054 もう一手

 電流の性質を持った力を操れる。それは戦闘において様々な力を発揮する。金属製の物体を動かしたり、壁に貼りついたり、思いもよらぬ方向に移動したりすることが可能だ。

 ルナマンバもそれは十分に分かっていた。多様性に秀でた能力であると。

 分かっていたのだが――。

「ぐっ!!」

 宙を舞う数枚の鉄板――少し前まで壁にはめ込まれていた物が飛来した。分厚く、大きさもある。重量は相当なもののはずなのに。

 眼前に立つ少女は眉間に皺を寄せることなく、それらを悠々と従えていた。

「ここまで自由自在に操れるなんて……さすがオリジナルね……」

 彼女の実力を過小評価していた。雷壁を破るためだけに用意された小娘だと驕っていた。

 一千万分の一を引いた、本物の神賦使徒。

「アンタらみたいな造りモノとは違うっての!!」

 シーナは宙を舞う鉄板をすべて放ると、次は鉄の床に触れた。次の瞬間白嵐が駆け抜け、床がはがれて再び空中に舞う。

「この部屋全体が武器ってわけね」

「そういうこと! このちょー悪趣味な要塞が金属で出来てたことを呪いなさい!」

 床に天井、壁に柱まですべてがシーナの掌握下。全方向から大砲で狙われているようなもの。

しかしルナマンバも簡単に片膝を付かない。

「確かに分が悪いわね。ただ不利ではないわ。私とあなたじゃ、圧倒的に差が付いているものがあるもの。なにか分かる?」

「だから年齢でしょ!?」

「どこまでも不躾ね。正解ば武器゙よ」

 舞う鉄板を潜り抜けたルナマンバは急接近し、大鎌を振り下ろした。

「扱いのレベルが違いすぎるわ。アナタが何枚の鉄屑を操ったところで、私の大鎌一本に勝れない」

 その言葉を体現するかのように、大鎌は迫りくる鉄板を次から次へと叩き伏せる。手数では圧倒しているシーナの攻撃をたった一振りの武器でいなす様は達人の御業と言う他なかった。

「実験の成功検体というだけで執行官になれるというわけでは無くてよ?」

回転した柄がシーナの脇腹を一閃。もろに受けて床を跳ねる。

「がはっ!!」

 血を吐き出したところに更なる追撃。今度は刃が斬撃となって左右から飛来した。

 寸でのところで鉄板を盾に使い防ぐ。が、すでに斬撃の砲手は頭上に舞っていた。

「頭もお尻もガラ空きよ?」

 長い金髪と一緒に大鎌が振るわれた。その切っ先は正確に首元を捕えている。

「この……!!」

 首が飛ぶ寸前、自分の身体が乗っていた床を白嵐で剥がしそのまま回避した。

 刈り取られたキャスケットが刃にぶら下がっている。ほんの一瞬判断が遅れれば戦いは決していただろう。

「器用な娘。でも今の動きがあと何回できるかしらね?」

「……何回でもやったるっての」

 シーナとルナマンバの激しい能力戦は続く。空間全体を使ったシーナの攻撃に対し、ルナマンバは透過と飛行、そして大鎌による剣撃で応戦。互角に思えたぶつかり合いの末に、勝敗の鍵を握ったのは武器の能力だった。

「だいぶ辛そうね? そろそろ終わりが近いかしら?」

「まだまだこれからよ……! 朝までだって付き合ってあげるんだから……!!」

 片膝を付きながら睨むシーナだったが、それが困難であることは分かっていた。

 ――次は無理――直撃は避けられたとしても血を吸われてる――

 気付けば身体中にいくつもの細かな傷が走っていた。

 これ以上の出血は意識の欠落に繋がる。そしてそれは取り返しのつかない最悪の隙となる。

 ――もう決めるっきゃない。

 シーナはブロンド髪を掻き上げて再び鉄球を展開した。

腰を落とし、死神のように大鎌を構えたルナマンバは魔人の力を凝縮させる。

「鉄板ごときで防げると思わないでね」

 必殺の一撃が迫る。直感で察したシーナも準備に入った。

 鉄球を大砲に似せた筒状に浮かび上がらせると、一つ一つをフル回転させる。巨大なコイルとなったそれに白嵐が帯電を繰り返し、やがて純白の雷光が一本の槍を作り上げた。

「鎌ごときで叩き落とせると思わないでよ!」

 ルナマンバは愉快そうに嗤い、シーナは歯を食い縛った。

 そして次の瞬間、双方の一撃は放たれた。

 大気を裂きながら接近する大鎌は、四方八方から飛来する鉄塊をものともせずにすべて両断。圧倒的な破壊圧で空間を掌握する。

 砕けた鉄屑がキラキラと煌めいたその隙間を、白嵐の槍が一閃。駆け抜け、破り、そして衝突した。

 エリア全体に轟音が鳴り響く。床が剥がれるほどの衝撃波が何重にもなって訪れ、シーナの華奢な身体を浮かせた。

視界が白く染め上がってゆく中、分散した白嵐が流れるその中に一点、漆黒が瞬いた。

「舐めんじゃないわよぉおお!!!!」

 それは白嵐の槍に半身を焼け溶かされたルナマンバ。残った右手には大鎌の刃の破片だけが握られている。魔人の手のひらが血を散らしながら刃を振りかぶった。

 完全ノーガードの懐に入られる。

「心臓がガラ空き!! これで終わりよ!! 私を倒すにはあと一手足りなかったわねお嬢ちゃん!!」

 禍々しい瞳が殺気に歪んだ。毒蜂の如く刃が心臓を刺し貫くその瞬間――

「あと一手――そう――ならアタシの勝ちだね――」

 決死の攻撃を前に歯を剥いた。シーナが目を向けるのはルナマンバの後方。

 彼女は問いかけた。

「だよね?」

 双対の暗器は暗闇から這い出る。

 彼は答えた。

「――カカッ、流石だクソガキ」

 最後の一手、メアの刃がルナマンバの心臓を貫いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る