038 地下水道

ピタピタと水の滴る音が鳴っている。心底不快な臭いがトンネル内に充満し、絡みつくような湿っぽさがある。暗闇に紛れて不潔な害獣が壁や側溝を走り、黄色い眼を瞬かせた。

 地下水道に入った三人はペンライトを手に先へ進む。

「想像はしてたが、こりゃひっでぇなぁ……」

 袖で鼻を押さえたメアに、ラビが「だから言ったん……」と噛み付いた。と言っても、彼女の口と鼻はわたあめ顔負けの巨大な綿で覆われているのだが。

「そのマヌケな髭はなんだよクソチビ。クリスマスは今夜だったか?」

「サンタのおじじは信じてないのん。シーナンからの選別なん」

 臭いなど気にもしていない様子のガルネットが笑う。

「ははっ、下水に居てもこのチームは退屈しないなボス」

 メアは「ダリィだけだ」と返し、手元の見取り図に目を落とした。見取り図通りなら

そろそろ排水ゲートに差し掛かるはずだ。

 ライトで前方を照らす。

「地図に間違いは無さそうだが……」

 ゲートには鉄格子が掛かっていた。格子が太く隙間はネズミ一匹分しかない。

 ガルネットに向いた。

「突然だが出番だクソゴリラ。いけるか?」

「愚問だ。少し離れていろ」

 彼女は鉄格子を掴むと、灼熱の能力を発動させた。

 ジュジュと音を立てて格子が真っ赤に染まる。数秒と経たずして堅牢な鉄格子は溶解した鉄屑と化した。

焚火に当たるようにラビが手を掲げる。

「あったかいん」

「私の能力もラビにすれば暖房器具か。役に立てて何よりだ」

 相変わらず愉快そうなガルネット。

 ゲートを越えると、天井の高い空間に出た。排水をコントロールする施設らしいが今は使われていないらしい。不気味な摩天楼を往く。

「もう地上は軍の敷地内だ。気を抜くなよてめぇら。クソチビは能力張っとけ」

 角ポーズをとったラビ。

「人はいないん。ネズミは十七匹」

「余計な情報はいい。クソゴリラ、軍内事情の聞き込みはどうだった? 役に立ちそうなタレコミはあったか?」

「初耳の情報は特に無かった。ボスから事前に聞いていた脱帝国の動きが急速に進んでることは街の人間が嬉しそうに話していたよ。それとターゲットについても、軍内で相当重宝されて祭り上げられているらしい。゙新世代プラネタリアの顔゙だそうだ」

 少し見ない間に昔の同胞は大出世をかましていたらしい。引き抜きに応じなくなる可能性は高まるが、同時に本人の打倒帝国の意思とも離反していっている。

「五分五分ってとこだな……ヤツはどう出るか――」

 三人が照らした天井にはマンホールの裏面が見えた。


 聖夜を迎える飾り付けが散見される、小洒落た深夜の住宅地。そこから少しだけ離れた丘の端。ほろほろと雪が降る明かりのない雪原の片隅で、一つのマンホールがガタンと揺れた。少しだけフタが開くと、手鏡がちらりと覗く。しばらくして彼らは現れた。

水面に上がった魚のように澄んだ空気を吸い上げる。

「警備がいたのは側だけらしいな。中に入っちまえばこっちのもんだぜ」

「ふぁああああっ。いきかえったのん」

「む? 胸が引っ掛かった。引っ張ってくれ」

 三人は無事、軍敷地へ潜入を果たした。本題はここからである。

「ヤツの宿舎はすぐそこだ。帰りを待って、一瞬で仕留めるぞ」

 彼らの考えた作戦はこうだ。

 まずミアの住む宿舎に侵入する。息を潜めて帰りを待ち、彼女が現れたところで能力を使う間もなく気絶させる。その後地下水道へ戻り目が覚めたら交渉、といった流れだ。

「絶対に能力を使う暇を与えるな。地上で戦闘になれば一瞬で軍隊が押し寄せる。下水道まで潜っちまえばヤツはなにもできねぇ」

 仮に引き抜きが不可能となれば即刻シーナを連れて国を出ればいい。相手の能力を封じつつこちらの安全も考慮した作戦だ――、と木々の影に身を潜めたメアは語り、一軒の家を指差した。雪の中にぽつんと立った一つの窓も飾り付けも無い小さな家。

「あそこがミアの宿舎だ。ミスんじゃねぇぞ二人とも――」

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