050 空の鳥籠
研究所内部は広く天井が高い、吹き抜けた空間となっていた。そこら中で大型のモニターがマトリクスを映し出し、それを研究員が食い入るように眺めている。点在する蛍光ビニールのテントの中で行われている行為には極力目を当てたくない。
無数の紙が散らばった床を、二人はそそくさと歩く。
「結構人が多いんだね……」
「帝国自慢の研究所だからなぁ。やってることは趣味の悪いことばっかりだ。あんまジロジロ見んのはやめとけよ。傷になる」
「や、優しいじゃんガイコツ」
「泳いで帰りたくねぇだけだ」と言いながら周囲を物色するメアは、書類とにらめっこする一人の研究員に目を付けた。
「鳥籠について調べる。警戒を怠んなよ」
シーナは研究員に話しかけようとする彼の袖を引っ張った。
「ば、バレないかな?」
「心配すんな。この手の奴らはいじくるモンにしか興味のねぇ変人どもだ。人間の顔面だろうが声だろうが、いちいち覚えちゃいねぇよ」
動じる様子を一切見せないメアは研究員の肩に触れる。
「集中しているところすまない。鳥籠の現状を確認したいんだが、該当モニターと関係資料はどこだったかな?」
研究員は資料から目を離さず言った。
「鳥籠? それならB-3モニター室だろ。またウィルの奴が性懲りも無く鼻の下伸ばしているんじゃないのか? ゙翅の捥がれた渡り鳥と監視係の成功検体゙に欲情できるなんて幸せな性癖だよホント」
少しだけ眉を震わせた。詳細は分からないがその言葉からはあまりいい想像が付かない。
「……監視係は今どこに? なにやら地上が騒がしいようだが」
「警備のため本国に戻ったと聞いたが? とにかくいないに越したことないよ。作り手の我々が言うのもおかしな話だが、奴らと同じ場所での衣食住は気持ちのいいものじゃないからな」
てきとうに礼を済ませる。シーナが腕を突いた。
彼女が視線を向ける方を見ると、フロアの奥にB-3の文字が光っていた。
「やっぱりあの人たちが執行官を作ってたんだね……」
「深追いはすんな。ろくなことねぇ」
奪ったIDカードで扉を開いた二人は、エレベーターで降下する。この先に鳥籠のモニター室含め、関係するエリアの制御を行っている部屋がある筈である。
「さっきの研究員の持ってた資料、怪物みたいな絵が描いてあったよ……」
「良く気が付いたな。てめぇが相手した極卒か、さっき聞いた被験魔獣ってやつかも……」
チン、と音が鳴ってエレベーターが静止した。二人は銃を構える。
「どちらにせよエンカウントはごめんだ。もしもの時はもしもの時に考えろ。それが――」
「スパイの思考?」
「ご名答だ。行くぜ」
扉が開くと同時に、二人は室内に突入。物置のような狭い室内に張り巡らされたモニターと、それを眺める一人の研究員。一瞬の間もなく、メアが研究員の後頭部をグリップで穿つ。
「ちょいと寝てろやウィル」
机に伏した彼を尻目に、モニターを睨んだ。そこには。
「……いない……ね」
いくつものモニターに目をやるシーナ。その中に人影は見当たらない。翅の捥がれた渡り鳥と監視係の成功検体、その両者とも姿は無い。
「さっきのヤツの話じゃ、ここでミラーラの様子を監視してたはずだ……もっと探せ……!」
メアは躍起になっていた。落ち着かせていた心臓が、彼女を求めて騒ぎ出す。しかし高鳴った鼓動を抑え込む情報はやはり見当たらない。
「くそっ……! なんでいねぇえ! 鳥籠の中に幽閉されてるはずだろ……!」
「ど、どこかへ移されたとか?」
「自白剤はまだ完成したばかりのはずだ! くそっ、何か見落として……! まさか作戦が漏れてやがったのか!? 俺たちの動きを知られてて事前に要塞の外へ……!」
焦るメアの背中がポンと叩かれた。シーナは冷静だ。
「落ち着いてガイコツ。漏れてたらアタシたち、ここまで辿り着けてないよ。ちょっと待ってて」
彼女は手元の操作盤をいじる。するとモニターの視点が移り変わった。
映し出された映像の違和感に、二人はすぐ気が付いた。
「鳥籠が……荒らされてる……!?」
ミラーラを幽閉する巨大檻、通称鳥籠の内部はひどく損傷していたのだ。名を現す楕円の網目は凹んで破れ、床と柱は崩れている。明らかに戦闘の痕跡だ。
「……もうラビチンたちが救出したとか?」
「さすがに早すぎる。警報も鳴ってねぇ」
痕跡からも彼女たちの力の気配はない。となると答えは一つとなる。
「……ミラーラだ。自力で脱出したのか?」
「だとしたらマズいよ……三年間もずっと尋問されてた人がここから一人で逃げられるわけない。見張りも居て、なんにも騒ぎになってないのはおかしいよ」
見張り役の研究員は先程まで監視を続けていた。つまり鳥籠のこの状況を承知していた上でなにもしなかったということになる。
「なにか起こってやがる……俺たちの作戦に無ぇことが……」
ただただ法然とモニターを睨んでいたメアは、シーナに引っ張られて部屋を後にした。
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