040 メア兄

メアはミラーラ奪還のため、引き抜きに訪れた事実を伝えた。そのために三人の神賦使徒を揃え、帝国の王冠死霊隊を退けたことも交えて。

 しかし、ミアの口から言い渡された言葉は冷酷なものだった。

「――信用できない」

 眉間に皺を寄せる。わかってはいたが、いざ突き付けられるとキツイものがあった。

「なら今ここで見せてやるよ。この二人が本当にお前と同じ――」

「違う。そういうことじゃないんだよ」

 返す刀で言ったミアは立ち上がり、室内を歩き始めた。

「この二人と、もう一人のシーナという少女が神賦使徒であることは認めよう。王冠死霊隊の二名を沈めたことも、多少嘘臭くもあるが信じよう。私は信用できないのは貴様だ、腰抜け」

 彼女は目の前まで来ると、首にかけたブルームーンの首飾りを引っ張った。

「私は三年前貴様が犯した失態を忘れていない。貴様のせいでミラ姉を失うことになった事実を忘れていない。あの日からたったの一日たりとも思い出さない日は無い」

 貴様が私からあの人を奪ったんだ――、彼女の瞳は今にも爆ぜてしまいそうなほど震えていた。軍人ではなく、一人の女として恨みの籠った眼差しだった。

「……ああ分かってる。俺だって思い出さねぇ日はねぇよ。ただな、このままで終われるわけねぇだろ。奪われたもん取り返さねぇと死ぬに死に切れねぇ……」

 彼女の手を振り払い睨み返した。

「俺のことは信用しなくていい。もし邪魔だと思ったら後ろから刺してくれて構わねぇ。だから手を貸してくれ。ミラーラもあとひと月持つかどうかわからねぇんだ。意思は違っても目的は同じだろ?」

 首元に刃を突き付けた状態ではあるものの、話し合いに応じたということは少なからず彼女の中にも同じ考えがあったということだ。プラネタリアが帝国を拒絶している現状に不満があるからこそ、この矛先は首を繋げている。

 ミアは考えるように腕を組むと、小声で予想外の台詞を吐いた。

「そうか、では条件を出すとしよう。それを実行できたのであれば、私は今一度貴様を信用しよう」

 驚きを隠せないメア。死を覚悟しての問いかけが功を奏した。慌てて喰ってかかる。

「その条件ってのはなんだ!?」

 ミアは少しだけ悲し気な表情を浮かべると、部屋の柱を見上げた。

 そして驚愕の言葉を口にした。

「――私をここから逃がすことだ。メア兄(・・・)」

 その瞬間、軍領地全体に侵入者を知らせる警報が鳴り響いた。

 

 ガルネットに引っ張られ、急ぎ彼女の宿舎を後にした。扉が閉まるその時まで、ミアは曇った表情でこちらを見つめていたようだった。地下水道まで戻り、ほとぼりが冷めるまでそこで待機した三人は、様子を伺いつつ夜明けの街へ帰って行った。


ホテルで待っていたシーナが安堵の声を上げた。約束の時間を過ぎても戻ってこず、合わせて侵入者の警報もあったためもうダメかと思っていたそうだ。

「それで! ターゲットの方はどうだったの!?」

 昨日あったことをシーナに話した。すると彼女はなにか違和感を覚えたように首をひねった。

「なにか思い当たるか?」

「……昨日ねっ、たまたま軍人たちの話を聞いちゃったんだ」

 それは腕の治療のために訪れた病院でのことだった。道に迷い院内をぐるぐる回っていると、とある病室から話し声が聞こえてきたらしい。

 それは他でもないミアのことだった。

「プラネタリアの兵器だとか俺たちの操り人形だとか……好き勝手笑ってたよ? 資料に書いてあった内容とはだいぶ印象が違ったけど……」

 メアは考えた。事前にガルネットから聞いていた情報と今のシーナの話。そしてあの一言。

私をここから逃がすこと――。その道筋を辿っていった先の答えは。

「――師匠よろしく、弟子まで囚われの身か?」

 待っていたかのようにガルネットが頷いた。

「最後の言葉通り、そう捉えて間違い無いだろう。警報が鳴る直前、ターゲットが見上げた方向に何があったか見たか?」

 これにはラビも声を落とした。

「監視カメラだったのん……あそこ以外にもいっぱいあった……おふろとか、トイレにも……」

 家中を監視されていた。恐らく警報が鳴ったのは映像の監視役がメアたちに気が付いたからだろう。

「任務以外で街に降りてこないんじゃなくて、降りたくても降りられないんだ……」

 行動をすべて制限、そして監視されていると考えれば納得がいく。

 問題はそれがなぜ実現されているのかだ。

「クソチビみてぇに人質を取られてる訳じゃねぇはずだ。クソゴリラみてぇにデカい鎖に巻かれてる訳でも……。ヤツのイカれた能力を制御してる要因はなんだ?」

 戦えば文字通り一騎当千の軍事力。それをコントロールし、自分一人では逃げられない状況を作るには?

 行き詰まりネクタイを緩めようとした。その時指先が何かに触れた。

「? なんだこれ」

 ネクタイの裏に一枚の紙切れが挟まっていたのだ。

 メアははっとした。ミアが首飾りに触れた一瞬、忍ばせたものでは、と。

 慌てて裏返す。そこには懐かしい字でこう書かれていた。

――ずっと待ってたよメア兄。゙ダサい力゙から私を救って――

 三人が見守る中、すべてを理解した。そして口元を緩ませた。

「――軍事力には軍事力……能力者には能力者ってことか」

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