014 天賦の能力
朧月の夜、メアは倉庫の屋根に身を潜めていた。
場所は数日前と同じ煉瓦倉庫群。微かな位置は違うが構造はほぼ相違なかった。事前に掴んでいた情報通りなら、もうしばらくして標的を追う死兎が現れるはず。
ここで狩りの時を待つ。シーナも配置についた頃だろう。
「月が隠れたな。もうすぐか」
死兎出現の共通点。夜空から月が顔を隠したその瞬間に風が吹いた。
漂う人の気配。指を折り身構える。が、眼下の細道には死兎も、死兎が追う者の姿もない。
「……?」
気配は勘違いか――、と潜めた耳を上げた。
その瞬間、背後から強烈な視線が襲った。
「……カカッ。なるほどなぁ。そういうことかよ」
口元を吊り上げて振り返ると、真っ赤な瞳を見開いた兎が屋根に貼りついていた。
両手には白銀のナイフが握られている。
「今夜の得物は俺ってかぁ……存在がバレたのが裏目に出やがったな……」
心臓を鷲掴みされたような感覚。肌を刺すような鋭い眼光。
無垢な殺気を浴びる。
「ただの狩りだと思えば゙狩り合い゙だとはなぁ。上等だクソウサギ。無事に月まで帰れと思うんじゃねぇぞ!」
メアは袖から半月状の暗器を抜刀すると、勢いよく屋根を蹴った。
神速の攻撃を暗器で受け止める。
迫る真っ赤な瞳は距離を開かせてくれない。一定の距離を保ちつつ、急所を狙った攻撃を繰り出してくる。
両手に握ったナイフはまるで獣の爪のようである。
「いきなり全開かよ! 躾がなってねぇなぁクソウサギ!」
バックステップで対応するメアの頬には汗が滴っていた。
空間察知能力に次いでこのスピードとナイフさばきの技術。さすがに余裕はない。
屋根の傾斜を利用して左右に跳んでもみても、待ち受けるのは銀色の斬撃。機動性において完全に圧倒されている。
舌打ちをした彼は屋根を降り、通路へ入り込んだ。
「クソ……罠まで誘導するっきゃ手はねぇか……!」
当初の作戦はターゲットを追う死兎をあの手この手でルートを絞らせ、ポイントまで導くことだった。しかしターゲットが自分になってしまった今、導き手はいない。
彼自身が餌になりポイントまで駈けこむ必要がある。
「こちとら人参じゃねぇんだよ!!」
飛来したナイフを弾き飛ばすと、その隙に懐まで入られた。死兎の両手にはすでに新しい得物が握られている。最強の暗殺者は人体の構造をよく理解している。だからこそ、防御不可能な攻撃の゙作り方゙を知っているのだ。
瞬時の足技で片方を潰せただけでも褒められるべきだろう。
「ぐ……!」
一本のナイフが脇腹に突き立てられた。が、浅い。
中まで抉る力はねぇか――、と目を細めたのも束の間、ナイフの持ち手に回転蹴りが放たれていた。
遠心力に押された刃は容赦なく内臓を断つだろう。
咄嗟に振り降ろした暗器で蹴りの方向をズラした。間一髪だったが、代わりに重い一発を腹にもらった。
互いに弾き合い、初めて二人は静止した。
「く……カカッ。おもしれぇ……ウサギの世話がこんな高まるたぁ初知りだぜ」
死兎はシルクハットを上げ、パンパンと痣のある頬を叩いた。
「……手ごわい。早く首、ちょうだい」
「ちょうだいでやるバカがどこにいんだよ。てかてめぇ、ウサギがのろのろしてていいのか? 俺をさっさと片付けなきゃ、そのメイクが増えちまうんだろ?」
ジト眼がピクリと震えた。明らかな動揺が窺える。
メアは右に左に視線を走らせると、歯を剥き駆け出した。
「わりぃが俺はのろまのカメじゃねぇ! とんずらこかせてもらうぜ!」
向けられた背中をじっと見つめる死兎。細く息を吸い込み、その天賦の能力を解放した。
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