033 プラネタリア皇国

「プルネタリア皇国にご入国ですね。目的は、え~っと……観光……でよろしいですか?」

 国境警備隊の男は奇怪な目でビキニのままのガルネットを見つめている。厚手のコートを着た彼が困惑するのも無理はない。

数時間車を飛ばした彼ら一行は、タリア公国とプラネタリア皇国の国境ゲートに着いていた。

「ああ、そうだが。なんか文句あっか?」

「い、いえ! ちょうどクリスマスのシーズンですもんね! もちろん仮装もありです! 今ゲートを開けます! ここから先は寒くなりますので、ご自愛下さい……」

五冊のパスポートを受け取る。すぐに道を塞いでいたバーが上がった。

オープンカーのマフラーから白い煙が立ち上る。

「あの人が言ってた通り寒くなりそうね……。ガルネットさんはもうほっとくとして、なんで車がオープンカーなのよ?」

 シーナは膝の上のラビをぎゅっと抱きしめている。当のラビはといえば小柄な身体をさら小さくして丸まっていた。

「生憎だがクソガキ、これしか無かったんだ」

「アンタまで嘘つくなぁ」

ツッコミもキレがない。寒さに弱いのか、ジト目を震わせラビが言った。

「ガルガル……暖かいの出してぇ……」

相変わらずのガルネットが向く。

「車が溶けるが問題ないか?」

「ナッシン」

「大ありよ!」

 風を受けガタガタと歯を鳴らしたシーナは運転席に問いかけた。

「あとどれくらいかかんの?」

「面倒な国境は越えた。あと三十分ってとこだ」

「クソチビに掛けてやれ」とジャケットが渡された。感心したシーナが声を上げる。

「良いとこあんじゃないガイコツ~」

「凍り付いて役に立たなくなんのがうぜぇだけだ。プルネタリアはエグい雪国だかんな、覚悟しとけ」

 見晴らしの良い丘に差し掛かった。後ろの三人が見つめた先には降りしきる雪と、多くの煙突塔が立ち並んでいる。

「蒸気と鉄の国プルネタリア。私にとっては天国のような国だ」

「ワワシにとっては地獄の国なのん……」

 シーナは遠くに望む巨大な建造物にごくりと唾を飲み込んだ。

「あそこに四人目……最後のターゲットが……」

 こうして彼らIF5は一面銀世界の雪国に入った。


 道中奇怪な視線を集めに集めたオープンカーは、クリスマスの飾りがちらほらと窺える街中を通過したのち、とあるホテルの駐車場に停車していた。座席は雪に埋もれており、車体が雪山になるのも時間の問題だろう。

 少し広めの一室で、メアはいつもの珈琲で一息ついていた。

 騒ぐ三人の女たちに背を向ける。

「クソ痴女ゴリラの梱包は完了したか?」

「もうちょい待って!」とシーナとラビ。同時になにか苦しむような声が聞こえる。

「おっけ! こんなもんでしょ!」

振り返ると、ビキニを卒業したガルネットの姿があった。赤髪と同じ色合いのジャケットに編み上げのパンツとブーツ。雪国を歩くには少々薄着であるが、数分前にホテルマンの鼻の下を限界まで伸ばしてみせた格好に比べたら随分マシである。大きな胸元も生地に覆われ――たかと思えば。

「……ふん!」

 一瞬にしてはだけてしまった。どうやらチャックが壊れてしまったらしい。

「あ~! もう壊しちゃった~!! せっかく買ったのに~!!」

「私は悪くない。文句があるならあの小さいサイズしか置いていない店に言え」

「そのデカすぎる乳に言わせてもらうわ!!」

 窮屈そうにする彼女はドスンとソファに腰を下ろす。

 メアはもう一度カップを傾け、テーブルに置いた。

「さて……さっそくターゲットの詳細をと言いてえところだが、その前にお前らに言っとくことがある」

「ガルネットさんのカップ数?」

「んなわけねぇだろクソガキ。俺たちを狙う帝国についてだ。この国プルネタリアにいる限り、奴らの襲撃はほぼ間違いなく無ぇと思ってくれていい」

 シーナの表情が明るくなった。それは片腕に負った重症を気遣ってのことだろう。

 ラビが首をひねる。

「なんでなん?」

 問いにガルネットが答えた。

「プラネタリアは世界でも屈指の反帝国国家なんだ。国境で私たちが見たように帝国以外の国や観光客には友好的だが、帝国相手となるととことん厳しい。人はもちろん、帝国産の食べ物や生産物はこの国には入らない。三年前から続く帝国の急躍進に金と利権をごっそり持っていかれた恨みだな」

 意外にも内情に詳しい彼女。

 メアも頷いて見せた。

「クソゴリラの言ったとおりだ。この国は絶対的反帝国主義。軍隊も帝国を牽制するために存在してるようなもんだ。執行官だろうが国境は越えられねぇし、なによりここの軍隊は俺たちの敵じゃねぇ。まぁ味方でもねぇんだが、とりあえず一安心ってとこだな」

「油断は禁物だが」と補足しかけた時にはシーナが大きく溜息を付いていた。

「良かったぁ~。これからあんなおっかないのと追い掛けっこしなきゃいけないんだぁ、って思ってた~」

「ふふ、ゆっくり腕を直すといい。幸運にもここは医療技術が進んだ国でな。腕もすぐ良くなるだろう」

 ガルネットが優しく微笑んだ。どうしようも無かったとは言え、きっかけを作ってしまった彼女自身責任を感じているのだろう。

「ターゲットはどうなるん? しんどくなりそうなん?」

ラビの問いに、メアは腕を組み直した。一度深呼吸して重い口を開く。

「……そのことなんだがなぁ。しんどくはならねぇ……とは思う」

「なんだ、えらく自信無さ気だなボス。あの監獄塔まで登ってきた貴様たちならどこへでも辿り着けるだろう?」

「いいや、辿り着けねぇ場所が一つだけありやがるんだ。そりゃ――」

 三人が注目する中で唯一の男はぼそりと呟いた。

「――女心ってやつだ」

 その場の女たちは互いに視線を合わせると、ゆっくりと自分たちのボスに向き直った。

「「「……くっさ」」」

 ただ一言「ぶっ殺すぞ」とだけ零し、メアは手で顔を覆った。


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