第12話 冒険者育成学校 編入編

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 冒険者育成学校。


 冒険者稼業を営む上で最低限必要な教養や魔法技能を身につけることができる育成機関である。


 国の手厚い支援により学費が安く、来る者拒まずの精神で生徒の受け入れを行っている為、生徒数は他の商人育成学校、魔導騎士育成学校に比べて格段に多い。


 また魅力の一つとして、現役の学生に混じって中高年の者も短期の編入が認められている点が挙げられる。


 これには当時学校がなかった高齢者達や、多種族が居住するという運営体制には必ず付きまとう識字率の低下を少しでも解消する目的があるのだそうだ。現にこの冒険者学校を設立したことで、国全体の識字できる者の数は年々緩やかにではあるが増え続けている、とユリアさんから貰った資料で説明が為されていた。


 今、俺の眼前には石造りの立派な建物が聳え立っていた。


 「ここか……」

 

 俺はレオを介して貰った地図を参照して、ウィスタリアの北端、王都・オーキッドの目と鼻の先にある冒険者学校に来ていた。


 「見せ掛けじゃなくて中身も広いんで色々見て回って下さい。それじゃ、ジブンはここまでっすねー」


 隣でオットーが、気怠げに通学カバンを提げて呟く。


 編入決定後、工房に行った折にオットーに準備物等を訊ねたところ、彼は顔を若干引き攣らせつつも丁寧に教えてくれ、こうして迷わないようにと案内までしてくれたのだ。なんとも優しい少年である。


 ……その際に剣の勇者がウィスタリアに来たという話題になり、流れで詳細を少し話してしまったのを後悔している。


 後ろ暗いことは隠したつもりだったが、ドミニクは凡そ風の噂で耳にしていたのだろう、哀しそうな顔をしていたのが未だ忘れられなかった。


 閑話休題。気を取り直そう。今日は晴れやかな学生生活の始まりである。


 「案内ありがとう。オットーは隣のクラスだったな? 気が向いたらまた声を掛けてくれ」

 「了解っすー」


 オットーの言った通り、校舎が大変広い上に生徒数も多い為、隣のクラスだとしても接する機会は少ないと思う。


 それに、若人の煌びやかな学生生活を汚してはいけないからな。節度は持っておくべきである。


 オットーと別れると、俺は早速事務室へ向かい、今後の詳細を訊ねた。


 

 「えー。……今日から1ヶ月間、皆とともに勉学に励む、ヒサギだ」

 「よろしくお願いします」


 開口一番挨拶をする俺の内心では、訝しさが大半を占めていた。


 おかしい。オットーは俺みたいな歳の編入生が一クラスに5人はいるので安心しろ、とそのようなことを言ってくれた気がするのだが。


 聞いていた話とまるきり違った。このクラスには俺の他に、編入生がいない。


 「おっさんじゃん……」

 「またかわい子ちゃんじゃなかった……『ハズレ』か」

 「な、言っただろ。銀貨5枚な」


 それ故か生徒からの評価は軒並み低かった。あろうことか賭博の対象にもされていたようだ。


 「ヒサギよ、成績優秀者の隣に付けたから、色々学ぶんだぞー」

 「はい」


 あまり歓迎されていない雰囲気の中、講師に指定された講義用のボードから遠い列の一角に座った。


 どうやら初めての講義に際して、出席の取り方や授業の受け方等、慣れるのに手間取るだろうと踏んで予め優秀な生徒を指南役に選んでくれたようだ。何とも嬉しい計らいである。


 「よろしくお願いします」

 「んー、よろしく」


 隣の席には瑠璃色の髪の長い少女が座っていた。


 今まで居眠りをしていたようで、まだ焦点の合っていない目を擦りながら挨拶を返してくれる。風当たりの強い昨今では珍しく、特に奇異の視線も向けてこない人物のようである。


 「ヒサギと言います。ご迷惑をお掛けすると思いますが、何卒お手柔らかにご教示頂ければと」

 「別に歳下に敬語要らないと思うわよ?」

 「……そうだな、すまない」

 「……律儀ね。謝らなくていいわよ。あ、そういえばまだ自己紹介をしていなかったわね」


 やがて調子が戻ったらしい彼女の声が、徐々に高くなる。


 「あたしは――1年の8席、一級罠師のホウリよ。既に本職くらいは誰かに聞いていたかしら?」


 自慢げに艶やかな髪を撫でる彼女――ホウリ。


 おっと? 風向きが変わったようだ。


 「……すまない、罠師とは何なのだろうか」

 「え、まじ? その歳して今話題の罠師をご存知ない?」

 「……無知故すまない。知らないな」

 「うぐっ、あんたもか」


 因みに先も述べた通り、このクラスに途中で編入した学生はいない。


 つまりは、そういうことである。


 「追々教えてもらえると助かる」

 「当然よ! 罠師知らないとか、時代遅れだかんね!」


 ホウリはすかさず口を尖らせて反駁した。


 「じゃあ、講義に入るからなー」


 だがそれも一時のこと。ざわざわした空気は落ち着き、講師の一声を合図に、俺は授業に集中するのであった。


 

 「おい、おっさん。お前のせいで銀貨5枚なくなったんだけど」


 講師が出て行った後、俺は何やら絡まれていた。

 

 「……賭け事は程々にしておいた方がいい」

 「あ? お前、ふざけてんのか?」


 金髪の逆立った髪の少年が、俺の胸ぐらを掴んだ。


 「黙って今すぐ弁償しろよ」

 「そうだよ、おっさん。ここで真面目に勉強したいならエリックを怒らせない方がいいぜ?」

 

 一緒にいる生徒がエリックといった少年の加勢に入る。


 ……最近運がないのかも知れない。俺は懐から銀貨を数枚出すと、エリックの胸ぐらを掴んでいるのとは別の手のひらの上に置いた。


 「……今持ち合わせがこれしかなくてな。勘弁してくれ」

 「チッ。しょっぺえな。いい歳なんだからもっと持っておけよ」


 エリックはそう吐き捨てると、先程煽てた少年と教室を後にした。


 俺は乱れた服装を正す。ふと、もう一つ別の視線を向けられていることに気づいた。

 

 視線の主は机に突っ伏すように体重を預け、一連の流れを特に何を思うでもなく眺めていたホウリである。


 「すまないな、恥ずかしいところを見せてしまったようだ」

 「別に慣れてるからいいわよ……それより、あんなことしてたらエリックも調子に乗るわよ?」

 「たった1ヶ月だ。これで波風が立たないのなら構わない」

 「ふうん。あんたがいいならいっか」


 彼女の疑問は、もう一月も前の勇者が来訪した後にナナから責められたことであるが、これは文言が似ていても、本質が大きく異なる。


 ホウリは、今後の不利益を被る危険性を考慮して聞いてきたのだ。


 この考え方は新鮮で、俺が目を覚まして出会った中でも、レオに比肩し得る程達観していると思った。何とも不思議な少女である。


 「そういえば、このクラスにはナキトがいるのだな」

 「ナキト? なに、知り合いなの?」

 「ああ。俺は普段冒険者ギルドで働いていてな。丁度今のように絡まれていた折、助けて貰ったことがある」

 「え、これ初回じゃないの? すご」


 ふと思い出したのは、グレッグと衝突した際に助け舟を出してくれたナキトの存在である。


 レオから貰った編入資料の中にクラス名簿が添付されており、一通りは目を通そうと何気なく眺めていると、見知った名前を発見したのだ。


 『風マン』……もとい金級に最も近い実力を持つと名高いナキトは、何とこの学校の生徒だったのである。


 問われた側のホウリは周囲を軽く見渡すと、早々に諦めて俺を見た。


 「今日は欠席みたいね。まあいつかは会えるでしょ」

 「そうだな。彼からも魔法について、是非色々教えてもらいたいものだ」

 「そうね。……通称がめちゃくちゃダサいけど、この学校で一番強いんじゃないかしら」


 そう断言するホウリの口ぶりから、やはりナキトは只者ではないのだと確信したのであった。


 

 その後、授業は特に問題なく進んだ。


 読み書きの面は副ギルドマスターが熱心に教えてくれたお陰で、8割程分かるようになっていた。


 今日は1日通して冒険者の心得を学んだ。冒険者稼業を続けるに於いて学んでおくべき医療知識や必需品等を順を追って丁寧に解説してくれる為、大変勉強になる。


 陽が沈んだ頃、住まいでもある冒険者ギルドへ到着した俺は、充足感で満ちていた。


 部屋に入るなり受講中に記録したメモを取り出して見返しながら、酒瓶を開け、1人復習に励むのであった。

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