042 サンタクロース一行

ミアは鉄の小部屋に座らせられていた。

軍本部の最地下に設けられたその堅牢な部屋に陽光も街の音色も届かず、冷たい冷気だけが漂う。

 目の前のテーブルには山盛りの雪が入ったバケツだけが置かれていた。

「結局吐かなかったんだってね~皇女様~?」

 どこからともなく声が聞こえた。部屋の中には自分以外いない。

 もぞもぞと、バケツの中の雪がうねる。

「カメラに写っていた男と二人の女が誰なのか調べればす~ぐ分かるんですよ? そう時間は掛からないはずだ~」

 雪は芋虫のように汚らしく悶えると、テーブルから落ちた。間も無くして姿を現したのは真っ白い゙私゙だった。

 顔面の右半分が崩れた、ゾンビのようなミア。

「私はそんな気味の悪い顔をしていない。能力を使うならデリカシーを持て」

「へへっ! デリカシー!? 裸も寝顔も排泄さえも晒された女にデリカシーだって!? もしかしてまだ自分が゙女゙だと思ってるんですか~!?」

 悔しさに顔を歪ませる。しかしその拳は動かない。錠で繋がれているわけでもないのに、ただ握り絞めるだけで上がることはない。

 そうすることがいかに無為なことなのか、今に至るまで散々思い知らされてきたのだ。

「バルベルズ少佐~。あなたは兵器~我が国の矛であり盾であり人形なのですよ~。さぁ、いつもの復唱をはじめよう~今日は千回唱えるまで後ろの扉は開きませんよ~?」

 爛れた口元が厭らしく嗤った。

 目を瞑り口籠る。瞼の裏には大好きだった師匠の背中と、兄貴分の姿が――。

「……早く始めた方がいいのでは~? またこのバケツをトイレ代わりに使いたいんですか~?」

 ブルりと心臓が震えた。トラウマにこじ開けられた口は震えている。

 そしてミアは一言目を零した。

「……私は皆様に身体と心を捧げたプラネタリアの人形です――」

 

 日に日に街の装飾が華やかさを増してゆく。それと同時に人々の顔にも緩みが見え、帰路に着く足元は弾みだした。

 鈴と楽器と、光の街が鳴る。

 いくつかの夜を数え、今夜。雪舞う三日月の元は聖夜である。


 雪で覆われた丘を登るのは四人のサンタクロースだった。彼らが押すのは大きく派手に飾り尽くされたソリ。山盛りに積まれた大量のプレゼント箱の真ん中に一際巨大な箱が置かれている。人間一人が余裕で入れそうなプレゼント箱だ。

 声をかけてくる人々に笑顔で手を振りながら足を急がせる。

「……ほんとにこんな子供だましみたいな作戦で上手くいくの? ガイコツ」

 降る雪に不安を吐露するのはシーナだ。すでに腕のギプスは外れ、皆と一緒にソリを押している。

「十分過ぎるくれぇだクソガキ。今までの相手に比べりゃあガキ同然だぜ」

 巨大マフィアに王冠死霊隊、そして今回はプラネタリア軍。数や規模で見れば過去最大の相手であることは間違いないはずなのに、なぜかメアは余裕を隠さない。

 彼女がなぜかと問うと、歯を剥いた。

「常時冬眠中の鼻ったれガキどもになにができんだよ――なぁミア」

 三日月を背景に、サンタクロース一行は丘を登る。プラネタリア中を一望できるほどの頂上へ。


 夜更けを告げる鐘が聖夜に響き渡った。

 ミアは宿舎を出て眼下に広がる赤、金、緑の街を見下ろす。耳を澄ませばここからでも子供たちの笑い声や鈴の音が聞こえるような気がした。

「……いいな」

 ぼそりと呟いた。周りにはいつもと変わらないただ白く冷たいだけの雪と風。そして見張りの゙ミアたぢ。

「ここにはツリーもチキンもプレゼントもなにも無いよメア兄……」

 すがるように彼女が両手で握るのは一枚の紙切れだった。

 そこにはたった一言、こう書かれている。

『イブの夜、外に出て一人寂しく鐘の音でも聞いてやがれ』

 唯一の希望からの言葉がこれだった。小さく吐いた溜息が煙管でも吹かしたようにうっとおしくなる。その瞬間、轟音を経て夜空に大量の花が咲いた。

「……花火か」

 鐘の音を合図に着火した祝福の花火が星の天井を埋め尽くす。その華やかで壮観な光景は孤独に沈んだミアの心を少しだけ温めた。

 色とりどりの花火が絶え間なく打ち上がり咲き乱れる。

 その音のせいで気が付かなかった。ガラの悪そうな男の発狂が迫っていたことに。

「しっかりボッチしてやがったか!!」

 どういうわけか、頼みの綱の男はサンタクロースのコスプレ姿でソリに乗って滑り降りてきていた。

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