016 ラビ

構成総人数二万人以上。タリア全土に拠点を持ち国外への影響力もある、百団体の下部組織を持ったマフィア組織。主に兵器の密造と売買を生業とする当組織は武闘派で知られ、泣く子も黙る極悪組織として世に知れ渡っている。

 その巨大組織の大幹部が、ほかでもない死兎の雇い主。

「軍隊相手の方がよっぽどマシだよ……。政界とも繋がってるって噂もあるくらいのマフィア組織じゃん……」

 息を吞むシーナ。人里離れた場所で暮らしていた彼女でさえ、オニキス・ファミリアの悪名は聞き及んでいた。

 メアは口を開く。

「人質は? 揺すりになにを使われてやがる?」

「……人質?」

「忘れたかクソガキ。このチビは神賦使徒。マフィアだろうがなんだろうが、生身の雑魚が何万と群れたところで相手にならねぇ。反抗されねぇようになにか手を打たれてんだろ?」 

 気に入らなければ戦ってしまえばいい。逃げてしまえばいい。それをしないのは相応の理由があるからだ。

「言っちまえよ」と促された死兎は、諦めて薄目を開いた。

「……じっちゃん。ワワシを育ててくれた」

「親か」

「うん……言うこときかなかったら苦しめるぞって……」

「他の肉親は?」

「いない……」

 シーナが溜まらず壁を蹴った。

「最っ低……! こんな小さな女の子にそんな仕打ち……あんまりだよ……!」

「子供かどうか、女かどうかなんて関係ねぇんだ。こいつが強力な能力者で、役に立ちそうだから。マフィアの理由なんてそんなもんだ」

 メアは吊り上げられた網を裂き彼女をおろすと、倉庫の扉を開いた。

「クソガキ、てめぇはこのチビと一緒に中で隠れてろ。俺が帰るまで絶対開けんじゃねぇぞ」

「え……ちょっと、アンタはどこ行くのよ?」

 二人に背を向けて、遠くの高台を見上げた。そこには一際大きな洋館が建っている。

「クソ掃除だ。立場を勘違いしたカス共に、世の中の上下関係ってやつを叩き込んできてやる」

「一人で乗り込もうって言うの!? アンタ正気!? 相手は――!!」

「俺はIF5。スパイだ。マフィアごときに負けるかよ」 

 死兎が声を上げた。

「まって! へんなことするとじっちゃんが……」

「あん? 俺は任務の邪魔しやがったクソどもを片付けに行くだけだ。なんでてめぇのジジイが出てきやがる? 俺とてめぇは無関係だ」

「まだ、な」と嗤ったメアは礼服を整え、夜闇へと消えていったのだった。


 暗い倉庫の隅っこで、シーナは彼女の話を聞いてあげていた。

 オニキス・ファミリアでの酷い扱いのこと。元々は軍立孤児院の出で、戦闘術はそこで習ったこと。おじいさんは引き取り手で、囚われる以前は麓の小屋で二人楽しく暮らしていたこと。

 意外に思えるほど死兎は素直に答えてくれた。

 それは一重に、現状に救いを求めているからだろう。

「もう大丈夫。あのガイコツがなんとかしてくれるはずだから」

「うん……」

 頷いた彼女だったが不安は抜けていないようだ。小さく丸まった背中をさする。

「こんな状況だし、怖いよね……おじいさんのことも、アンタ自身のことも……」

「クソガキはこわくないのん?」

「クソガキ言うな! それ名前じゃないから!」

 きょとんとしたジト眼に対し、胸を叩いた。

「シーナよ! シーナ=ラングス! アンタと同じ神賦使徒ってやつよ! あんたと同じ!!」

「驚き讃えろ!!」と叫ばんばかりに言い放った。が、彼女の反応は芳しくない。

 考えが読めない瞳をじーっと向けられる。

「……あれ、ちょ? 全然驚かないし……。あのガイコツでさえ泣きながらアゴ外してバンザイ三唱してたのに、なんで……?」

 だいぶ誇張したボケも鮮やかに空振り。迫る眼圧に耐えきれず話を反らした。

「て……ていうか、そっちこそ名前なんなのよ!? まさか死兎なんて超ぶっそうな名前が本名な訳ないわよね!?」

 ビシッと指をさすと、彼女は少しだけ照れながら答えた。

「……ラビ」

「ラビ?」

「そう。ワワシはラビである」 

 思わず手を合わせてしまった。

「なるほど! それで兎、ね!」

「……である」

 意味のない共感が二人の間に生まれた。きっとメアがいたら「くっだらねぇ」と吐き捨てられていたことだろう。ガールズトークの良さは男にはわからない。

「んじゃあ、仇名はラビチンね!」

「シーナン」

 少しだけだが二人は笑いあった。淀んだ暗闇の中であるが、そこに確かに温もりのようなものが生まれた気がした。

 ラビは人差し指で地面をいじる。

「……おじいさんのこと、心配だよね」

 彼女は大きく頷いた。

「からだもあんまりじょうぶじゃないから……」 

 血は繋がっていなくとも彼女にとってたった一人だけの家族だ。無事を確かめるまで気が気でならないのも当然だろう。

「きっと大丈夫よ! ラビチンを操るための大事な人質だもん! 乱暴になんてするわけない!」

 口ではそう言いながらも、内心無事である可能性は低いと感じていた。なにせ相手は非道なマフィア、後ろ盾を持たない老人がまともな扱いを受けられるとは思えない。それに、聞けば当のおじいさんとはもう半年以上も顔を合わせられていないらしい。 

「……あのガイコツも負けないって言ってたし! アイツ、ひょろひょろのガリガリだけど強いんだから……たぶん」

 シーナは鼓舞したつもりが疑問を感じてしまった。

 思い返せばメアが戦っているところをまだ見たことがない。言うまま一人で行かせてしまったが、今になって心配になってきた。それにメアはおそらく自分やラビのような特異体質を持っていないだろう。

 コテンパにされてないでしょうね、アイツ――、と考えを巡らせた時には足が動いていた。

「ごめんラビチン。アタシちょっと様子見てくるから、ここで隠れてて」

「え、いいのん?」

 メアからはここを出るなと言いつけられている。しかしもし彼が敗北していた場合、マフィアたちの追手が来るとも限らない。

「ちょこっと行ってくるだけ。すぐ戻るから」

 そう言ってシーナは重い扉をこじ開けた。

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