第二章

020 わかめ

「こらぁ!! クソチビ!! てめぇ珈琲豆買って来いっつったろ!! なんで袋のなか全部金平糖なんだよ!?」

「にがい水よりおいしいから」

「はぁああああ!?!?」

 ダイニングに怒鳴り声が響いた。怒りに顔を歪ませ、メアはその中身を投げつける。

 ラビが残像さえ見える高速の動きで、それを一つ残らず口で受け止めた。頬をパンパンにして咀嚼する彼女はリスのようである。

「やっぱこっちがおいしいん」

「てめぇ……!」

 棚のビンから珈琲豆を摘まみ、先程のように放り投げた。ラビがそれを再び口で受け止めてしまう。

「んごっ」

咀嚼が止まった。みるみる顔面が青く染まってゆく。

「苦しみやがれ」

「んごおおおおおおおおお!!!!」

 次の瞬間、ラビの口から珈琲豆が連射された。放たれたそれは放物線を描き、こちらに飛来する。

「うおぃ!! 汚ねぇ!!」

「ぷしゅーーーーバタンッ」

 言葉通り、すべてを吐き終えた彼女はその場に倒れ込んだ。ピクピクと痙攣しながら、伸びた指先は真面目に修行中だったシーナの背中に触れる。

 そして犯人を告げるダイイングメッセージが書かれた。

 シーナは笑いをこらえている。

「アンタ……ワカメって呼ばれてんの? ププッ」

「あぁ!? 呼ばれてねぇよ! 俺のどこがワカメだクソガキ!?」

 ラビがメアの紫髪をビシッと指した。

「わかめ」

「……あぁ?」

「わかめ」

 吹き出して大笑いを飛ばすシーナを尻目に、メアはまた珈琲豆の中に手を突っ込むのだった。

 

「ラビチンしっかりしてぇ」

 シーナは全身真っ青になったラビの足首を持ち上げ、逆さにぶらぶらと揺らす。口から大量の珈琲豆が溢れ出た。

「息できなくなったらどうすんのよ! このパワハラわかめガイコツ!」

「うるせぇクソガキ。あとわかめは不要だ」

 淹れたての珈琲を傾ける。一息つくと、二人をテーブルに促した。

 シーナは復活したラビと共に椅子を引く。

「さて……いつまでも遊び惚けてるわけにもいかねぇぞてめぇら。そろそろ三人目の確保に向けて動かなきゃならねぇ」

 ラビにも作戦の全貌はすでに知らされている。帝国の空中要塞に乗り込むと知っても、彼女は動揺の一つも見せなかった。

 シーナに問いかけた。

「゙例の進捗゙はどうだ、クソガキ」

「まだちょっと危なっかしいけど良い感じだよ。道具が揃えばもっと安定すると思う」

「文句ねぇ。当日までに完璧に仕上げろ。ワンミスすりゃお陀仏だかんな、準備はやり過ぎるくらいがちょうどいい」

視線をラビに移す。

「クソチビ、てめぇはどうだ? 察知範囲は広がったか?」

 察知範囲とはラビの持つ能力の適応範囲。ラビ捕獲時の『大きさの境界線』と並び、能力の重大要素となる項目である。

「うーんと、ここから帽子屋くらいなのん!」

「二十メートル前後ってとこか。まぁ及第点だな……てか、てめぇその首輪いつになったら外すんだよ。足遅くなんだろうが」

 未だ首に巻かれたままの分厚い首輪を顎で指した。

「えぇ」と首輪を押さえたラビに、シーナがフォローを入れる。

「それがさぁ、昨日試しに外してみたら、ラビチン速くなるどころか立てなくなっちゃって……」

「あぁ!? んだそりゃ!?」

「たぶん長い間ずーっと付けてたから、これありきでバランス取ってるんじゃない? ふらふらの酔っ払いみたいだったよ?」

 困ったように髪を掻いたメアは「好きにしやがれ」と区切った。

一枚の書類をテーブルに滑らせる。

「三人目の勧誘にはクソガキの進捗含め、ちょいと手間がかかりやがる。数日前から周辺に潜伏して決行に備えてぇ。明日の朝、ここを発つぞ」

 書類には潜伏先の情報と船の切符がはさまっていた。どうやら場所はタリアの南、ウェーブノートという常夏の沿岸部らしい。

「作戦の概要は追って話す。これは小遣いだ、せいぜい大事に使いやがれ」

 一人一つ、巾着袋が放られた。チャリンと華やかな音が鳴る。

「お金!? や、やったあああ!! 初めてのお給料きたぁ! IF5の報酬金なんていったいいくら……!」

「勘違いすんなクソガキ。こんな脇の極小組織に上がぽんぽん金出すかよ。そいつぁ俺のポケットマネーだ。中見て度肝抜かれやがれ」

 横でラビが巾着袋をひっくり返した。紙幣一枚と金貨五枚がむなしく落ちる。

「こんぺいとう買っておわりである」

「こ……こんな小銭でどうしろっていうのよおおおお!!」

カカカと笑ったメアはさぞ愉快そうであった。

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