006 超級ミッション

「書いてある通りだ。三年前に敵国にパクられちまったウチのスパイを連れ戻さなきゃならねぇ。それが俺たち『IF5』に課せられた唯一の任務だ」


 足を組みかえたメアは言った。

 シーナは紙面に眼を走らせる。次々に自信を欠く文言が目に飛び込んできた。


「帝国軍亜種研究所……空中要塞ヘルゲージ……その最深部に拘束された救出対象……遂行期限は救出対象が必要とされているまで(・・・・・・・・・・)……って、こんな任務できっこないじゃないっ!」


 落ち着いた様子のメアはカップを置いた。


「スパイの世界にできっこないはねぇんだよ。そのためにてめぇをスカウトしたんだ」


驚きを隠せない彼女は、前のめりに問いかけた。


「私に何ができるっていうのよ……! こんな一歩間違えたら戦争になりかねない超級任務、手練れの一流スパイを大勢雇うべきなんじゃないの!?」


「雇ったさ。世界中の同盟国から選りすぐりなのを大勢。その結果がこれだ」


 彼は不自然なほど広い部屋を見渡した。そこに今は無き仲間たちの影を見る。

 シーナも察したようだ。


「まさか、このチームがアンタ一人なのって……」


「この地下室に招いたのはてめぇで四十六人目だ。今、うちの国と帝国がドンパチやらずに済んでんのは、俺以外の四十五人が命がけで証拠を消したからだ。あのネコどもはそいつらの謂わば゙形見゙なんだよ」


 彼ら『IF5』が属するタリア公国と帝国は長きに渡り冷戦状態にある。両国による小競り合いが度々新聞の一面を騒がしているが、開戦が宣言されないギリギリの関係を保っているのが現状だ。

 その天秤は一滴の水で大きく傾いてしまうだろう。

 相手国のスパイが軍施設に侵入したとなれば、一言の会話すら無く軍靴が国境を跨ぐことになる。そうなれば火の海になるのはまずタリア公国だ。人口も軍事力も、なにもかも遅れを取っている後進国家に勝ち目などない。


「……どうしてそんな危険を犯してまで救おうとするの? 囚われてるスパイはたった一人なんでしょ? そんな大勢を犠牲にしてまで……」


「その一人が問題なんだ。あまりに多くのことを知り過ぎてやがる。情報を吐かれたら戦争待ったなしだ。逆に言えば、今はまだ吐いてねぇってことになる」


 両国間で戦争が起こっていない。それは一重に囚われのスパイが尋問に耐え、そして生きていることに他ならない。


「三年間、奴は一人で耐えてやがるんだ。帝国だろうが空中要塞だろうが、誰かが牢をぶち破ってやらねぇでどうするよ――」


こうしている今もたった一人で戦争を止めてんだ――、と言う彼に、シーナは初めて、ほんの少しだけ人間味というものを感じたような気がした。

内包された熱と、そして情。ただの不気味なドSスパイではないのかも知れない。


「ただその忍耐もいつまで続くかわからねぇ。いつ空から爆薬が降ってきてもおかしくねぇってことだ。事件があった三年前から策を練っちゃ失敗して、その繰り返しだ」


 その間に積み上がった骸の数、四十と五人。

 そして今、そこに招かれた出来損ないのスパイ訓練生。

 残酷な事実を知らされたシーナは唖然としたまま固まってしまった。


「ビビって声も出ねぇか? さっきまでの威勢はどうしたクソガキ」


 紡いだ口元を、無理矢理こじ開けた。


「……なんでアタシなの?」


「あ?」


「そんな一流のスパイたちがみんな駄目だったのにどうしてアタシを呼んだの!? 無理に決まってるじゃない! それとも出来損ないだから捨て駒ってこと!?」


 メアは小さく溜息を吐く。


「バーカ違ぇよ。てめぇの力を見込んでんだ」


「力なんてないよ! 戦争を止める力なんてアタシなんかに……!!」


 次の瞬間、シーナの額に鈍痛が走った。突然のことに眼をパチパチとさせる。


「『なんかに』とか言うな。大嫌ぇなんだその言葉」


 デコピンを放ったメアの指がおりる。


「てめぇの白嵐。その特異体質が欲しい。先の一流スパイたちの誰も持ってなかった力だ」


「で、でもこんな力強くもなんともないよ? ただの静電気じゃんってみんなに馬鹿にされたし……」


 それを聞いたメアは歯を剥いて「カカカッ」と特徴的な笑い声を上げた。


「わ、笑うな笑うなぁ!!」


「すまねぇ、傑作だったもんでなぁ。カカッ、上等じゃねぇか。その静電気、俺がエグい雷撃に変えてやるよ。道端の石ころでも磨きまくればちっとは綺麗にならぁ」

 シーナは呆気に取られた。他の訓練生にはない貴重な能力を持ちながらも、無駄だと言われ続けたこの力。名前だけは一丁前な静電気を、本当に変えることができるのか。


「役に……立つの……? この力が? アタシが? 何十人の一流スパイよりも?」


「だからてめぇはここにいんだよ。身体能力も頭脳もいらねぇ。その静電気だけでいい。これから鍛えまくってやる。覚悟しとけや」


 ニィ、と口元を吊り上げたメア。しばらくして、シーナは深く頷いたのであった。

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