052 クソババアの感
「ミラーラ……? 本当にミラーラなのか……? おい……!」
「わたし以外に誰に見えるんだ? 留守にしていた間に師匠の顔も忘れてしまったか、メア。私は寂しいよ」
思わず立ち尽くしていた。突然の訪れた再会に頭が真っ白になる。
容姿も声も、紛れもなく彼女だった。
「なんでここにいるんだよ…!? 鳥籠は!?」
「お前が寄こしてくれた仲間たちに救われた。途中までは一緒だったんだが、魔獣に襲われてはぐれてしまったんだ……」
喜びに打ち震えた。自分たちが深部へ足を進めている間に三人が成し遂げていたらしい。
溢れる感情を抑えられずに前髪を掻く。
「そうか……アイツらが……こりゃ散々褒めてやらねぇとな……」
「良い仲間を見つけたものだな。私なんかでは彼女たちを見つけ出せなかった。お前の器量だよメア」
さすが私の一番弟子だ――、とミラーラは笑った。
満身創痍のメアは気が付かない。しかし、シーナは違った。
現状の異常性をしつこいほど感じ取っていた。
鳥籠を破ったのに警報は鳴らない、三人からの連絡もない、彼女の身体に傷どころか服の乱れすら無い、そしてなにより今の言葉――。
「待ってガイコツ」
歩み寄ろうとしていたメアをシーナの腕が制した。
首を傾げたミラーラ。床を走った白嵐から跳んで逃れた。
「お、おい! なにしてやがる!?」
「……やっぱりね。悪趣味ったらない」
配管の上に着地したミラーラを指差して彼女は言った。
「騙されないでガイコツ。中身が人間じゃないよ。機械仕掛けのやっすい人形」
「な!?」
「見てて」
シーナは指をぱちんと鳴らした。するとミラーラに帯電していた白嵐が炸裂したかと思えば、至る所から煙が上がる。
ターゲットの姿をした人形はその場に膝を付いた。
「……ほんt……いいなかm……wmtけた……ななn……」
擦れた声が機械音に変わり、目から光が失われた。ガチャリ、と音を立てて伏してしまった。回路と配線が剝き出しの背中が晒される。
「ほらね。ハリボテもいいとこだよ」
「……!! なんで分かった!?」
「ミラーラさんも『私なんか』って言葉、大嫌いだったんでしょ?」
それはシーナが初めて空月亭を訪れた日のことだった。その言葉を口にした彼女を、メアはすぐに否定した。それが誰かの受け売りだということは気が付いていた。
「案の上だったよ。まったく、こんな最っ低でバレバレの罠しか思い浮かばないから何度もやられちゃうんじゃない?」
「――クソババアさん」
次の瞬間、暗闇を突き破って女が現れた。
両手で大鎌を振るい、焼けるような熱源を滲ませた三角帽子とブラックドレス。
怒りに満ちたルナマンバは再び彼らの前に現れた。
「涙の再会と同時に両断してしまいましょうと思っていたのに……小娘の茶々で台無しね……」
攻撃を弾かれたルナマンバはふわりと宙に足を付いた。
こちらを見下すその目付きは明らかに以前とは違う。妖物を思わせる瞳とアイライン、金髪には血色が混じる。全身のところどころに亀裂が走り、体内から赤黒い瘴気が漏れ出しているようだ。身体に纏う邪悪な気の奔流相まってすでに人の器ではなくなっている。
「良い仲間を持ったわね不死鳥の灰。きっと本物のミラーラでもそう言うと思うわ」
メアは怒りと情けなさに歯噛みした。
「くせぇ口でその名を口にすんじゃねぇよ。小賢しい手使いやがって」
「あなたたちスパイにだけは言われたくないわね?」
不敵な笑みを浮かべた彼女に対し、メアは無言で暗器を抜刀した。何も話す気は無いらしい。
「あら、もう始めてしまうの? あなたの仕掛けた偽物の任務書と爆弾でこちらは大変だったていうのに。私があなたの目的に気が付いた理由も聞いてくれないのかしら?」
「クソババアの感だろ」
「殺意だクソガキ」
彼女から吹き出す瘴気が増した。自慢の吸血兵装まで熱が走る。
「散々コケにしてくれたあんたを殺したい、潰したい、絶望に沈めたい一心でここで待ってたの。溢れる思いを死に掛けの子鳥にぶつけて。初めてあの女がタフでよかったって思ったわ」
揺さぶりと理解しながらもメアは冷静さを保てずにいた。吐き捨てるように言った。
「……ミラーラどこやったクソババア」
「素直に教えると思って?」
「この静けさもてめぇの仕業だな?」
「ええ。せっかくの狩りを雑兵に邪魔されたくないもの。雷壁越えは見事だったわお嬢ちゃん」
ルナマンバはうっとりとシーナを見つめた。妖艶な舌なめずりの奥から炎が覗く。
その禍々しい容姿はシーナの心にとある事実を突きつけた。
「……倒さないと生きて還れないよね」
「ああ。だから今から俺ら二人で――」
言葉を待たず、シーナが一歩踏み出した。白嵐を展開し鉄球を浮かせる。
「ここはアタシに任せて。ガイコツはミラーラさんのところへ」
あまりの衝撃にメアだけでなくルナマンバまで驚いた。
「あぁ!? 何言ってやがる!? 相手が誰だか分かってんのか!?」
「もちろん。だから早く行ってあげて。きっと今ミラーラさんは絶体絶命の超ピンチだよ。アンタが行かなきゃ作戦が終わっちゃう」
きっと彼女はルナマンバの拷問から逃れて瀕死の状態で彷徨っているはず。警備か魔獣に見つかれば一巻の終わりだ。当然メアも承知している。だが。
「てめぇを一人にして行けるわけねぇだろ! 執行官相手にサシ勝負なんざ見殺しも同然だ!」
「六人全員で還るんじゃなかったの?」
「てめぇが死んじゃ果たせねぇだろ!!」
メアの気持ちは本物だった。だからこそシーナは嬉しくて、つい笑みをこぼす。
「死なないよ! こんな卑劣で超性格悪いオバサンにやられてたまるもんですか! そのデカすぎる胸だってどーせ後付けなんでしょ!?」
「ボスの悪いところだけ吸収してるようね。それもお得意の共鳴かしら?」
「そーかもね! アンタたちみたいにキモイことしなくてもできんのよ! ゙本物の゙神賦使徒は!!」
ふふふ、と嗤ったルナマンバは大鎌を掲げ刃を舐める。
「いいわいいわお嬢ちゃん……少し遊んであげましょう……その慎ましやかな身体を引き裂いたあとに、メインディッシュを楽しむのも悪くないわ」
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