048 雷壁
翌日。夜の帳が降りたころ、港町の外れに生い茂った雑木林から一匹の蝙蝠が飛んだ。
その一際大きな黒い翅は夜闇を裂き、天へと昇る。
先には菱形の城。帝国空域の端に浮かぶ亜種研究要塞ヘルゲージ。
使命を背負ったスパイたちのミッションは遂に始まった。
しばらく上昇を続けたメアたちの前に、それは現れた。
白い月光に照らされた鋼の城。無数のプロペラといくつかのサーチライトを携えた建造物が、不気味にも夜闇に浮かんでいる。遠目で見た時の遺跡のような印象は弱まり、強固な要塞としての顔が露わになっていた。
操縦桿を握るメアが顎で指した。
「見やがれ。ご自慢の雷壁だ」
助手席のシーナが目を凝らすと、確かに要塞をすっぽりと覆うように薄い膜がかかっている。時折起こる電気スパークがそれの性質を物語っているようだ。
「本当にあったんだ……目の前で見ると大きいね……」
「デカいだけで厚さは無ぇはずだ。てめぇの白嵐で刺してぱっくり開くイメージでいけ」
飛空艇が滑空しながら接近する。
シーナは席を立った。
「ブチ破ってくる! アタシの、゙神賦使徒の゙アタシの力見てなさいよアンタたち!」
同類の彼女たちへビシッと指を差した。その指が少しだけ震えていたのをメアは見逃さない。
「そうテンパんな。今までてめぇが修行してきた通りやれば問題ねぇ。今のてめぇには楽過ぎる仕事だ」
それは世辞でも無ければ部下を奮い立たせるための後押しでも無い。現在シーナの持つ実力を考慮した上での本音だった。
「アタシの成果、しっかり見ててねガイコツ」
「ああ。準備できたら合図しろ。三秒後に突っ込む」
彼女はキャスケットを預けると、上部の天蓋から突風吹き荒れる夜空に出た。
猛烈な風をその身に受けたシーナは、暴れる髪を押さえつける。
雷壁を左側に捕えたまま滑空する飛空艇は、じりじりと近付いて一定の距離をキープ。自分の能力が発動したと同時に即突入できる位置に着く。
勝負の大舞台。修行の成果を発揮する時だ。考えたくないが、失敗したら自分含め仲間は全滅するだろう。
「みんなで……生きて帰るんだ……!!」
もう一度、昨晩の言葉を反芻した。大好きな仲間のためにも失敗は許されない。
極卒を討伐した時に使った鉄球を取り出した。白嵐を流し、浮かせ、目の前で円を描く。
「刺して、ぱっくりと……ね! おっけ!」
白嵐を纏った両手を突き出した。一本の刃のように形造った鉄球は雷壁に接近し、その壁に沿って傷を入れていく。
バチバチと弾ける電子が流星のように闇を裂いてゆく中、鉄球は刃の形を崩し横一直線に並んでいく。
「く……!! もうちょい奥……!!」
裂いた雷壁の中へ鉄球を食い込ませてゆく。すべての鉄球が内部へ入ったその瞬間、天蓋を思いっきり蹴った。
合図を以てカウントダウンが始まる。
「三……!!」
一つ一つの鉄球に最大の力を籠め、雷壁の電子を白嵐で浸食。
「二……!!」
白嵐を縦横に伸ばし、隣の鉄球との共鳴を強化。
「……一!!」
最大出力の電撃を鉄球に圧縮させ、そして――
「ゼロ!!」
一瞬の間に爆発させた。
雷壁の一帯を白嵐が駆け巡る。円状に広がった爆心地の鉄球が作り出したのはトンネル。
各国の軍隊に、この場所への侵入を幾度と無く断念させてきた絶対守護の鉄壁に風穴が空く。
「今だよ!! 行っちゃってガイコツ!!」
歯を剥いたシーナに呼応するように、彼らを乗せた飛空艇はそのトンネルを抜けていったのだった。
薄暗い一室。無数のモニターと電子盤が機械的な光を発する狭い部屋で、数人の白衣たちは小首を傾げていた。
「今のスパークは大きかったな。複葉機でも接触したか?」
「こんな夜中に空のドライブなどするでしょうか? いつものように鳥か、飛翔物では?」
各々の予想を口にする彼ら。共通して焦りや恐怖が声色に乗っていない。
侵入者など、万に一つも考えていない様子である。
「ここは平和で良いな。地上の拠点はどこも厳戒態勢だというのに」
「ああそれ、本当の話なのですか? 近いうちタリアの狗が潜り込むというのは」
「確かな情報だ。あの王冠死霊隊からのリークだぞ? 噂によると一人やられたらしい――」
気味悪そうな顔を浮かべた二人の肩を、何かが掴んだ。振り返った彼らの表情は一瞬のうちに血色を失うこととなった。
「無駄話がお好きなようね。私も混ぜて貰おうかしら?」
闇に咲く真っ赤な唇。ぽんぽんと、震える肩を叩く。
「自分に与えられた仕事だけをしていなさい。゙研究成果゙の燃料になるのは嫌でしょう?」
妖艶な女の声に、二人は成す術無く頷いた。
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