056 不死鳥
血の混じった蛍光色の液体が台座に流れ出た。ルナマンバの振り下ろした刃はカプセルを貫き、ミラーラの首元寸でのところで止まっていた。
ただでさえ心臓を抉り猛毒で犯された肉体を、さらに刺し貫いたのだ。勝負は付いたはずだ。
「……五度目は必要ねぇな?」
「ええ……。さすがの私もダメみたいね……」
魔人の身体が落ち、元の姿に戻ってゆくルナマンバ。メアの横顔に向き微笑んだ。
「不死鳥の灰……アナタに……警告……伝えておくわ……」
「……聞いてやるよ」
メアは一瞬、彼女の表情の変化に気が付いた。艶めかしく攻撃的な瞳から、助けを求める少女のような弱々しいものに。
「ミラー……ラ……この女はね……世の均衡を――」
次の瞬間だった。何かを呟こうとした彼女の横顔に手のひらが押し当てられ、そしてそのまま地面に叩きつけられたのだ。
呆気に取られたメア。その瞳に映ったのは朝焼けに瞬く、懐かしい瑠璃色だった。
「――無事か、メア」
ずっと追い求めた存在が目の前にいた。三年前のあの日、自らを犠牲に自分を逃がし、生かせてくれた人。如何なる手段を用い、ただひたすら救出だけを思い続けた人。
今度こそ偽物ではない。
憧れの師匠が自分を抱きしめていた。
「――ミラーラ……俺は……」
「謝らなくていい。私が望んでこうしたんだ」
何と言っていいか分からなかったメアに、彼女は言った。
「いいんだ。逆だったら私は耐えられなかったから」
「ミラーラ……」
その言葉を聞いて思わず込み上げてきてしまった。スパイが忌み嫌ゔ感情゙の波。
「゙スパイは涙を見せてはいけない゙そう教えたはずだろう? 愛弟子が見てるぞ」
横を向けば、そこにはシーナがいた。彼女は喜びに満面の笑みとピースを向けている。
「ははっ、笑顔とピースのスパイか。聞いたことは無いが……こっちよりは何倍もマシだな」
ミラーラは集まってきた他の三人にも目を向けると、預けたブルームーンの首飾りに触れた。
「――いい仲間を集めたなメア。幸運のお守りを預けた甲斐があったよ」
そしてもう一度、彼女はメアを抱きしめた。今度は先ほどよりもより強く、シーナに負けないほどの笑みを咲かせて抱きしめた。
朝日が差し込んだ庭園に何重にも重なった警報音が鳴り響く。忙しない震動と怒号が足元を揺らしていた。
再会に明け暮れる時間は無さそうだ。
「聞いて驚けララ!! この下には肉をくっ付けて出来上がった魔獣が山のようにいるぞ! まさに今、近付いてきている足音がそれだ!!」
「ミ、ミラ姉ぇ! 私が守るから安心してうしろに!!」
ガハハと笑う愉快なガルネットと、少し照れくさそうなミア。ミラーラの奪還に心を躍らせている。
「頼もしいな二人とも。そっちの小さい二人組も、見かけによらず強そうだ」
『強そう』という言葉に目を流星さながらに輝かせたシーナとラビは、彼女ににじり寄った。
「やっっっぱり超一流スパイとなれば分かっちゃいますっ!? 分かっちゃいますかぁっ!? そうです!! 私もみんなと一緒の超ハッピーな神賦使徒!!」
「である!!」
ミラーラの猛禽類のような瞳がニコッと細まった。二人の頭を撫でる。
「頑張ってくれたようだな。しっかりと礼を弾まなければ……と、その前にこの不愉快な鉄の城から出なくてはならんか、メア」
彼女は周囲の鉄塔を見上げると、その上には兵隊と無数の銃口が並んでいた。気が付けば庭園にも被験魔獣が辿り着いていたようだ。
シーナが顎を引く。
「……もう一戦ありそうだね」
「いや、もう何もする必要はねぇよ」
そんな状況の中に居てもメアは落ち着いた様子だった。
「雷壁やれ魔女やれでここまで来んのに全員ヘトヘトだ。帰りは頼むぜ。それとも鈍って――」
そう言っている間に全員の身体に変化が起こった。
大気に巻き上げられるように浮き上がったのだ。
「鈍って……なんだって?」
「カカッ、何でもねぇよ」
神賦使徒の四人は困惑しながら各々声を上げている。
そしていくつかの銃撃音が響いたその瞬間、突風は巻き起こった。
木の葉のように彼らの身体を飛ばした七色の風は、あっという間に天空へ上がるとその全貌を露わにした。
それは鳳。虹を混ぜて創ったような、天を覆うほどの大鳳が朝焼けに顕現する。
その神秘的な存在は朝日を帯び、瑠璃色に瞬いた。
「――不死鳥……」
シーナが呟いた。彼女の二つ名と目の前で起こった奇跡が合致した。そしてこの神の御業とも取れる圧倒的な力には身に覚えがあった。
「神賦使徒が五人も揃うたぁ、幸運が過ぎるぜ」
一千万人に一人と言われる神賦使徒が五人。到底予測不可能な天文学的確率を越え、彼女たちは奇跡的にも集結したのだ。
誰にも触れられぬ、神の能力。気が付けば巨大な空中要塞が海に沈むビー玉のように小さくなっていた。
虹色の揺り籠に揺られながら、彼らIF5はミッション成功に拳をぶつけ合っていた。
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