013 暗闇

「タイミングさえ合えば問題ねぇ。あんま強くやり過ぎて使い物にならなくされても困るからなぁ。今のてめぇの実力が丁度の火加減だ」

「どういうことよそれ」と咬み付こうとしたが、根本的な疑問を覚えて飲みこんだ。

「そもそも、ターゲットはアタシたちに協力してくれるの? フリーの殺し屋なんでしょ?」

「それも問題ねぇ。これ見やがれ」

 そういって差し出されたのは一枚の白黒写真だった。ブレが酷くピントもあっていないが、その中には死兎が映っている。

「あの子だね。この写真がなによ?」

「はぁ、オールEのてめぇに聞いたのが間違いだったよ」

もう一度飛来した枕を巧みにかわすと、彼は写真の中を指差した。

「奴の頬と左膝に痣がある。空間察知の能力を考えりゃ殺しの最中に負ったもんじゃねぇだろう。恐らくは雇い主から受けた傷だ」

 言う通り、二箇所に黒ずみが浮かんでいる。

なぜ能力を使って攻撃を避けなかったかという疑問はさすがのシーナでも理解できた。

避けることが許されない相手だから、この一つに尽きる。

「……ひどい扱いを受けてたなら逃げればいいじゃない。フリーならなおさらだよ……」

「そりゃ一年前までだ。タリア最高の殺し屋として名を馳せたあと、ある日を境に特定の人間からの依頼しか受けなくなった。なにかしらの弱みを握られて、文字通り首輪付けられてるってとこか」

 首に巻かれた仰々しい首輪。

 脅しを受けているのか、それとも物理的に逃げられない術を講じられているのか、それは分からない。ただ一つ言えることは、その雇い主は軍隊を壊滅しうる能力を以てしても屈服させられない強大な力を有している、ということだ。

「そう考えりゃ山場は奴をスカウトしてからだな。ウサギのクソを掃除してやらねぇといけねぇ。ウサギのチビクソか、はたまたゾウのデカクソか。ウサギに聞くまでのお楽しみだなぁ」

 カカカ、と嗤う彼に呆れて溜息を付いた。

「クソクソってほんっと下品ね……んで、ゾウのだったらどうすんのよ?」

「そりゃそん時考えりゃいい。足踏みしてる暇はねぇんだ。二日後の晩、動くぞクソガキ」

 

 淡い火が灯った執務室に小さな嗚咽が鳴った。

 革張りのソファとテーブルの間に女がうずくまっている。呼吸は弱々しくかすれ、身体は小刻みに震えている。

「またくだらないミスを犯してくれたな、子ウサギ」

 どっしりと椅子に腰かけた派手なスーツの男は、突き出した片足を戻した。初老のしわと白髪交じりの髪が、燭台の炎に映える。

「相手の構成員に見られやがって。これで何度目だ? 俺たちのこと舐めてんのか?」

 少女は必死で首輪の付いた頭を横に振った。

 男が鼻を鳴らす。

「まともに口も利けねぇか。天下の大能力者がみっともねぇ。いつまでも床汚してっと『あれ』海に沈めるぞ?」

ピクリと眉を上げた少女は力を振り絞って立ち上がった。乱暴につかまれたのかツインテールの白髪は乱れ、頬には大きな痣ができている。

「少しは怖ぇ顔になったんじゃねぇか? 感謝しやがれ!! ガハハハハ!!」

 理不尽な晒しを少女はじっと耐えている。天賦の能力は顔を出さないどころか指先一つ動かない。

 そんな最強の殺し屋の前に一枚の写真がひらひらと落ちた。

「次のターゲットだ。今回は大事な大事な得意先からの依頼でな。大金を支払われてる。ウチの信用にも関わる大仕事だ。ミスも失敗も許されねぇ」

 男の手が少女の髪を荒くつかんだ。

「もしものことがあったら……その時は分かってるな?」

 きつく睨まれて彼女は初めて口を開いた。

「…………はい」

「決行は二日後の晩だ。見つけ出して、狩れ。誰にも尻尾つかまれんじゃねぇぞ」

 少女の小さな手のひらは、終始血が滲むほど強くにぎられたままだった。

 

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