第三章

032 ぺったんぷー

 真っ暗な荒海の底で、二つの赤色が消えかけていた。

 一つは弱々しく滲み、もう一つに至っては消えかかっている。

 ルナマンバは瞳を開いた。絶命寸前のログホークが目に留まる。

――ふふ、時に女王蜂はミツバチを喰らって力に変える……ごめんなさいねログ――

 口元から妖艶に舌先を覗かせ、そして流れ出る彼女の鮮血がミツバチを包み込んだ。

 暗黒の海底を埋め尽くすほどの赤い大輪が咲いたのは、それからすぐのことだった。


 夜の街道を一台のオープンカーがとばす。

 少々粗目な運転で光の繁華街を横切ると、山道に続く坂道に入った。運転手の男は愉快そうである。

「ねぇガイコツ、ほんとにもう次の目的地向かうの? まだガルネットさんの歓迎会もしてないんだけど」

 夜風に攫われないよう、キャスケットを押さえたシーナは問いかけた。負傷した左腕がギプスで覆われている。

「時間無ぇっつったろ。それに歓迎会なんてクソチビの時もやった覚えはねぇ。後ろで適当に駄弁ってやがれ」

「え~、リゾートで乾杯したかった~」

「ワワシももうちょい焼きたかったん~」

若干日焼けしたラビはヘッドレストにしがみ付いている。腕を離せば飛ばされそうである。

「アホどもが呑気なことぬかしてんじゃねぇ。あとクソゴリラ、てめぇはなんで丸裸なんだ? 痴女乗せてドライブする異常性癖は俺にはねぇんだが?」

 ルームミラーを通してリアドアの上に腰を下ろすガルネットを見た。丸裸ではないが、生地の少ない黒ビキニ姿の彼女。角度によっては着てないようにも見えてしまう。

 ガルネットは長い赤髪を掻き上げ、堂々と一言放った。

「これしか、無かった」

「「「嘘つけぇ!!」」」

 三重のツッコミが炸裂。ガルネットは落ち着いた様子で腕を組む。

「私は暑がりなんだ。体質的に」

「暑がりなんてレベルじゃないでしょ! てかさっきから風で乳肉と尻肉が暴れまくってるんですけど!? 新手の冷やかし!? マウント取られてる!?」 

 シーナは自分の自慢が慎ましく思えてしまうほどの巨大な肉塊を指差す。

「冷やかし? こんなもの邪魔なだけだが?」

「あ~~マジで大きい人の言い方だ! うっとおしい! アタシたちだって負けてないもん!! ね、ラビチン!?」

「いんや、ワワシはぺったんぷーである」

 盛り上がっていた後部座席が一瞬にして沈黙した。シーナとガルネットが注目した絶壁をパンパンと叩き、もう一度ラビは言った。

「ぺったんぷー、で、ある」

 静まり返ったオープンカーは山道を往く。道脇の看板にはこの先に国境がある旨が記されていた。

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