025 監獄塔

大荒れの高波を眼下に、三人は監獄塔の壁を駈ける。

 そこに映画のようなアクロバティックなアクションは無く、ただ地上を走るように上へ上へと登る。

 可能にしているのはシーナの白嵐の進化。連日の修行が功を奏し、共鳴により三人の足元を支えても行動に支障をきたさないレベルへと成長、更に言えば垂直の壁を悠々と駆けられるように補助まで行っている。

 ラビが跳ねて見せた。

「シーナンさすがっ! ジャンプもできるのんっ!」

「超ハッピーでしょ! こんなのお茶の子さいさいなんだからね!」

「えっへん」と得意げにしていると、メアに怒鳴られた。

「んな場所で遊んでんじゃねぇ! おいクソチビ! 周りはどうだ!?」

 ラビは両手の人差し指を角のように立てた。

「なにもナッシン! であるっ!」

「そのまま切らずに続けろ! もう塔の中層辺りだ! ターゲットのいる最上層まで一気に上がっぞ!」

 メアの背中はいつもより焦っているように窺えた。状況を考えればそれは当然のことだが、元々このミッションはシーナが一人で行う予定のものだったらしい。彼女が偶然にも神賦使徒であったことから共鳴が実現し今こうして三人で挑めているだけ。

 それを考えれば、ある意味この状況は余裕のはず。

 彼をそこまで追い込んでいるのはやはり――。

「上に行けば落雷があるかもしんねぇ! 防御に手回せるかクソガキ!」

「う、うん――!!」

 その時だった。

 ラビの空間把握能力が高速で接近するなにかを捕えた。位置はあろうことか塔の真横方向。何もない空から二つ、飛来する。

 その着地点は――。

「わかめ!!」

 メアの首元で火花が散った。高速の二つの物体がぶつかり合ったのだ。

一つはラビの抜いたナイフ。そしてもう一つは――なにもない。

 どれだけ目を凝らしてもそこには何もなかった。が、ラビの能力は確かにその形を認識していた。

 三人の前に立ちはだかった二つの人型。一人は女性。一人は男性。

「なにものなのん」

 言葉を失っていたシーナはラビの瞳が見つめた方向に目を凝らす。

 その先で、吹き荒れる波風が真っ赤に歪んだ。

「あらあら~どういう能力なのかしらと思っていたら、予想以上に厄介そう。一級品を見つけたわねぇ――不死鳥の灰」

「不可視な存在を視認できる超眼力系の能力か、もしくは空間全体の察知能力……と言ったところか。面倒だな」

 恐れていた存在が現れてしまった。

 黒衣に身を包んだ王冠死霊隊の執行官が二人。

 最悪の死神が監獄塔に降り立った。

 

苦い表情で歯を食いしばる。

 女の方はブラックドレス。男の方はブラックコート。鉄風雷火の中にあっても存在感を醸し出す黒の胸元には帝国の紋章が刻まれていた。

 歪な形の王冠と、それを囲む月桂冠。

憎ましい権力の象徴を睨みつける横で、シーナが女の執行官を指差して声を上げた。

「あ、アンタはあの時のでっかいおねぇさん!? アイス奢ってくれた……!」

「うふふ、また会ったわねお嬢さん。フルーツ増しのクワトロアイスは美味しかったかしら?」

 長い金髪にとんがり帽子の女は微笑んだ。悟ったシーナは情けなさにぐっと手を握る。

「……おかげさまでお腹壊したわよ。次の日ずーっとトイレから出られなかったんだから」

「若いわねぇ。こんな可愛い子を監獄塔なんて危ないところに連れ出すなんて、何を考えているのかしら? 不死鳥の灰」

 聞きなれない名前に二人が向いた。

 小さく舌打ちを鳴らす。

「……三年ぶりだなぁクソ狗ども。まだ生きてたとは驚きだぜ」

「こちらのセリフよ。その幸運、親譲りかしら?」

 一瞬にしてメアの殺気が増したのをシーナは感じ取った。どうやらこの女は今、逆鱗に触れたらしい。

 濡れたパーマの髪を掻き上げた男の執行官が前に出る。

「答えろ不死鳥の灰。なにが目的でこの監獄塔を訪れた?」

「ちょいとピクニックでもと思ってなぁ。文句あるかスカシ野郎が」

「発言には気をつけてもらおう。腐ってもIFナンバーの室長ならこの状況の絶対不利性は理解できるだろう。その二人ともども海の藻屑になりたいか?」

 五人の間に沈黙が流れた。吹き荒れる風が各々の髪を暴れさせる。

 メアは視線を動かさずシーナに呼びかけた。

「てめぇがこの場を離れたとして、この゙クールな靴゙の持続時間はどれくらいだ?」

「……持って三十分ってとこだと思うけど」

「十分過ぎるぜ。予定通りプランAで行く。クソガキ、てめぇはターゲットんとこ走れ。んでクソチビ、俺たちぁ――」

 礼服に手を忍ばせて、暗器を抜いた。

「この狗どもを狩る! 派手な初仕事だ! 思う存分暴れやがれ!」

 その言葉を皮切りに、三人は行動に出た。

 まずは脇を抜けるシーナの援護。ラビと連携して彼女をはさむ。

 目の前で執行官二人が大気に溶けた。

「来やがるぞクソチビ! 警戒を――!」

「だいじょぶ。ぜんぶみえてるのん」

ラビは空中から繰り出された斬撃を難無く受け止めると、こちらに向き目線で合図する。

「カカッ、上か」

 頭上に暗器を振るう。すると何やら重い刃とぶつかった。

その不可視の力が解かれてゆく。

 ラビには漆黒の槍を持った男が、メアには同じく漆黒の大鎌を持った女が接触していた。

「ふふ、面白くなりそうねぇ……私たちに勝てるかしら」

 後方へ跳び、そしてあろうことか空中に着地した二人は、禍々しい各々の得物を構えた。

「帝国王冠死霊隊が第三席 魔蜂のルナマンバ」

「同じく第七席 獄鷹のログホーク」

――我らが皇帝の黒槌に平服を――

 監獄塔を舞台にした四人の戦いは幕を開けた。

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