしていた。シュノーケルとラッシュガード姿の彼女は、波を読み切り次々とアクロバットを決めている。

 拍手喝采の中、プロサーファーが帰還した。

「なかなか悪くないナミでしたん」

「……一応聞くけど、なんでそんなに上手なの?」

「能力でナミ、ぜんぶわかるから」

「あっそう……」

 ラビはシュノーケルの排出管に息を吹き込むと、ぴゅーっと水が噴き出した。

「ちべたい!!」

「シーナンは泳がないのん? ……はっ! もしかしてカナズチ!? うきわ貸す!? 一時間千ガルでどう!?」

「お金取るんかい! てかカナズチじゃないし! 浮き輪なんてなくてもビート版さえあれば全然泳げるもん!」

 冷ややかなジト眼がゴーグルの中から覗いているのがわかる。

 恥ずかしさに「ぷいっ」と視線を反らすと、辺りを見回した。

「こ、ここに連れてきた張本人に話があるわ!! あのガイコツはどこにいんのよ!?」

「あれ」

 ラビが浜辺の方を指差した。

 眼を凝らした先の光景を、彼女は生涯忘れることはないだろう。

「ここだぜぇえええええええええ!!!!」

 大ぶりのスイカが真っ二つに割れた。木刀を振り下ろした痩せた男が、目隠しを取る。

「……夢よね?」

 見事スイカ割りを成功させたメアが、マッスルボディの男たちに胴上げされていた。

 なぜか先程まで横にいたラビもその輪に混ざっている。

 その時シーナは初めて、このIF5に所属して思った。

 アタシがしっかりしなくちゃ、と。

 

「なに考えてんのよぉ!! ねぇ! アンタァ!!」

 今度はラビと二人で砂をいじり始めたメアに詰め寄った。テーマは分からないが、なにか壮大なものを作っているらしい。

「まぁ落ち着けやクソガキィ。言ったろ? カモフラージュだよ」

「なんの!? 誰に対するカモフラージュよ!?」

「それは追々話してやるって……お、いいじゃねぇえかクソチビ。ナイス砂」

 拳を付け合せる二人。いつの間にこんな打ち解けていたのか。

「砂にナイスもバッドもあるかぁ! 追々じゃなくて今話しなさいよ今すぐ話しなさいよぉ!!」

「そりゃ聞けねぇなぁ。とりあえず数日間はこのまま夏を満喫しやがれ。てめぇ言ってたじゃねぇか、もっとエリートしてぇって」

「意味合いが全然伝わってない!?」

 ガーンと膝を折った。ラビが声を上げる。

「もうちょいでかんせいキタキタ!」

「しゃあ! なかなかの出来だぜ! こりゃあ立派な――!」

 二人は巨大な砂の塊を見上げて言った。

「でかわかめ!」「ヘルゲージだぜ!」

 突如訪れた沈黙に心地よいさざ波が流れる。睨み合った二人は、互いに主張を繰り返す。

「……その赤い眼球は賞味期限切れかクソチビ。どっからどう見たってあのクソ要塞だろ?」

「どっからどう見ても、でかいわかめ、である」

 意味のよくわからない火花が散る砂浜で、シーナは溜息を吐いた。

「どっちでもいいけど、波、来てるよ」

 伝えた時には遅かった。二人の渾身の力作は無情にも波に攫われ、崩壊した。

「でかわかめがぁ!!」

「てめぇクソガキ! もっと早く言えや!」

「うっさい!」と一蹴する。濡れてしまった足を立たせた。

「はぁ、もういいわよ。あたしアイスでも買ってくる」

 砂のことなど一瞬で忘れ去ったラビが飛び上がる。

「ワワシもいく!」

 そう言って二人は屋根のあるウッドデッキに向かった。

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