055 二人の一撃

髪を掻き上げる仕草が合図だった。先を行く振りをしてエリア内に潜んだメアが、慢心し切った背中に刃を突き立てる。

 なにも変更が無い、プランAは継続中だった。

「不死鳥の灰……なんであなたが……」

 倒れ込んだルナマンバは吐血しながら言った。彼女の背中に乗るメアは今も暗器を食い込ませている。

「執行官相手にサシ勝負なんて見殺し同然だって言ったろ? 俺は仲間を見殺しになんてしねぇ。もう二度とな」

 シーナは傷だらけの身体を振って立ち上がった。その表情には安心の色が浮かぶ。

「二対一だけど、文句無しだよ? アタシたちスパイに卑怯なんて言葉は無いんだから」

 目の前の男に教わったやり方で、彼女は場を制した。本来絶対に敵わなかったはずの相手に勝ったのである。

 ルナマンバは震えた唇を緩ませた。

「ガラ空きだったのは私の方だったわね……。三度も男に騙されるのなんて初めて……。好きになってしまいそう……」

「化け物の女は願い下げだ」

 化け物――半身を失い心臓を刺し貫かれてなお呼吸する自分にはぴったりの言葉だと、ルナマンバは笑った。そうだ、自分は化け物だ。そんなことは分かり切っている。ただ、そうなるしかなかった。人間として、一人の女として、すべてを捨ててまで化け物になる道を自ら選択したのだ。

「あなたたちの作戦は……絶対に成功させるわけにはいかないのよ……!」 

 なんとルナマンバはその身体で能力を発動すると、宙に浮き上がりメアを振り払ったのだ。

咄嗟にシーナが反応する。

「こいつ……まだ動けるの……!?」

 白嵐で飛ばした鉄板を避け、ルナマンバは残った魔人の腕で天井を破壊した。

 夜空に輝く三日月が顔を出す。

 メアの放った暗器も空を切り、彼女は夜空へ飛び出した。

「あの女は……ミラーラは渡さない……!!」

 二人は瀕死の魔女を追う。この階層よりさらに上。空中要塞ヘルゲージの最上部へ。

 

 最初に最上層へ辿り着いたのはガルネットたちだった。

 要塞の風貌とは打って変わって、その場所は庭園のような造りになっていた。八方には巨大な鉄塔がその場所を囲うように建っている。花々が咲く花壇と噴水、芝生の上を無数のパイプが走る。その先を目で追ったミアは声を上げた。

「ミラ姉ぇ!!」

 三日月夜の下、彼女はそこにいた。が、なにやらカプセルのような機械の中に入れられているようだ。身体が蛍光色の液体に漬けられている。

「苦しそうなのん……」

「気を失っている!! 取り出すぞ!!」

死んだと思っていた旧友との対面に、ガルネットも冷静ではいられない。

ミアは台座の傍らに設置されていたモニターと無数のスイッチを睨みつけた。

「……なんの装置だ? 帝国はいったいミラ姉になにを――」

 画面上を流れるマトリックスと、今にも一周しそうないくつもの円グラフ。それの示す意味とはなんなのか。

 一際目立つ赤い緊急停止ボタンに手を伸ばした時だった。

「その女は帝国のものよ。触らないでもらえるかしら?」

 突風のような衝撃に三人は吹き飛ばされた。草木の上を転がりながら目を向けると、カプセルの上に異形の魔女が降り立っている。

「……メア兄が戦闘中と言っていたはずだが?」

「私がここにいるということは、どういうことかしらね? お気楽雪国のお姫様?」

「貴様……! 八つ裂きにしてくれる!!」

 頭に血を登らせたミアは即時能力を発動。噴水の水から幻兵を創り出し特攻を仕掛けるが。

「お水遊びなら後にしてくれるかしら?」

 魔造の肉で再生した大鎌の一閃ですべて散らされた。爆ぜた水の中を駆け抜けて接近するが攻撃を放つ前に圧倒される。

「クソ……このバケモノが……!」

「あなたたちだけには言われたくないわよ。生まれた時からそんな力を持ってる、生まれながらのバケモノにだけはね」

 ミアに続き、ラビとガルネットも立ち上がる。怒りに奮い立ち戦闘が始まるかと思えた。が。

「待ちやがれクソども!! ババアの嘘に乗せられんな!!」

 声に振り返った三人の元に、メアとシーナが駆け寄っていた。ミアが安堵の表情を向ける。

「無事だったか、二人とも!」

「たりめーだ!」と返すとメアは戦闘態勢の三人を制した。

「奴に近づくな! もう戦う必要はねぇ!」

 余裕そうにカプセルを踏むルナマンバは問いかけた。

「あらあら、そうはどういうことかしら不死鳥の灰……? 焦らさずに二回戦といきましょう?」

「てめぇならわかってんだろ、クソババア。二度も言わせんな」

 ――スパイのナイフに何も塗ってぇわけがねぇだろ――?

 同時にルナマンバは膝を付いた。顔色は酷く大量の汗を流す。

 最後の一手で心臓を貫いた暗器には、動物が触れるだけで即絶命するほど強力な猛毒が塗られていたのだ。彼女の性質上即死には至らなかったようだが、ここが限界だ。

「……四度目ってわけね」

「人間やめたてめぇにも良く効きやがるだろ? 師匠直伝の調合なんだ」

 ルナマンバはカプセルの中の女を見つめた。苦しみながらもどこか満足そうに映って、猛烈に腹が立った。

「ゆる……さない……!! あなただ……けは……!! 不死……鳥!!」

 次の瞬間、魔女は声にならない咆哮を上げた。龍の鳴き声のようなそれは天に響き渡り要塞そのものを揺るがす。あまりの圧力にその場の全員が地に伏した。

 そんな中、音の爆心地に上がったのは一本の大鎌だった。

「外に出すくらいならここで……!!」

 死ぬ往く彼女が選択したのは最悪の手段。

「マズい!!」

 メアは咄嗟に走り出した。刃を下ろすわけにはいかない。今まで犯した危険と、三年の月日。そして失った多くの命。

すべて水泡に帰す。

 それは許されない。しかし、無情にも刃は振り下ろされた。

「クソ!! 間に合わねぇ!!」

 背後を振り返った。視線の先には立ち上がろうとするブロンド髪の少女。

「シーナァアア!!」

「うん!!」

 叫んだ彼女はがむしゃらに白嵐を暴発させた。電撃に乗ったいくつもの鉄球がでたらめに飛ぶ。

 そのうちの一つを、メアは掴んだ。

白嵐を纏ったメアの拳は決死のルナマンバに急接近し、そして振りかぶった。

「終わりだ!! クソババア!!」

 白嵐を掴んだ彼の正拳が、魔女の身体を貫いた。

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