第一章
002 白嵐のシーナ
一人の女学生が風車の丘を下っている。
その重量に両手の指は千切れそうである。
「もうっ! なんでアタシが派遣されなきゃいけないのよっ!」
キャスケットを被ったブロンド髪の少女は心底不機嫌そうである。一度草原にトランクを放るとその上にだらりとも倒れ込んだ。
くしゃくしゃの命令書を開く。
「しかもこのニュートリッドって港町……めちゃくちゃ田舎じゃないっ! 船乗って汽車乗って、途中で気球まで挟むとかいったいどんな辺境なのっ!?」
「あぁあ~!」と荒ぶると、感情に任せて命令書を投げ捨ててしまった。波風に攫われたそれに目的地の詳細が書かれていることを思い出し、大慌てで一人追っかけっ子を始める。
ダイビングキャッチと同時に草むらに突っ込んでしまった。
オシャレで高評判の制服が泥だらけである。
「うぅ……うわあああああっ!!!! 全っ然ハッピーじゃない! 泣きたい泣きたい泣きたいっ!! 私を呼んだ雇い主は覚えておきなさいよぉ!! 毎朝トースト焦がしてやるんだからぁ!!」
犬のように全身をブルブルと振った彼女は、重い足取りで再び歩き始めるのだった。
汽笛が鳴る蒸気船の甲板で、丘の上に建つ聖堂を見上げる。
黄金の鐘と色とりどりのステンドガラスが美しい、純白の大聖堂。
長年自分が過ごしてきた場所を睨み付け、誰にも聞こえないよう呟いた。
「絶対見返してやるんだから。【白嵐のシーナ】の名を世界中に轟かせてやるわよ。見てなさい」
一瞬、華奢な身体を細い光が駆け抜けた。それは海風に散らされると、パチパチと小さな音を立てて白く瞬いた。
心地よく澄んだ空を見上げた彼女、シーナはこれから始まる新生活に想いを馳せる。
「あっ、轟かせたらダメなんだった。だってアタシはもう――」
緩んだ口元から、得意気に八重歯を剥いた。
「――スパイ、なんだもんね」
選ばれた少女は、一人煌めきの海を往く。行く先でなにが待ち受けているのかも知らずに。
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