044 白銀の華

爆速で滑るソリの上で、ガルネットとシーナは巨大なプレゼント箱をリボンで固く結んだ。中からドンドンと叩く音が聞こえるが完全無視を決める。

「追手が来てるよガイコツ!!」

 振り返ると、軍人が跨った三台のスノーモービルが迫っていた。彼らの両手にはライフルが握られている。

「ビビんな!! んな中で命中させる腕なんてこいつ等に無ぇ!! 甘ったれのガキどもにはプレゼント投げ付けとけ!!」

 それを聞いた二人はソリに積まれたいくつものプレゼント箱の中から数箱手に取ると、スノーモービルに向かって放った。するとカラフルな箱たちは軒並み白い爆発を起こす。

「メリークリスマス!! ごめんねっ!!」

 視界を奪われた彼らは操縦不能に陥り転倒。新たに現れた追手たちも同じく後を追ってゆく。

「ふんっ! ただの煙幕でこの様とはプラネタリア軍も落ちたものだ!!」

「こいつらは所詮この程度さぁ! 他人の能力に頼らなきゃろくにソリ遊びもできねぇクソガキ軍隊なんだよ!!」

 上機嫌にソリを操るメアは右に左に曲がり木々を避けると、眼下に光り輝く市街地を捉えた。

 自分たちと同じような格好で同じような色合いをした街が出迎える。

「フィナーレは近ぇ!! 心置きなくサンタやりやがれクソども……てかてめぇはそこで何してんだクソチビ?」

 膝の上に目を落とす。そこには長い白髭に包まったラビサンタが死んだ表情で丸まっていた。

「……不可能、である」

「飯抜きだな。残念だ」

 聖夜を飾る彼らのソリは斜面を滑り終え、歓喜の街へ向かう。

 周囲にクリスマスの雰囲気が満ち始めたところで、追手は姿を消した。


「上手く撒けたねみたい!! やったねガイコツサンタ!!」

「木を隠すなら森の中。スパイの常識だクソガキサンタ」

 ソリはゆるやかな雪原を滑る。背後に追っては無く、先には国境が迫る。

 もたれ掛かった巨大プレゼント箱の中からトントンと叩かれた。

「もうしばらくすっこんでろ。国を出る」

 中から籠った声が漏れた。

「ありがとうメア兄……一つだけ、わがままを聞いてくれないか……?」

「ああ? なんだよ」

「……私はあの男を、私から能力を奪ったあの男を許せない……! また操られてしまうかと思うと耐えられないんだ……!」

 壁を隔てても憎しみと恐怖が伝わってくる。この三年間、散々辱めを受けたのだろう。

 彼女の嘆きに、メアは鼻を鳴らした。

「んなことぁ分かってる。何年お前の兄貴分やってたと思ってんだ」

「……?」

「ラッピング梱包されて真っ暗闇の元クソ少佐殿に教えてやる。今アホなサンタ一行は国境への最短ルートを無視して呑気に遠回りをキメてる。何でかわかるか?」

 沈黙するプレゼント箱の上に座ったガルネットが拳を握った。

「――落とし前、付けに来てやったぜ変態ヤロウ」 

 次の瞬間、巻き起こった爆風により前方の小屋が吹き飛んだ。全壊したそこから一人の影が瓦礫を掻き分けて這い出した。

 瘦せ細った、枝のような体躯の軍人。まともに銃を撃つことさえ出来なさそうである。

「な……なんだ貴様ら~!? この場所がなんなのか知ってるのですか~!?」

「ただの山小屋だろ? 不自然に多かった警備兵たちは全員クリスマス休暇中みてぇだな? 助かったぜ~」

 ミアを縛る能力者の位置はすでに割れていたが、護衛が多く軍と戦闘を避けたいメアたちは近付くことができなかった。二十四時間、穴のない警備網が絶えず敷かれていた。

 皆が愛する人たちと過ごす聖夜は例外だったらしいが。 

「愛されて無かったんだな~変態カスヤロウ」

「ムカつくえ~!!」

 憤る男はソリに積まれた巨大プレゼント箱に目を向けるとハッと気づいた。

「さては貴様らが私の人形を奪ったテロリストどもだな~!? 大人しく返してもらうぞ~!!」

 男は手を突き出して能力を発動した。粘りつくような不快な波動がプレゼント箱に直撃する寸前、メアの腕に振り払われる。

 それまでだった。

「私の人形だ? ちげぇよ」

「え!?!?」

「俺たちのミアだ。てめぇみてぇなカスに貸してやった覚えはねぇ」

 メアは方向を変えることなく男に接近し、ソリで体当たりした。無常にも宙を跳ねた男の身体が炎上する山小屋に突っ込む。

 うっとおしそうにメアが頭を押さえた。

「キモ過ぎてちょいとフラッとしたなぁ。他の三人に向けてたら勝ちの芽もあったかもしれねぇが、やっぱり目も鼻も利かねぇガキどもだ。プラネタリア軍はよ」

 うしろでプレゼント箱のフタが開いた。今にも泣き出しそうな彼女はゆっくりと震える手をメアの首元に回す。

 鼻をすする音を聞きながら彼は優しく呟いた。

「゙ダサい力゙はもう消えたぜ。怖かったな、ミア――」

 その蔑称は、昔ミラーラや彼女の能力を見たメアが悔し紛れに言い放った一言だった。

 こだまする泣き声を背に、彼ら一行はプラネタリア皇国を去った。

 最後の一人を連れて。


 国境を越え、雪の地面からちらほらと土や緑が顔を出す場所でソリを降りた。

 ミアは四人に向いて深く礼をすると、力一杯自分の能力を発動した。

 次々と辺りの雪が集結して重なり合い、形を成してゆく。それはプラネタリアで見たものよりもより精巧で、なにより数が多かった。

 数年ぶりにミアは千騎の彼女たちに囲まれたのである。

 陽光に照らされた笑顔の彼女たちは、白銀の華のようであった。


 舞った白銀のスターダストを染めるように、ブルームーンストーンが輝いていた。

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