019 餞

 黙ってロケットを差し出した。目の前で見開いた真っ赤な瞳から二人は目を反らす。

ラビは震えた指先でそれを包み込んだ。

「じっちゃん……じっちゃん……」

 目尻に大粒の涙が溜まる。

「すまねぇ。間に合わなかった」

 力ない呟きがすすり泣く声にかき消された。辛い事実を告げるのは何回経験しても慣れない。

 ラビは顔を腕に埋めながら、大きく首を横に振った。

「ちがう……ワワシのせい……ワワシがもっと早く……うぐぅ……!」

 たまらずシーナが駈け寄った。

「違うよ! ラビチンが悪いんじゃない! 悪いのはマフィアたちじゃん!」

 膝を折って強く強く抱きしめた。

 親を失った少女の、籠った泣き声が倉庫群に響く。

 メアは見るに堪えない様子で目元を覆っていると、足元の麻袋が小さく動いた。

 しゃがみ込んで中身を掴む。

「ひっ!」と細い悲鳴が漏れた。

「おい、この泣き声が聞こえてやがるかゴミ野郎。うちのガキ泣かせやがって……てめぇ今のうちに覚悟しとけよ? この袋が空いた時が、てめぇの人生のショータイムだ。砕いてやった顎でせいぜい歌ってくれや」

 メアの囁きが、麻袋を震えさせる。下の方から染み出した汚水に舌打ちすると、スーツの内ポケットに手を忍ばせた。

「悪ぃお前ら。ゴミ野郎のオムツを交換してやらねぇといけなくなった。早いとここの場を終わらすぞ」

 そう言って、泣きじゃくる二人にあるものを差し出した。それはスイッチ。ドクロマークが書かれた赤いボタンをラビに向ける。

「てめぇが押せ。これで恨みが吹っ飛ぶとは思ってねぇが、多少気も晴れんだろ。なによりじいさんへの弔いになる」

 ラビはそれを手に取ると、ぐちゃぐちゃにした顔を向けた。

「ありがと……いろいろ……ワワシのために……」

「問題ねぇ。ただそれ押したらてめぇの次の飼い主はこの俺だ。覚悟して押――」

「ほい」

 言い終わるのも待たず、彼女はスイッチを押した。

 背後の丘の上で大爆発が起きた。爆炎の中でアジトの洋館が粉々に吹き飛んでいる。

「て、てめぇ! タイミングってもんがあんだろうが!」

「よくわからん……」

 そう言いつつも、ラビは崩壊する洋館に眼を向けていた。

 長い間つながれていた大嫌いな兎小屋。怖く、そして恐ろしい場所。

そんな場所が今、跡形もなく消し炭になろうとしている。

 大好きだった唯一の家族とともに。

「ばいばいじっちゃん」

 手に握りしめるロケットは、初めての給料でプレゼントしたものだった。汚い土管工の仕事で顔を汚した自分に、彼は満面の笑みを浮かべ、涙を流して喜んでくれた。彼が重い病気にかかると、治療費を稼ぐため能力を活かして殺し稼業に手を染めた。いけないことだとわかっていたが、たった一人の家族を救うためにはそうするしかなかった。

 きっと彼も感付いていただろう。ただ、それを口に出さず、ただ頭を撫でてくれた。

 ありがとう、と、ただ一言だけ言って笑ってくれた。

 その温もりはもうどこにも無い。

 空間を支配する大能力を以てしても、探し当てられないだろう――。

「……」

 彼女は導かれるようにロケットを開いた。その中には、自分と共に笑うおじいさんの写真が収められていた。

「ちがった。まだここにあったっけ」

 手の中に見つけた温もりに、再び涙を流した。

 おじいさんが肌身離さず持っていた絆のペンダントは、今彼女の胸に。

「今までありがとうじっちゃん。ワワシ、行ってくる――」

 夜空に上った爆炎。それは亡き家族へ捧げる献花。

 餞の大輪が、闇に咲き誇る。


 揺らめく炎を映したブルームーンストーンがキラキラと輝いていた。

 

 その数日後、百を越えるオニキス・ファミリア全団体のもとに小包が届いた。その中にはとある男の体の一部が、血塗れの肉片となって収まっていた。

 その無言の狂気は大幹部を襲撃されて憤っていたマフィアたちの背筋を凍り付かせ、反撃の炎を消しつくすまで至ったのであった。

 

『準備中』の札を完全無視して、一人の少女がカフェに駈け入っていった。

 大きな首輪をつけた彼女はキッチンに回ると、コンロのつまみを三回、カチッカチッカチッと慣れた手つきでひねる。すると床が開いて階段が現れた。

 空月亭もといIF5の隠れ家は、今日も騒がしくなる。

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