009 才覚の片鱗

「ムムムムゥ……」


ダイニングの石床にあぐらをかいたシーナは、構えた両手をにらみ付けていた。

彼女の周りにはいくつかの大きな電球が転がっている。

意識を集中させ、一呼吸すると力を解き放った。


「おりゃあっ!!」


 電流が瞬いたと思えば、近くに置かれた三つの電球に明かりが灯った。が、それ以外のものに反応は無い。


「……ぷはぁ!! あ~やっぱり三つが限界ぃ~」


ぐてー、と倒れ込んでしまったシーナ。

 そこにメアが寄る。


「まーたサボってんのかクソガキィ」


「だって何回やっても同じなんだもん。近くの三つだけしか光んないよ」


 駄々っ子のように寝っ転がる彼女の額に、デコピンが放たれた。


「あだぁ!?!? ちょっとなによ!?」


「てめぇの目玉はじゃがいもかぁ? 同じじゃねぇよ。良く見やがれ」


 あごの指した方に眼を向けると、一つの電球にまだ明かりが灯っていた。弱い光だが、ゆらゆらと揺らめいて、そしてゆっくりと消えた。


「さっきは力抜いたあと、二秒しか持たなかった。今は八秒。この短時間で六秒も伸びてやがる」


「……それってそんなに重要なの?」


「たりめーだ」



 メアは二つの電球を掴むと、天秤のように持ち上げた。


「この三日間で俺が見たところ、てめぇの白嵐は大きく分けて二つの力に分かれる。一つは光の強さ。一瞬の間に流れる電流の最大値。力が届く範囲もこいつで決まる。そんでもう一つは光の、長さだ」


「長さ?」


「ああ。つまり電力の持続力だ。術者のてめぇが力を切ったあと、どれだけ力が滞留して影響を及ぼすのか。マラソンで言えば前者の力が足の速さ、後者の力が持久力ってとこか」


 シーナは納得したように手を叩いた。

 電球が指先の上でクルクルと回る。


「まだてめぇの力が弱すぎっから断言はできねぇが、この二つのバランスが白嵐の破壊力にエグい影響を与えやがると俺は考える。どちらか片方が低くてもダメだ。最大出力は出せねぇ」


「じゃ、じゃあもしかしてこの『電球ピカピカぼっち体操』はそれを測るためなの!? 嫌がらせじゃなくて!?」


知らないところで狂った名前を付けられていた。

メアは溜息を吐く。


「んなくっだらねぇことやるわけあるかクソガキがぁ。時間ねぇっつったろ。おら、分かったらさっさと続けやがれ」


 急かされた彼女は再び意識を集中させ、そして力を発動した。

 同じように三つの電球が光り出す。


「よし、そのままだ。焦んなクソガキ。そのまま徐々に力を広げろ。遠くに手を伸ばすイメージだ。深呼吸しろ」


 言われた通りにシーナは力を広げるイメージをした。すると――


「あっ」


 少し離れた一つの電球に明かりが灯った。三つに比べて弱々しい光だが確かに力が届いている。


「集中切んなよ。そしたら力を電球の中に閉じ込めろ。範囲の拡大はしなくていい。布をかぶせるみてぇに上から包み込むんだ。できるか?」


「……うん。やってみる」


 慎重に指先を折ってゆく。


「意識を向けんのは電球だ。指先はあくまで力の根本。先端に意識の重心を置け。その方がコントロールが繊細になる。可動域が広くなんのを感じ取れるはずだ」


 指示に従ってみると光る全ての電球の光量が増した。

 シーナは驚きを隠せない。


「見かけに寄らず器用じゃねぇかよ。やっぱ学び舎がばら撒く紙切れは役に立たねぇ」


 嬉しい反面少しだけ照れてしまった彼女は次の手順を仰いだ。


「そ、それでここからはどうすればいいのよ?」


「さっき言った力の長さを試す。限界まで電球に意識を被せたらてめぇのタイミングで力を解け。ダラダラせずにスパッとだ。無駄な力の残留は切り替えの遅れと隙を生む」


 シーナは軽く頷くと、一つ一つの電球を線で繋げるように電流を走らせた。ポイント同士が結び合い一つの円を描いたその瞬間、一思いに力を断ち切った。

 すると二人の前で、驚くべきことが起こった。


「え……? ちょ、強くなったんだけど! 力はもう解いてるのに……!」


 先程の何倍も強い光が部屋を照らしたのだ。見れば消えていた他の電球にも光が灯り、ひいては室内の食器や花瓶まで自ら光を発しているではないか。

呆気に取られていた彼女の横で、メアは小さく囁いた。


「きれいな石なんてもんじゃねぇ……ダイヤモンドだぜ、こりゃ……」


 口元を震わせ、ごくりと唾を飲みこむ。

 初めて見る様子の彼に、シーナは問いかけた。


「な、なにが起こってるの? こんなの私、一度も見たことない……」


「……共鳴だ、クソガキ。特異体質者の中でも極稀にしか開花しねぇ、人の域を出た神通力……。おいおいマジかよ……! てめぇ本当に――!」


 興奮気味のメアはぐっと彼女を見つめ、数日前に言ったばかりの台詞を言い放った。


「――本当にただの(・・・)出来損ないスパイか……!?」


 緊迫の中、首から下げたブルームーンストーンの首飾りが瞬いていた。

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