028 帝罰執行携帯

 大鎌を振りかぶるルナマンバの身体が揺らいだ。

 眼を見開いた彼女の足元は踏ん張りを失い、そして荒波の海へ引っ張られる。

 咄嗟に塔の突起に手を伸ばした。

「……カカッ、お仲間のスカシは退場したらしいなぁ」

 膝を折り、ぶら下がるルナマンバの金髪を掴んだ。怒りに歪んだ表情が上がる。

「連れは選んだ方がいいぜ? 正念場でやられちゃ、命なんて預けらんねぇ」

 多くの傷が刻み込まれたメアの身体には限界が迫っていた。もう少し時間稼ぎが長引けば、海に落ちていたのは自分だっただろう。

 ほぼ無傷の彼女が見上げた。

「……一人で行かせたあのお嬢ちゃんといい、ずいぶん部下を買っているのね」

「そうじゃなきゃこんな場所に連れてこねぇよ。バカなガキどもだが、おたくのと違って使えるからなぁ」

「期待を裏切られなきゃいいけど。あの時のミラーラみたいに……ね」

 向けられた皮肉に舌打ちで返した。無言で暗器を彼女に振り下ろす。

「黙って落ちな。クソババア」

 刃から逃げるように、彼女は自分から手を放した。気流に攫われ海に吸い込まれてゆく。

 激しい風を裂き落下するルナマンバはあろうことか笑みを浮かべ、数分前と同じセリフを呟いた。

「――あなたが私たちに勝てるのかしら。かわいいメアくん――」

 次の瞬間、塔の下層と海中で紅い爆発が起こった。

 宙が爆ぜるような音波に目を凝らす。

海の上に巨大な薔薇の花弁が二つ、開いていた。その中心部で漆黒の何かがうねっている。

「……てめぇらはどこまで人間やめてんだよ、クソ執行官ども」

 その何かは徐々に形を形成し、そして彼らは天を仰いだ。

「――帝罰執行形態――我らが極黒に敗北はない――」

 異形となったルナマンバとログホークが急接近する。

 吸血兵装をその身に取り込んだ魔改造の身体を震わせ、瞬く間に塔を駈け上がった。

 身体の半分が赤黒い肉に覆われており、目玉は鮮血によどんでいる。

「怪物の相手なんざプランに無ぇ……!! どうする――!」

 歯噛みしたその時、今度は塔の頂上付近で大きな爆発が起こった。内側から起こった破壊の波は壁面を吹き飛ばす。

 ドロドロと溶けた高熱の塊が空に飛び散った。

その正体に気が付いた時、メアは大きく口元を吊り上げた。

「カカッ!! 最高だ!! やりやがったなぁクソガキ!」

 

 爆発十数分前――

 塔の頂上付近に辿り着いたシーナは、ガラスを破って内部へ侵入した。

 降り立った暗闇の中で聞こえてきたのは野太い呻き声。警報装置が作動したり看守が集まってくる様子はない。

「本当に放置されてるんだ……囚人たちは生きてるの……?」

 恐る恐る白嵐で明かりを灯してみる。そこにはボロボロの囚人たちが巨大な檻の中に倒れ込んでいた。

 眠っているのか、はたまたすでに息絶えているのか定かではない。

「……早くターゲットを探さないと。囚人番号はたしか……」

 焦る気持ちを抑え、一つずつ檻の番号を追ってゆく。

すると周りを檻に囲まれた広間に出た。その中心に、何者かが太い鎖で繋がれている。

 周りの欠損した格子を見るに、恐らくここにも堅牢な檻が張られていたようだが、今は見る影もない。鎖の元に駆け寄ると。

「……あ、あなた――」

 ターゲットはそこにいた。

 獅子のように長い、業火のような赤髪にくっきりとした骨格の女性。両手足に腰回りなど、男勝りの筋肉質な全身にこれでもかと鎖が巻き付けられている。

 まるで獣。酷く傷ついた彼女はまだこちらに気が付いていないようだ。

「あ……あの! い、生きてますかぁ~」

 元テロリストということもあり、凶悪そうな見た目に思わず後退りしてしまった。さらに声をかけて反応を待つ。

「IF5です~……逃がしに来ました~……えっと、ガルネット……さん?」

 メアから告げられていた名前を呼んだ。すると、彼女はピクリと顎を上げた。

「……貴様……何者だ……? 看守じゃないな……」

猛禽類のような鋭い眼光。臆しながらも言葉をつなぐ。

「タ、タリア王国のスパイの者です……アナタを開放しに来ましたぁ……」

 それを聞いて血で汚れた口元が緩んだ。

「……ふん、開放? スパイかなにか知らんが、今更私にそんな気はない……遠路遥々訪ねてくれたようで悪いが、帰ってくれ」

 再び影に目元を埋めてしまった彼女。どうやら外界に憧れを抱かないほど冷めてしまっているようだ。強靭な見た目とは裏腹に、テロリストの牙は抜かれている様子。

シーナは額に汗を浮かべながらも頷いた。

 ――ガイコツの言ってた通り――

「そうですか……残念。せっかく耳寄りな情報を持ってきたのに」

「……? 何が言いたい?」

 しゃがみ込んで目線の高さを合わせた。

「アタシたち、これからミラーラさんを助けに行くんだ――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る