026 透過と飛行

「能力は透過と飛行ってとこか……。クソチビに負けじと厄介だな」

「ワワシのがつよいん」

「わーってるよ。粋がってないで集中しろ」

 一度の動きで的確に分析したメアは、執行官二人の持つ漆黒の武器に目を凝らした。

「……あの真っ黒の武器は血を吸いやがる。気ぃつけろよ」

 ルナマンバは感心したように大鎌をくるりと回す。

「私たちの吸血兵装を知っているなんて、勤勉なのね。それと、少し身体がピリピリするけど原因はこれかしら?」

 彼女は手の甲に薄っすらと入った傷跡を見つめた。接触の際にメアが入れたものだ。

「スパイのナイフに何も塗ってぇわけがねぇだろ。人工能力含め、てめぇらのタフさと趣味の悪さは世界中でもっぱらの噂なんだよ。猛毒で感じてんじゃねぇクソババアが」

 彼女の顔から一瞬で微笑みが失せた。まだ゙ババア゙の名が相応しい年齢には到底達していないが、それでもこの一言はすべての女性に良く効く。彼女のような二十台後半の女性には特に。

「……勤勉さもその狡猾さも、ミラーラにそっくり。帰ったら教えてあげなくちゃね」

 彼女の思惑通り、今度はメアの笑みが失せる。

「……てめぇはあの女のなんだ? 答えやがれ」

「あら怖い顔ねぇ。今アナタの大事な人をお世話してあげてるのは誰だと思っているのかしら? 月に一回服を着せてあげたり、人の食べ物を食べさせてあげたり……とっっても優しくしてあげてるのよ、私――」

 耐え切れず斬りかかった。浜辺で相対したカルトロが漏らしていた『世話係の女』に高速の刃を走らせる。

「お礼の言い方は教えてもらえなかったようねぇ! 帰ったらお尻が真っ赤になるまで叩いてあげなくちゃ!」

 刃が長い柄で弾かれ、そして再び消える。

 ログホークと刃を交えていたラビが声を上げた。

「わかめ下!」

「わかめじゃねぇ!」

 着地間際に暗器を振るうと手応えがあった。肉を貫いた確かな感触。口が緩んだその時、脇腹に痛みが走った。

 そう深くはないが肉が裂かれている。吸血兵器の名は伊達ではなく、傷跡から鮮血を吸収していた。

「チッ……! 刺されてまで若ぇ血が欲しいかよ……! 老いたババアが……!」

 空間から歯を軋ませる音が鳴った。苛立ちの殺気がヒリヒリと肌に伝わってくる。

 実体化した彼女の姿に息を呑んだ。

「凄いでしょう坊や、私の透過。能力を集中すればこんなこともできるのよ? どれだけ抵抗しても無駄だってミラーラに教えておやりなさい。会えたら、だけどねぇ」

 暗器の貫いた場所だけがぽっかりと空洞になっていたのだ。どうやら存在自体を完全に搔き消すことも可能らしい。

 しかし、今はそんなことなどどうでもよかった。赤い千金の情報は手に入れた。

「……へぇ、゙私の透過゙……ねぇ。こいつはすげぇや」

「しまった」という表情のルナマンバを見据えながら彼は大声を上げた。

「『飛行』はそのクソスカシだ!! そいつをヤりゃあこいつらは仲良く海の底だぜ!」


 執行官の二人は人工能力を利用し、神賦使徒の共鳴に似た技を発生させているのは分かっていた。つまりどちらかが『透過』でどちらかが『飛行』。この現状においてどちらの能力が重要なのかは言うまでもないだろう。 

 たとえ不可視の死神といえど翼を折られれば真っ逆さまに海へと落ちる。

「ま~さかこんな簡単に引っ掛かってくれるたぁなぁ~。三十路寸前の女は煽りに敏感で扱いやすいぜぇ~」

「カカカッ」と笑って見せたメアに、まんまと嵌められたルナマンバは瞳を前髪に埋めた。

 横に立ったログホークは呆れた様子で溜息を吐く。

「ルナ……君は自分の立場が分かって――」

「その名を呼ぶのはやめなさい。殺すわよ」

 重厚な殺気が駆け抜けた。憤った面が露わになる。

「小生意気なガキ……出来損ないが一丁前にスパイ気取ってんじゃないわよ」

「厚い化粧が剥けてきてるぜぇ? この塔にメイクルームは完備されてんのかなぁ?」

「……魚の餌がお望みのようね。あなたたちをバラして、あの小娘と一緒に三人仲良く海へ捨ててあげる」

 邪悪な眼光が揺らぎ、彼女の猛撃が開始した。嵐のような大鎌の連撃がなにもない場所から繰り出される。

 身体に傷を作りながら叫んだ。

「俺はこのクソババアを相手する! てめぇはその隙に『飛行』秒殺しろ! クソチビ!」

「おけおけぇ!!」

 ぴょんと飛び上がったラビ。ログホークへ目にも止まらぬ剣撃をお見舞いした。

 飛行能力は厄介だが、ラビの空間察知に比べれば他愛もない。攻撃においての圧倒的有利は変わらない――と思えた。

 しかし。

「少女相手に悪いが、俺は神賦使徒に正面からぶつかってやるほど馬鹿ではなくてね。能力に適した戦い方をさせてもらうよ」

 壁面から距離を取った彼は、コートを翻しあるものを取り出した。

ラビはぽかんと立ち尽くし、それを指差す。

「それはさすがにズルない?」

 向けられた八連ガトリング銃が無情にも火を噴き始めたのだ。

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