059 エピローグ
夕暮れの砂浜。
沈みゆく夕日を前に、メアはぼうっと水平線を眺めていた。
これから始まる狂乱の戦いに思いを馳せる。今頃、ヘルゲージ侵入と重要人物の脱獄を知った帝国は、着々と戦争の準備をしていることだろう。
一番に砲弾の飛ぶ先はタリア。なんとしてでも阻止しなければならない。
一つの山を片付けた先には、さらに大きな山が待つ。
「ダリィがやるしかねぇか――」
そう呟いた瞬間、彼女の声が響いた。
「ガーイーコーツー!!」
ドーナッツを咥えたシーナが駆け寄っていた。
「喰うか走るかどっちかにしろや」
「うーっさい!! ほれっ、これガイコツの~」
チョコレートの輪っかが差し出される。
「い、いらねーよバカ!」
「ちょ~おいしいよ~? あまあまだよ~?」
「ぐっ!」
本当は大の甘党である事実はすでにミラーラがしゃべっていることだろう。
しょうがなそうに、しぶしぶ受け取る演技をした。
一口齧ると、シーナが待ってましたと指さした。
「食べたねガイコツ!! 警戒心が甘いんだから!! もしそのドーナッツが毒々ドーナッツだったらどうしてたの!? ドロドロだぁよぉ!!」
それはシーナが初めて空月亭を訪れた日、自分を騙したメアから言い放たれたことだった。が、当のメアは気にせずドーナッツを齧り続ける。
「……あれ?」
期待外れと言わんばかりのシーナに言った。
「なにか問題あるか? あの時とは何もかもが違え。関係も信頼も、てめぇの評価も功績も、なにもかもだ。強いて上げんなら、このドーナッツは旨過ぎる」
「そんなぁ~」と絞れた風船のように砂浜に倒れ込んだシーナ。
「なんで凹みやがる? こっちは最大限てめぇを褒めてんだが?」
「だってぇ~ガイコツのしてやられた顔が見たかったんだもん~」
「くっだらねぇー」と、再び水平線へ目を移した。
そしてゆっくり問いかけた。
「なぁシーナ」
「んー?」
「今はこんなわけわかんねぇレベルに晴れてやがるが、これから世界はクソ雨クソ風の大荒れになりやがるらしい。雨の代わりに砲弾が降る日も近ぇ」
意を決して、彼女に振り向いた。
「それでもてめぇはスパイに――」
次の瞬間だった。尻が思い切り蹴られ、メアはバシャンとさざ波の中へ突き飛ばされたのだ。
海面に浸かった顔面。耳がシメシメと笑う声を捉えた。
「て、てめぇクソガキ!! なにしやがる!!」
「へへ~ん!! 無駄話で油断するからだよ~!! てか髪の毛ほんとにわかめじゃん!! 今すぐラビチンを呼ばないと!! 急げ~!!」
「ちょい待てこらぁ!! なにが無駄話だ!!」
海水を散らして襟を掴んだ。その時。
暖かい抱擁が包み込んだのだ。
「――一緒に行くよメア。私たちは、スパイ、なんだからね」
温もり。その言葉に感じたのは安心感。
スパイたちはこれを信頼、と。力よりも金よりも、最も大切なものだと、手を伸ばす。
メアはもう、そうする必要は無さそうだ。
「――鬱陶しい」と、彼はいつものように笑った。
タリア公国首都議事堂前。
花々が舞う大通りを一人の少女が駆ける。よほど急いでいるのか、皺の無い礼服を振り乱し、トレードマークのキャスケットがズレてしまった。
手に持った書類が派手に撒き散らされる。
わーきゃーと悲鳴を上げる彼女に、一人の男が駆け寄った。
「ったくてめぇはなにやってやがる、クソガキ」
その男は一緒に書類を拾うと、束をキャスケットに乗せた。
「クソガキって呼ばさすのはこれがマジの最後にしろよ。お前はこれから――」
少女は高らかに言った。
「わかってる!! アタシはこれからIF5なんだからね!!」
満面の笑みを咲かせた。
車のクラクションが鳴る。
振り返ると、オープンカーにはすでに三人の女たちが乗り込んでいた。
皆お揃いの礼服姿が真新しい。
急いで駆けてゆく少女はドアを飛び越えると、助手席に収まった。
「はーやーくー!! 出発するよー!!」
陽気に舌打ちを打った男は、駆け足で車に戻り、エンジンを吹かした。
「初任務まで時間がねぇぞクソども。ぶっ飛ばすが問題ねぇな?」
頷いた仲間たち。
助手席を見つめた。
「行くぜシーナ」
「行こうメア!!」
オープンカーは飛ばす。
影の世界に均衡をもたらすため、彼ら新生IF5の暗躍は始まった。
ガールズミッション~オールE評価の落ちこぼれスパイが挑む超級ミッション~ 氷堂 @tanakakotoha21
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