第8話 冒険者ギルド 調査編②

+++

 調査当日。朝いつもの時間に出勤すると、既にレオが支度を終えていた。

 

 「お、来たか。こいつが今日の護衛対象、ヒサギだ」


 目の前にはレオの他に、簡素な胸当てと短剣を腰に下げた少年と、ローブ姿に木製の杖を手に持った少女が立っていた。


 「なっ、いきなりでてきたぞ!」

 「ヒサギはここで暮らしてんだよ」

 「キセイヤロウじゃん!」

 「も〜、ショウタ、恥ずかしいからやめなって!」


 朝っぱらから賑やかである。レオも俺を指差して騒ぐ少年、ショウタについていけない様子だ。


 「そうだな。ヒサギと言う。よろしくお願いする」

 「こちらこそ、すみません。ユキです。今日はよろしくお願いします!」

 「ユキ! こいつはキョウテキだぞ! むつかしそうなやつだ!」


 礼儀正しく頭を下げる少女、ユキは元気に駆け回るショウタをどうにか諌めようとするが、その悉くを躱されてしまっている状態である。


 普段は受付に立つと「あいつまだいやがるな……」「しぶてえよ……」と騒ぎ立てる最近元気のない取り巻き冒険者達も、ショウタを前に最早無言になっていた。


 「うっし、そろそろ行くか!」

 「そうだな」

 「お願いします!」

 「やっとか! まってろ、まもの!」


 こうして見習い冒険者2人、新人職員、金級冒険者の計四人による『職員護衛任務。時々魔物討伐』の依頼が始まった。


 +++

 場所は変わってウィスタリアより南へ徒歩20分、鬱蒼と生い茂る木々が広がる『始まりの森林』。


 比較的穏やかな性格の動物や魔物が多く、薬草が豊富に採れる森林地帯である。


 「なあキセイヤロウ、なんでぼうけんにでないの?」


 小川の近くで黙々と薬草採取を続けているショウタとユキと俺。レオは手頃な岩に腰掛けのんびり警戒中である。


 集中力が切れたのか、ショウタが手を止めて俺を見上げた。


 「……そうだな、ショウタ程俺は逞しくない。冒険に出る勇気がないんだ」

 「えー、ドラゴンたおしたくないのか?」

 「食べられそうで怖いな」

 

 ドラゴンとは、伝説の生物である。厳しい角に頑強な顎、強大な翼に鋭利な爪、巨大な蛇を想起させる尻尾と、様々な魔物の特徴を繋げたような種族は、実際に存在したかの如く御伽噺に登場する。普及しているのはそんな異形の存在を勇者が剣で切り伏せる、までがセットである。


 出自が分からない『竜討伐物語』は、多くの子供に冒険者稼業という夢を与えていると聞く。


 とはいえ、俺も年齢を重ねている。もし実在するのなら、見つけた瞬間に恐怖のあまり裸足で逃げ出すだろう。


 「へんなの。ギルドマスターはやっぱりたたかうよな!」

 「そうだな! そんときはショウタ、一緒に戦おうぜ。背中は預けるからよ!」

 「おう! まかしとけ!」


 ショウタはレオと拳を合わせた。


 「もう、調子に乗ってないで早く手伝って! お母さんのお薬無くなっちゃうよ!」

 「わ、わかってるって!」


 ユキに叱咤され、ショウタはいそいそと薬草採取を再開する。


 2人の事情は、調査前に大方レオから聞いた。


 ユキとショウタは幼馴染で、ユキの母が難病を患っている。父は元冒険者で既に死去してしまっているとのことだ。


 ショウタは何とかユキの母を助けられないかと悩み、冒険者を夢見ていたことも相俟ってレオに冒険者になりたいと直談判したそうだ。


 冒険者になれる正式な年齢は成人と認められる15歳に対してショウタは12歳である。レオは苦心の末、ショウタの両親の許可、三年間は見習い冒険者以上の昇級を認めないことを条件にショウタを冒険者にした。その際に同じ年齢のユキも同条件で許可したのである。


 そんなショウタの善意を前に、ユキもあまり強くは言えないのだろう。普段は抑え、必要なことはしっかりと言う。そんな2人は、普通の冒険者よりもずっと立派に見える。


 「俺の分も微量だが使ってくれると嬉しい」

 「はあ? キセイヤロウはじぶんでとったんだ。じゆうにつかえ」

 「そうですよ。もし要らないのでしたら、教会に寄付してあげて下さい。救護院に届くはずですから」

 「なるほど。そうしよう」


 薬草採取を終え、背負いカゴ一杯になった薬草を指差して伝えると、それを2人が遮った。言動も随分大人である。


 「ショウタ、ユキ。次はいよいよ魔物討伐だ。気合い入れろよ!」

 「ああ! たのむぜ!」

 「はい! よろしくお願いします!」


 隙を見てレオが立ち上がると、2人を強く鼓舞した。


 

 森林を更に奥へ進むこと30分。目の前には親指と小指の間程の角を額から生やした、真っ白なウサギがいた。


 2人は今日が魔物討伐初挑戦である。


 「みつけた!」

 「ショウタ、落ち着けよ。まずは何をしたらいい?」

 「ごえいのカクニン! キセイヤロウ、いるな」

 「ああ、是非とも守ってくれ」


 ……その呼び方はどうにかならないのだろうか。もう定着している時点で遅い気がするが。


 「ヒサギさんを確認しました! ショウタ、次は陣形の確認だよ!」

 「おう! おれとギルドマスターがマエで、ユキとキセイヤロウがウシロだな!」

 「ヒサギさん! キセイヤロウとか言わないの!」


 ユキが堪らず叫んだ。普通に呼称したほうが文字数が少なくて快適だと思うのだが。これはナナにも言えることである。


 「ユキ! まずは足止めだぞ!」


 指令役がレオに変わった。2人に集中させる為だろう。


 ユキはすぐに呼応すると、杖に魔力を込める。


 「行け!」


 ホーンラビットの足元に幾何学模様の、魔法陣が浮かんだ。


 数秒もせずに地面から、数本の蔦が伸びる。


 木魔法【捕縛】。対象に絡みつく蔦で相手の動きを制限する魔法だ。


 だが――、ホーンラビットは華麗に蔦を飛び跳ねて避け、こちらに突進してきた。


 「あ――」

 「ユキっ!」


 ショウタの横を素早く通り過ぎ、術者であるユキに迫る。


 ショウタの早さでは、到底間に合わない。


 硬直して動かないユキに、依然スピードを緩めないホーンラビット。


 瞬間、角と体が分かれた。ホーンラビットがその場で前のめりに倒れたのだ。


 「おう、怪我ねえか?」


 大剣を片手で横一線に凪いだレオは、背中にある鞘に得物を戻すとユキに向かって歩いた。


 「あ、ありがとうございます……」

 「ユキっ! 大丈夫か!?」


 ショウタが続いてユキの側に行った。ユキは緊張状態から解放されたのか、胸を撫で下ろした。


 「うん……」

 「ショウタ、今の反省点を言ってみろ」


 レオは一緒に安堵するショウタに問い掛ける。


 「え、ジンケイもカクニンしたし、ゴエイもあんぜんそうだったぞ!?」

 「そこまでは確かに完璧だったな。それで、その後は?」

 「う……わからない」

 「嘘つけ。お前は、目の前のウサギを楽勝で狩れると思ってたんじゃねえか?」


 図星だったようだ。ショウタがしどろもどろになる。


 レオはそんなショウタの頭をポン、と叩いた。


 「例えば、相手が人を食う魔物だったら? お前はあんな突っ込み方したか?」

 「し、しない……」

 「そうだろ? ……英雄は、いっぱいビビったから英雄なんだよ」

 「え?」

 「最初は皆ビビるんだよ。だから相手を観る。よく観察する。そうして、ビビりまくって、強くなんだよ」


 それは、経験則だろうか。レオの言葉は優しく、重かった。


 「でもな、ユキを守ろうとする時のお前はカッコよかったぞ! 何ならオレより速かったんじゃねえか?」

 「ほ、ほんとか!?」

 「な、ユキ?」

 「うん……頑張ってるショウタ、格好良かったよ」


 ユキがはにかみ、レオが優しく諭した。


 これでショウタは同じ過ちを行わないだろう。冒険者が陥り、時には死に至ることもある『慢心』を克服したのだから。



 失敗を反省し、第2戦。今度はホーンラビットが二匹、落ちた木の実をもそもそと食べていた。


 「いいか、よく見ろよ」

 「ああ、ゴエイ、キセイヤロウはいるか!」

 「ああ。よろしく頼む」

 「ヒサギさんを確認! 次に陣形を確認します!」


 呼称はやっぱり治らないのだな。今回は断念しようか。


 「マエ! ギルドマスター!」

 「おう。任せろ!」

 「ウシロ、ユキ! キセイヤロウをまもってやってくれ!」

 「うん! ヒサギさん、危ないからどっか行かないでね!」

 「当然だ。怖くて動けない」


 俺は突っ立ったまま3人の立ち位置を確認する。先程1時間、レオの手助けなしでショウタとユキが考えた戦術が始まる。


 ショウタは胸当てに短剣。使用可能魔法、なし。

 

 ユキはローブに杖。使用可能魔法は木魔法【捕縛】、火魔法【火球】。上限回数は計2回。


 レオはクウィラスにホーゼン。背中にショウタの背丈よりも大きい剣。魔法は負傷中につき使用不可能。剣も悠々と持って来たはいいが持ち上げることも儘ならない、という設定だ。何しに来たのだろう。


 俺は遭難中の商人。荷物を全て盗まれ、何も出来ない。使用可能生理現象は失禁と嘔吐。設定が最悪である。


 「ユキ、ウサギに【捕縛】だ!」

 「うん!」


 ユキが杖に魔力を込めた。そして――ホーンラビットの両隣に魔法陣を展開させた。


 「ギルドマスター、エンゴしてくれ!」

 「おうよ!」


 魔法陣に気付き、ホーンラビットが食事を中断した。


 ショウタは、レオをチラリと見ると、向かって左側のホーンラビットへ走る。


 レオは頷くと、その場で右のウサギと相対する。二匹のウサギの進路は、後方は自由、前方はレオが塞ぐ形になる。


 レオと対峙したホーンラビットは迷わず逃げ出した。だが、ショウタの眼前にいるホーンラビットは前進を決めたようだ。体勢を整え――その数秒の隙に、蔦が絡まる。


 ピィー……


 情けない鳴き声を最後に、動けなくなったホーンラビットをショウタが短剣でとどめを刺した。


 鮮血がショウタの手にべっとりと付着する。


 血を見慣れていないのだろう、ショウタは肩をビクリと震わせると、息も荒く振り返った。


 「やった。……たおしたぞ」

 「……喜びが薄いな。お前らだけで倒せたんだぞ?」

 

 今すぐ飛び跳ねると思ったが、レオの問い掛けにも反応が薄く、噛み締めるような表情のショウタ。


 それはユキも同じであった。キュッと口を結んでいる。


 「……あとでいいよ」

 「そうだね……」


 ユキはショウタの所まで行くと、ゆっくりしゃがんだ。


 2人の目線の先には、事切れたホーンラビットが斃れていた。


 そして――同時に手を合わせ、同時にウサギの亡骸を掴んだ。


 「行こうか、ギルドマスター」

 「すみません、ヒサギさんも。帰りましょうか」


 今日の討伐目標はホーンラビット二匹である。逃げた一匹を追いかけて討伐すれば……なんて、もちろん言えるはずもない。


 2人の顔立ちは、数分前とはまるで別人のように精悍になっていたからである。


 

 ――依頼報告書。『職員護衛任務。時々魔物討伐』

 目標:籠二杯分の薬草――達成。

    ホーンラビット二体の討伐――未達成。

 総合評価:――達成

 成果:銅貨3枚 冒険者ショウタ、ユキ2名、成人後昇級の確約。

    確認欄:ヒサギ


 冒険者ギルドに帰投後、俺は依頼を再度読み返し、達成書類に迷わずサインした。

 

 

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