017 血の館

メアが向かった場所はすぐにわかった。小高い丘に建てられた明かりの灯る三階建ての洋館。周りが強固な柵と木々に囲まれていること、隣接した建物がないことからマフィアのアジトで間違いなさそうだ。

シーナは木に登って洋館を観察する。すべての窓に仰々しい鉄格子が張られていて内部の様子はわからない。

「やけに静かね……。スパイらしく潜入してんのかしら、アイツ」

 倉庫に車庫、別館が三つと噴水の中庭。見れば見るほど広大な建物だったが、メア含め人っ子一人見当たらない。

「深夜とはいえマフィアのアジト……見張りくらい居そうなもんだけど――」

視線を巡らせていると一人の人影を捕えた。それは裏口に立った一人の大男だった。が、様子がおかしい。

「全然動かない……寝てんのかしら」

 木々の間を縫って近づいてゆく。柵の影に身を隠し、慎重に覗き込んだ。

 次の瞬間、呼吸が止まった。

「――え」

 大男の額から、斧が生えていた。放心したシーナはそれに近づき、まじまじと見つめた。

 眉間からおびただしいほどの血が溢れている。宙を向いて動かない眼球は今にも零れ落ちそうである。

「……なに……これ――」

 眼を外した先にもまた死体。今度は胸を銃剣で貫かれていた。

 血で彩られた足跡が続いていた場所は洋館の扉だった。そこに至るまで、数体の身体が横たわり真っ赤な水たまりを生み出している。

「ガイ……コツ……?」

 高鳴る鼓動とともに湧き上がってきた恐怖を抑え込み、シーナは血塗られた扉へ進む。


 彼女は立ち尽くしていた。

 大きなロビーの真ん中で、ただ茫然と立ち尽くし動かない。

 血みどろの地獄を前に、全身が縫い付けられていた。

 四方八方、死体だらけだった。ある者は倒れ込み、ある者は吊るされ、またある者はバラバラにされていた。

 床と壁が真っ赤に染まってしまうほどの鮮血。その惨状に言葉も出せずにいたのだ。

「――」

 足元に転がった死体に眼を落とす。何かから逃げるように扉へ伸びた手。その手は途中で切断されていた。情報漏洩のため逃亡を阻止したのだろう。

「――――」

 柱に走った電話線が切られていた。外部に救援を要請できないよう連絡手段を断ち切ったのだ。作戦エリアを外界と切り離す、スパイの手口だ。

「――――――!!」

正面に構える大きな絵画に磔にされた派手なドレスの女。その喉元には見知った暗器が食い込んでいた。

 一歩後ずさりした、その時だった。

「――ここでなにしてやがるクソガキ」

「ひっ!」と細い悲鳴を上げたシーナは、中二階奥の扉に向いた。

そこには大量の返り血を礼服に浴びた死神が立っていた。

「倉庫でチビのお守してろっつったろ。上司の指示も聞けねぇのか――」

「いやぁあああああああああああああああああああ!!!!」

 大声を上げて、たまらず外へ駈けだした。

 抑え込んでいた恐怖が一気に爆発した。

 震える手足をひたすら振って、前も見ずにただただ走った。一秒でも早くこの地獄から抜け出したかった。

 むご過ぎる現実から、彼女は逃げ出したのだ。

 

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