039 可愛げのねぇ
ミアは月と雪の夜に白い息を落としていた。すでに時刻は深夜。辺りに人は無く、この軍敷地内も雪原のように静かだった。月光に照らされる藍色の軍服と長い銀髪が、彼女に人とは別の神々しさを与えているようだ。
彼女は一度立ち止まり夜空に引っ掛かった三日月を見上げた。純白のそれに、一点だけ影が落ちている。
空中要塞ヘルゲージ、憧れの人を閉じ込めた憎き帝国の城だ。
ここに移住してきて三年、毎晩のように見上げ続けてきた。その度に歯を食い縛り、拳を握ってきた。
そして今夜もこう呟く。
「私は諦めない――囚われていようと絶対に――」
再び歩き始め、宿舎に着いた。三年住み着いた家の戸を開くと、いつも通りの簡素な家具たちが出迎える。冷えた空気に薄っすらと柑橘系の香りが溶け、寒さで固まった嗅覚を蘇らせる。
戸に鍵をかけ、軍服のボタンを外した瞬間――。
彼女は言った。
「――いつまで隠れているつもりだ? 顔を見せてみろ、腰抜け――」
汗が浮かんだ顔で少し大人びた元同胞と相対していた。どこでしくじっていたのか、脳みそをフル回転させる。
ふん、と鼻を鳴らしたターゲットの女は腕を組んだ。
「いつから……と言いたげな顔だな。教えてやる。最初からさ。オープンカーで国境を越えた夜から、いつ会いに来るかと思っていた」
メアは舌打ちを鳴らす。
「なぜ苛立つ? 貴様の思惑通りだろう。オープンカーで私の気を引けたら、と考えていた。オープンカーはあの人のお気に入りだったからな。貴様が私を迎えに来る時はいつもアレだった」
彼女の言う通りだった。国境越えにオープンカーを使ったのは、ミラーラとミア両方に思い入れがある車だったからだ。単に雪国でその奇怪さが噂となりミアの耳にでも入ってくれれば儲けものだと考えていた。しかし。
「知ってたんならてめぇから会いに来てくれてもいいんじゃねぇか? 可愛げのねぇ妹分だぜ」
「なぜ今更貴様などに会いに行かなければならない。しくじって仲間を見捨てた挙句、のこのこと帰ってきた腰抜けに」
ミアの本性が顔を出し始めた。やはり三年経っても彼女の意思に変わりはないようだ。
メアは苦い顔で言った。
「……昔の話だ」
「いいや、違うな。現に今もミスを犯しているだろう」
彼女は人差し指で鼻に触れた。
「薄い柑橘系の香り。これはIFナンバーで常用されていた臭い消しの特徴だ。適量ならまず分かりはしないが匂いが部屋中に充満しているな。大方下水でも通ってきたのだろう。呼びベルを鳴らされたように分かりやすかったぞ」
すべて筒抜け。当然切り札にも気が付いていた。
「この香りの強さ……お前一人だけじゃないな。天井に一人。そして私の背後に一人……か」
その言葉を受けて、彼女の口にした場所からラビとガルネットが現れる。
「相も変わらず脇が甘すぎる。また貴様のミスで仲間が死ぬところだ」
気が付けば三人の背後に人影が立っていた。それはミアと同じ形をした純白の兵隊。雪で形作られた彼女たちの持つ矛が首元に触れる。
一瞬にして場を制圧したミアはソファに腰を下ろすと、足を組んで問いかけた。
「私になんの用だ――」
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