046 短すぎる作戦会議

「はぁ……はぁ……やってくれたわね不死鳥の灰……」

 灰燼の中で膝を付くのはブラックドレスの執行官、ルナマンバだった。爆発を受けて酷く傷付いた彼女は、血が溢れる額を押さえる。

 辺りに転がっている数人の兵隊には見向きもしない。

「この私を二度も嵌めてくれるなんてね……さすがはミラーラの子……でもね……三回目は無いと思いなさい……コケにされた屈辱は色を付けて返してあげる……」

 兵隊たちから溢れる血液が彼女を目指して流れ始めた。丈を濡らしてドレスの中に吸い込まれてゆく。

 ブルりと身体を震わせると、彼女は黒煙に飛び立った。今は無き同胞から奪い取った力で夜空へ舞い上がり、そして溶けるように消えた。

「待っているわよ――かわいいメアくん――」

 

 その翌日、ようやく収まった炎上の跡を訪れたメアは、集まってきた猫たちに餌をやった。少しだけ煤の付いた頭を撫でてやる。

「いよいよ勝負の時だぜ、お前ら。可愛い後輩の活躍、見守っててくれよ――」


「作戦の概要を伝える。耳クソかっぽじって聞きやがれ、てめぇら」

 一枚の用紙が置かれたテーブルを、五人は囲う。用紙の中には彼らの目的地、帝国軍亜種研究所、空中要塞ヘルゲージが描かれている。

 いつもとは違ったメアの表情を見て、女性陣はその時が来たのだと頷き合った。

「事前に話してた通り、俺たちの任務はこのクソ要塞に侵入して一人の女を助け出すことだ。が、俺たちは何も帝国とドンパチやりに行くんじゃねぇ。目的はあくまで救出。そこをまずはき違えんじゃねぇ」

「無駄な戦いは極力避ける……ということだな」

ミアに「そうだ」と返して、一枚の写真を置いた。

「もう知ってるとは思うが、こいつが救出対象の女。旧IF5室長のミラーラだ。俺の親代わりでもある」

 瑠璃色髪が美しく、力強い印象を感じさせる女性の顔が晒される。すでに自分の失敗で彼女が囚われることになったのはこの場の全員が承知していた。

 シーナが意気込んだ。

「この人のところまで突っ走ればいいわけね!」

「ああ。だがこちとらスパイだ。正面から突撃するようなアホはかまさねぇ。そのための道順と段取りを今から説明する」

 メアは鉛筆でヘルゲージを囲うように丸く線を引いた。

「まず手始めに、このクソ要塞の周りには防御壁が張られてやがる。要塞中枢を中心点として三百六十度全方向に展開した巨大電磁シールド。要塞攻略の第一関門だ」

 驚くシーナの横で、ガルネットとミアの二人は知っていたかのように澄ましている。

「軍人の世界で゙天の地獄゙ヘルゲージの雷壁と言えば有名だ。あれを見上げただけで、あの場所が世界から乖離した空間だと思い知らされる」

「ちょ、ちょっと! それ触ったらどうなんの!?」

「肉体など一瞬で塵と化す超高電圧シールドだが……その絶対障壁を打ち破るのが小娘の白嵐。だろう? ボス」

 メアの微笑みにシーナは愕然とした。

「なにビビってやがる。今のてめぇの白嵐ならぶち破れる。散々鍛えてやったろ?」

「いろんなものピカピカさせてただけなんですけど!?」

「その勢いで雷壁もピカピカさせてやれ。鉄壁の門番に風穴が空く」

 ぽかんとする彼女を尻目に、当の要塞を指差した。

「シールドを突破したら、要塞の腹下辺りに飛空艇を着ける。そこからはクソチビ、てめぇの出番だ。察知領域を最大限に広げながら要塞内に侵入を始める」

「出番の前に見つかると思うのはワワシだけ??」

 ラビの指摘はもっともだ。仮に雷壁を突破できたとして、着陸、ましてや侵入まで到れるとは到底思えない。しかしメアは表情を崩さない。

「そこも問題ねぇ。このクソ要塞は雷壁が最強すぎるが故にそれ以外の空中警備がまるでザルなんだよ。帝国の連中は突破できるわけがねぇって頼り切ってやがるんだ。夜を飛ぶ黒い機体なんざまず目に留まらねぇ」

 どれだけ口で言われても不安は払拭できない。だが、今は信じるしかない。先人たちの残した情報と、ボスの言葉を。

「わかったのん。案内は任せて」

「極力兵隊が少ねぇルートを選んでひたすら深部まで潜る。不自然な位に巨大な鋼鉄の扉を捉えたら……」

 ガルネットは得意気に腕を組んだ。

「いよいよ私の出番か!」

「ああ。てめぇの灼熱で分厚い鉄塊を溶かして風穴を空けろ。その先がミラーラの居る檻゙鳥籠゙だ」

 正規の方法でその檻を開けようとした場合、帝国軍総帥を誘拐する必要があった。あまりに非現実的過ぎるため、危険を承知で強攻策を用意した。が、当然それにはリスクが付きまとう。

「道中すべてが上手くいったとしても、敵さんにバレずにいられんのはそこまでだ。鳥籠をブチ破れば数十個はくだらねぇ量の警報器が耳障りに騒ぎ出しやがる」

 ミアは小首を傾げた。

「そこから先は? 一分と経たず大量の兵隊が押し寄せるぞ?」

「その時のために俺たちぁプラネタリアなんて雪国まで出向いたんだよ。てめぇの軍事力で雪崩れ込む兵隊どもを蹴散らしてやれ、クソ少佐」

「思った通りだ」と呆れたミア。

 メアは声を張った。

「ミラーラを救い出したらもう用はねぇ。フルパワーの総力戦で一気に外まで駆け抜ける。邪魔する奴ぁてめぇらのイカれた能力で黙らせろ」

「駆け抜けた先に待ってんのは空じゃん! 飛空艇なんて絶対乗ってる暇無いし、どうすんのよ!?」

「心配すんな。何とかなる。幸いにもクソ要塞の真下は海だ。そんで更に幸運なことに、俺たち五人の中にカナズチはいねぇ」

 自信満々な彼をシーナは今すぐに殴り倒したかった。が、なにかある筈だと喰ってかかる。

 しかしボスの男はてきとうにはぐらかした。

「まぁそん時はそん時だ。とにかくクソ要塞の外まで出りゃ、俺たちは勝ち確だ。笑顔で超絶ダイブしやがれ」

ブーイングを諸共しないメアは用済みの全体図を放り捨てると、事前に運び入れていた大量の食糧やお菓子をテーブル一杯に散らせた。

女性陣の表情が一瞬で反転する。

「明日の夜更け、作戦を開始する。今日は前祝だ。たらふく喰ってデブりやがれ、女ども」

 こうして短すぎる作戦会議は幕を閉じた。

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