第四章

045 炎上

五人は海風を背に北へ上る。汽車と船を乗り継いで辿り着いた片田舎の端っこで、彼らは足を止めた。

 鼻に着く火薬と硝煙の臭い。

 目的地だったはずのカフェ兼IF5のアジトは、跡形も無く崩壊、炎上していたのだった。


 夜空へ上る黒煙を睨みつけたメアは動かない。ほんの少しの間だけ住み着いていたシーナとラビ、数年ぶりに帰ったミアとは思い入れが違う。

 長年過ごし、多くの仲間たちと出会い別れたその家が潰されたのだ。

「――ボス。傷心するのは分かるが今すぐにここを離れた方が良い。あの煙、攻撃を受けてからさほど時間が経っていない。まだ近くにいるぞ」

 ガルネットの冷静さに女性陣が頷いた。

「ここで掴まったら全部水の泡だよ……行こうガイコツ」

 メアは無言で振り返り、雑木林へ駆けていった。


「あのクソババアだ。間違いねぇ」

 草木を掻き分けながらメアが言った。忙しない様子の彼はなにかを探すように、ペンライトの光で雑木林の奥を照らす。

 不安げな表情を浮かべるシーナは問いかけた。

「クソババアって、監獄塔で襲ってきた女執行官? でもあの人はガルネットさんが……」

「生きてやがったんだ。この気持ち悪ぃ殺気と気配、他にありえねぇ」

 ガルネットは苛立ちを覚えた半面、違和感を拭いきれない。

「手ごたえは重々あったと思うが……」

「奴らを人間のそれと同格に扱うんじゃねぇよ。身体を裂いても死なねぇ亡霊どもだぞ」

 メアはその場に立ち止まり、足元をつま先でいじり始めた。「ここだ」と声を上げる。

「ヘルゲージに突っ込む以上、奴との戦いは避けられねぇと思え。一度汚らしく負けたメンヘラババアの執着はなにとも比較にならねぇからな」

 落ち葉の中に埋もれていた金属の取っ手を引っ張り上げると、蓋が開き地下への入り口が現れる。

「もしもの時の隠れ家だ。衛生面と飯のバリエーションには口を出すなよ」

 四人が案内された場所は錆と埃にまみれた地下室だった。木造のテーブルとイス、そして小さな流し台が設置されているだけ。空月亭のアジトとは雲泥の差である。

メアは転がった木箱の中から缶詰をいくつか取り出すと、テーブルに放った。

「喰いたきゃ喰っとけ。外が収まるまで暇になる」

 ミアは缶詰に目も暮れず言った。

「アジトが敵軍に見つかったんだろ? ミラ姉奪還の計画が筒抜けになったんじゃないのか?」

 破壊されたことよりも、目的を知られることの方が大問題だ、と。散々物色された挙句、火を放たれたと考えるのが普通だろう。

「心配すんな。出る時に全部処分してある。こうなんのは分かってたしな」

 女性陣は困惑した。

「前に監視されてたことがあるっつったろ。敵さんにあそこがバレてんのは百も承知だった。だから偽の任務書と一緒にたんまり爆薬を仕込んどいてやったんだよ」

 ネクタイを緩めたメア。すべて計画通りと言わんばかりの歯を剥いて見せつけた。

 状況を察した彼女たちは呆れたように溜息を付く。

「なるほどな……うちのボスは殺してもただでは死なんタイプらしい」

「罠のかけ方も知らねぇ無能よりいいだろ?」

「違いない」

 カカッと笑ったメアにシーナが喰ってかかった。

「じゃあアタシたちはなんでこのド田舎まで帰ってきたのよ!? 分かってたなら……!」

「そのド田舎に必要なモンはあっからだよ」

「まぁ見とけ」と得意げな彼は、流しの錆びついた蛇口を左右に数回ずつ捻って見せた。

すると――

「な、なに!?」

 驚くべきことに、ただ苔が生えて蔦が走っていただけの石壁が左右に開いてゆくではないか。

 目を丸くするスパイたちの前に現れたのは、寂れた地下室とは打って変わった鉄板張りの広い空間。壁際には拳銃、ライフルにロケットランチャーなど、ありとあらゆる兵器が真新しい状態で並んでいる。

 そして中央には漆黒のボディを携えた小型飛空艇が構えていた。飛ぶ蝙蝠を模したそれにシーナは胸を打たれ、駆け寄らずにはいられなかった。

「準備は三年も前から始まってんだ。作戦に必要なもんなんてとっくに全部揃ってたんだよ……てめぇら以外はな」

 メアは改めて四人に向き、声を張った。

「この場所にあるすべてを駆使して、俺たちIF5はヘルゲージへ向かう。失敗は許されねぇ。一発勝負の時だぜ、怪物ども――」

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