029 ブリッキー

メアから指示された台詞を告げた。すると想定通り、彼女は目を見開き己を縛る鎖をじゃらりと鳴らした。

 あまりの怪力に太い鎖が破断しかけている。

「そ、その興味持ってくれました? ガルネットさん?」

「……錠を解け。私はやらなければならないことができた」

 燃える瞳に浮かんでいたのは猛烈な怒りだった。いくつかの鎖を断ち、彼女が眼前に迫った。

「今すぐに貴様を殴らなければならん!! ゙死んだ我が友゙を愚弄する小娘が!! でたらめを吐くその口を二度と開かぬよう――!!」

「あああ違うんです違うんです!! 勘違いなんですよう!!」

 慌てて両手を振ってなだめる。憤ったその様は本物の獣のようだ。

「ミラーラさんは生きてるんです! 今も帝国の檻の中で助けを待ってますから!」

「嘘を付け!! 誰がそんな寝言を!!」

「アタシのボスです!! タリア王国特務諜報機関IF5の室長ですよ!」

 それを聞いて、ガルネットはようやく力みを解いた。知った組織の名が彼女の燃え盛る心臓を冷やしたらしい。

「IFナンバー……生前ララがいた組織か……?」

「だ・か・ら! 死んでないですって! アタシたちはミラーラさんを救出するために動いていて、現に今ガルネットさんを脱獄させに来てるんです! そうじゃなきゃこんな怖くて物騒なところ来ないですよ近寄りたくもないですよホント勘弁してください!!」

 思わず溜まっていた不満をぶちまけてしまった。が、それが彼女を考えさせるのに一役買ったようだ。

「……いや……嘘だ。やはり信じられん……ララが生きているわけ……!」

「生きてます! ほらこれ!」

 冷静さを感じ取ると、後ろに隠していたあるものを見せつけた。

それはメアがいつも肌身離さず持っているブルームーンストーンの首飾り。彼女の親友のトレードマークだったものだ。

「……それ……は……ララの……!!」

「うちのボスがミラーラさんから託されたんですよ!」

 ガルネットは黙ったままその首飾りを凝視した。偽物ではない。失ったと思っていた親友の足跡が確かな姿で輝いている。

「……本当……なのか? 本当に生きて……!」

「もし嘘だったらボッコボコにしてくれて構いませんから……うちのボスを」

 ガルネットは心を落ち着かせるように大きく呼吸を取ると、巨大な南京錠が引っ掛かった両腕を差し出した。

「……解いてくれ。能力を無効化する特殊な錠だ。カギは看守室――」

「それがいらないんですよねぇ! ふっふっふ~」

 シーナは得意げに手を掲げると、白嵐を開放した。辺りに軽く対流が起き、何やら微細なモノが集まってくる。

「……貴様も能力者か?」

「そうですともぉ! なんたってガルネットさんと同じ神賦使徒です! ガルネットさんと同じ!!」

「お……おう」と勢いに気圧された彼女。目の前に大量の塵が渦巻いていることに気が付いた。

「このくらいあれば鍵穴が埋まるかなぁ。えい!」

 指先で鍵穴を指した。するとサラサラと穴に塵――地面から集めた砂鉄が入り込んでゆく。

 砂鉄を密集させたものを鍵代わりに使うつもりなのだ。

「器用な真似をする。アタシの能力とは似ても似つかん」

「素直に『超クールで凄い』って言ってくださいよぉ……! え、えっへん!!」

 その時だった。鼻息を飛ばす彼女は気が付かなかった。

 無音で背後に迫る大ぶりの刃に――。

「危ない!!!!」

 咄嗟に動いたガルネット。シーナを突き飛ばし、その刃を手錠で受け止めた。

「な、なに!?!?」

 尻もちを付いた彼女は目の前に立っていた存在に目を丸くした。

 巨大な斧と黒ずんだ皮膚。背の高いガルネットを軽々見下ろす巨体には多くの縫い傷が走っていた。べっとりと血が付いた鉄マスクから耳障りな鳴き声が漏れる。

 動物でも、ましてや人間でもない。

「バッ!! バケモノ!?!?」

「この監獄塔の極卒だ!! 会話は通じない!! 距離を取れ!!」

 言われた通り跳ねて後退した。すると大斧の刃がこちらに向いた。

「ぎゃああああ!!!! 来んなああああ!!!!」

 思わず逃げ出した。が、極卒はその外見に似合わない猛スピードで追いかけてくる。

「なんでアタシのこと追っかけてくんのよ!?!?」

「貴様が侵入者だからに決まっているだろう!! 隙を見て錠を解いてくれ!! そうすれば私が片付ける!!」

「隙って言ったって……!!」

極卒はただ走るだけでなく壁と壁を飛び移ったり、天井から垂れる鎖を利用して距離を詰めたりと、頭脳的な動きを見せていた。

 完全にこのフィールドを理解した上で行動している。

「一瞬も目離してくれないんだけど! どうなってんのよこのバケモノ!」 

「そいつは帝国の生み出した合成生物だ!! 人体実験の失敗作にいくつかの生物を縫いつないで作られた出鱈目な魔人!! 名前はブリッキーだ!!」

「名前あんのかよ!!」という必死のツッコミも虚しく、逃げる背中に斧が投げ込まれる。

 ギリギリで回避したところで、ようやくそのブリッキーという極卒は足を止めた。

「はぁ……はぁ……いったいなんなのよ、あの執行官といいこのバケモノといい……帝国は裏でなにやってんの……!?」

 シーナは腰に引っ掛けたポケットに手を突っ込んだ。ビー玉ほどの大きさの鉄球が数個握られている。

 ガルネットはまだ戦えない。執行官二人の相手をしているメアとラビの助けは望めない。

「アタシがやるっきゃないか……!」

 シーナは鉄球を宙に放ると白嵐を発動した。磁力を帯びたそれらは渦のように彼女の周りを流れる。

「記念すべき初の能力戦の相手がこんなバケモノなんて……帰ったらガイコツに朝まで自慢してやるんだから!!」

 深呼吸したシーナは、巨大な極卒に向け白嵐を走らせた。

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