036 幻兵創造

 吹雪の要塞で、一人の女は白い溜息を吐いていた。

 凍り付いた鋼鉄のラウンジにはほかに誰もいない。藍色の軍服に引っ掛かったいくつかの勲章に雪が積もる。大層な異名の元となったツーサンドアップの銀髪は、彼女の存在を隠すように顔面に垂れ下がっていた。

 眼下には光の街。星空のようで美しい。

 好ましいひと時を掻き消すように、背後から足音が鳴った。

「こちらでしたかバルベルズ少佐」

 無機質な男の声。彼女は背を向けたままだ。

「帝国派の残党共に動きは?」

「依然としてありません。恐らく前回同様、国境は越えて来ないでしょう」

 女――ミア=バルベルズは苛立ちの籠った溜息を吐いた。

「……他に報告は? 無いのなら下がれ」

「はっ、では一つだけ。少佐殿に報告するほどの内容では無いのですが……」

「なんだ。早く言え」

「それが、街で妙な噂が立っておりまして……」

 ピクリと長いまつ毛を揺らし、振り返った。

 純白の肌と、宝石のような瞳。人間離れした美しさに部下の男は視線を外した。

「妙な噂とは?」

「は、はっ。吹雪の中を走るオープンカーを見た、と。それに乗っていた人間は全員が水着同然の薄着姿だったと言います。クリスマスを間近に控え若者が浮付いているだけだとは思いますが、念のため」

 多少色が付いた噂話に、ミアは夜空を見上げた。分厚い雪雲の中にひょっこりと顔を出した三日月。

「オープンカー……懐かしいな……」

「……はい?」

「いいや、なんでもない。その件少し気になった。詳しく教えてくれ――」


「あぁぁぁぁもうなんなのこの女あぁぁぁぁ!!!!!!」

 舞う書類の中でシーナが叫び声を上げた。バタンとベッドに倒れ込み、駄々をこね始める。

「美女! 人気者! 軍隊将校! そんでもって神賦使徒!! こんなののどこに付け入る隙があるっていうのよ!? てかもうズルじゃない!? チートよチートォ!!」

「だから最初から言ってんだろ。喚くなクソガキ。両サイドの部屋からまた壁ドンされたぞ」

 珈琲片手のメアは極秘書類に目を通す。シーナの叫んだ通り、見れば見るほど完璧で穴がない。性格、能力、思想に至るまで絵に書いたようなエリート軍人に成長していた。監獄塔のガルネットがイージーに思えてしまうほどの難攻不落振りである。

「住まいは軍の敷地内、任務以外で街に降りることはほぼ無し。これはアポどころか一目姿を見ることすら難しそうだなボス」

「ああ。仮に接近できたところで取り巻きが多すぎる」

「能力のことか……」と呟いたガルネット。赤字で記されたその名前を読み上げた。

「――幻兵創造……千躯の兵隊を生み出して思いのままに操る能力……はは、笑えてくる」

すでに個々の力を越えた能力『軍事力』。それこそ自分たちが狙うターゲットの能力だった。

 シーナは「全然笑えないんだけど?」と向く。

 メアは新聞とにらめっこしているラビに問いかけた。

「元殺し屋の眼から見てどうだクソチビ? 隙はありそうかよ?」

「んとんと~まちにいる時はごえいがいっぱいでムリぽいので~おうちがねらい目ですな!」

「さっすがラビチン! あ、でも家は軍の敷地内なんだけっけ……」

 一瞬差し込んだ日も雲間に消え、落ち込んだ二人。が、メアはニヤリと笑った。

「いや、そうでもねぇ。敷地内って言っても軍が管理してる土地ってだけでガチガチに外と遮断されてるわけじゃねぇんだ。宅配でも出前でも、てきとうな変装で近付けるはずだ」

 驚いたガルネットは問いかけた。

「門番やボディーガードは?」

「そこら辺を確かめに行く。明日の夜、早速捜査開始だぜ」

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