031 爆炎公

「小娘ぇ!!!!」

 ガルネットの悲鳴が暗闇に響いた。

 身を挺して彼女を守ったシーナはもろに極卒の拳を受け、地面を跳ねる。

 半身への一撃が華奢な身体を砕いた。

「うぐぅぅ……!」

 悶絶しながら、薄目で痛みの爆心地へ目を向けた。左腕が折れ曲がり、真っ赤に変色している。服で隠れているが脇腹も同じような状況だろう。

 意識が遠退いてゆく。初めて感じる猛烈な痛みと、絶望感に。

 霞んだ視界の先では再び極卒がガルネットに向け拳を振り上げていた。

 荒波と敵の妨害を越えてようやく辿り着いたターゲットは目の前で殺され、そして自分も死ぬ。もしメアとラビが執行官を抑えこの場所に辿り着いたとしても、あるのは二人の死体だけ。

 白嵐の効果が切れれば生きてこの監獄塔を出ることもできないだろう。

「ダメ……そんなの……」

 許されるわけがない。自分は一国のスパイ。まだまだ未熟だがその名を背負い、仲間たちと共にある身なのだ。

 自分の弱さで、情けなさで大切な仲間を失望させ、死なせることはできない。

 二人はもっと、過酷な状況で凶悪な相手と戦っているのだ。

「私は……スパイ……! この程度で……!!」

 爆発した思いを雄叫びに変えて、無傷の右腕に最大の力を込めた。腕ごと弾け飛びそうなほどの白嵐を発動させて、そして我武者羅に振るった。

「うらぁああああああああああああああああああ!!!!!」

 満身創痍の一撃。なにをどこに放ったのかすらわからなかった。

 しかし、その攻撃の後に訪れたのは静寂だった。

 ガルネットの悲鳴も、極卒の叫びも、打撃音すら聞こえてこない。

強く瞑った瞳を開くとそこには信じられない光景が広がっていた。

「え――?」

 一体目の極卒が持っていた大斧が、殴りかかろうとしていた極卒の背中に突き刺さっていたのだ。刃の半分くらいまで深く食い込んだ斧は、巨体を完全に絶命させている。その他にも辺りの鉄屑や格子が巨体を貫き、極卒はハチの巣と化していた。

「これ……アタシが……?」

 必死の攻撃が絶命のピンチに幸運をもたらした。潰れた左腕を庇い立ち上がる。

 死を覚悟していたガルネットが声を上げた。

「こ……小娘!! 早く錠を!! いつ次のが来るかわからんぞ!!」

「う……うん!!」

 足を引きずって彼女に寄ると、砂鉄を鍵穴に流し込んだ。鍵の形に固まった砂鉄に触れる。

「……正直貴様を見くびっていた。まさかこいつらを二体、たった一人で片付けてしまうほどとは。この恩は忘れない。借りは必ず返させてもらう」

「恩なんて忘れていいよ。でも、借りは返してね。アタシたちIF5に」

 ガチャリ、と音を立てて分厚い錠が外れた。それに応じて彼女を縛る鎖も落ちる。

 解放されたガルネットは、前を見据えて笑みをこぼした。

「ああ。約束しよう。さっそくその機会が舞い込んできてくれたことだしな」

 彼女の視線を目で追った。その先には十体以上の極卒が押し寄せていた。

「まだあんなにいっぱい……!」

「下がっていろ小娘。挨拶代わりだ。ド派手にいくぞ――」

 筋骨隆々の腕を振りかぶり、そして彼女――『爆焔公』の名で恐れられた神賦使徒はその能力を発動した。

 

 監獄塔の頂上部が爆炎に包まれていた。

 塔内から溢れ出るそれはあまりの高温により塔の一部が溶解したもの。流動体となった真っ赤な金属が塔から噴火するかのように溢れ出ている。

 地獄のような光景を見上げるメアに、巨大な炎の塊が猛スピードで迫る。

「寝起き早々元気なこって。カカッ」

 一瞬、炎の中の女と目が合ったかと思えば、彼女はすぐ横を通り抜けて魔人と化したルナマンバに激突した。

 悲鳴を上げる隙も与えず、海面へ叩き落す。壁を蹴って塔の裏手に回り、もう一体の魔人を同じように片付けた。

 たった数秒の間に執行官二人を粉砕する。

「……聞いてた通りのバケモンで安心したぜぇ」

「貴様がIF5のボスか? ……いや待て、貴様どこかで……」

 塔の壁面にぶら下がったガルネットは、こちらを観察している。

「ミラーラの弟子やってたメアだ。俺がガキの頃に一度だけ会ってる」

「メア……ああ、あのララにくっ付いてた。なるほどな……つまりそういうことか。これからよろしく頼むぞボス――」

 あろうことか宙に身を投げ出したガルネット。当然重力に引っ張られて海へ落ちる。

「ちょ、何やってんだ!!」

「な!? なんでだ!? この壁くっ付けるんじゃないのか!?」

「これはクソガキの能力で引っ付いてるだけだ!! 会ったんじゃねぇのかよ!?」

「そういうことは早く言え!!」と叫びながら落下してゆく彼女に、舌打ちをして追いかける。が、彼女の身体は失速し、すくい上げられるように持ち上がった。

 白い電流が彼女の身に残った鎖と壁を引き合わせる。

「も~言わんこっちゃないじゃん! 突っ走りすぎだよ~!」

 なんとか突起を掴んだ彼女に駆け寄ったのはシーナだった。腕をつかみ、引っ張り上げようとする。

「ほら! ガイコツも手伝って!」

「あ、ああ! よくやったクソガキ!」

「ワワシも手伝うん」

 ラビも加わり、三人係でガルネットの重い身体を引っ張った。が、全然上がらない。

「おっめぇな……! どういう肉体してんだよこのクソゴリラがぁ……!」

「ゴリラ言うな。ほれ、頑張ってひっぱれひっぱれ。それと私は腹が減った」

 呑気なガルネットと必死な三人。

 画してメア率いるIF5は執行官二人を押し退け三人目のターゲットを迎え入れたのであった。

 

 灼熱と暴風の中、ブルームーンストーンは光を放った。

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