第7話 冒険者ギルド 調査編①
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「ヒサギよ。そろそろ調査に行かねえか?」
休日から数週間が経った頃、とうとうレオから外出の仕事を持ち掛けられた。
「狩りの経験あんだろ? なら心配は要らねえよ。ドンパチやる訳でもねえしな」
「……そうだな」
調査業務、別名外回り。主に依頼内容と報告に相違がある場合、実地にて事実確認を行う業務である。
しかし深掘りすると、見習い冒険者や下級冒険者が依頼を行う『始まりの森林』の保全から、生態系の変化、未踏域への進行の際にも記録員として赴く等幅広く、冒険者ギルドの中でも唯一生命に危険が付き纏う業務である。
そう考えると、昨今どっぷりとぬるま湯に浸かってしまった俺は身構えてしまう。
「……『始まりの森林』で見習い冒険者の付き添いだって。オレも付いて行くし、問題ねえよ」
これはどんなに戦闘経験の無い者でもギルド職員なら避けられない道だ。棒切れすら携える想像がつかないエルナさんやユリアさんも通った道である。
もちろん、安全性は保証されている。体験業務の際は金級冒険者のレオが同行するのだ。
調査員専門になればまた話は変わってくるが、俺の目指すべき専門業務は以前変わらず緊急窓口(夜)である。しからば関係のないこと。
「ギルドマスターはどこかでドジを踏みそうだからな」
「踏まねえよ。真面目にやるって」
「そうだといいが。まあ、よろしく頼む」
こうして初業務、調査が決まったのだった。
その後詳細を尋ねた俺は、頭の中で反芻する。
要約すると、今回の調査は保守や保全ではなく、見習い冒険者パーティのお守りとのこと。
見習い冒険者は男女二人組で、なんと10代前半だとか。
調査内容は見習い冒険者、下級冒険者共に小銭稼ぎで有名な薬草採取と狩りを少々。討伐対象は魔物討伐の登竜門である『ホーンラビット』二匹。最悪の場合はレオが助力するようだ。
業務内容についての理解がひと段落したところで、俺に転機が訪れた。
「そういやお前、丸腰じゃねえか?」
「まあな。武器屋であまり納得いくものがなく、ずるずると引きずってしまった」
「そりゃいけねえぜ? 冒険者にとって武器も持たねえヤロウは舐めてるって見られるかんな」
……少し前に散々苦い思いをしたのだ。できればもっと早く言って欲しかったぞ。
レオは俺の恨めしい視線に気づいたのか、軽く咳払いをした。
「どうしてもお前を見てっとなぁ……ゴホン、悪かった」
「大変苦労したんだ。ギルドマスター。然るべき対応を」
「ほんとお前ってやつはな……」
言外の、もとい本心である『良い鍛治職人、紹介してくれるよね?』が伝わったようだ。レオは呆れたように呟くと、今度は腕を組んで考え始める。
「て言ったってなぁ……まあ、お前とアイツなら気が合うか」
ふむふむと頷くと、レオはなんと知人冒険者伝手ではなく、自身が利用する武器屋を紹介してくれた。
曰く、これでチャラだとか何とか。
これは胸が高鳴る。
「明日事務だろ? ユリアに話通しとくから、買い出しに行ってきてくれ」
「心得た」
備品の買い出しついでに寄ってきていいとの言である。
俺は持てる限り最上の返事で応え、受付業務に戻った。
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中央通りから西へ行くと、二階建ての家屋があった。表の看板にはシンプルに『鍛治工房 ドミニク』とだけ記されている。
工房の中に足を踏み入れると、無精髭を生やした男が黙々と槌で鉄を打っていた。
カンカン。小気味の良い音が工房内に響く。どうやら鍛造工程真っ最中のようだ。
興味深く観察していると、男はひと段落ついたのか、手を止めて軽く汗を拭った。
「……儂に用か」
「ああ。ギルドマスターの紹介で、武器を見繕ってもらいに」
「……そうか」
無精髭の男、ドミニクは立ち上がると、工房端にある棚へと歩いた。
「気に入ったものを取ればいい」
「……料金を聞きたいのだが」
あのレオが利用する鍛冶屋である。値段もそれなりに張るものばかりだろう。品質も非常に良いことが、一目見ただけで分かった。
「ここの棚のモノなら一律金貨3枚だ。特別注文は30枚以上から受けている」
金貨3枚。相場より少し安いくらいである。俺の身なりを見て安価な武器を探していると踏んだのだろうか、それ以上は何も言わずただ億劫そうに立っていた。
職人。非常に俺にとって望ましい接客をしてくれる。
どうにも他の接客業種は馴染めない。買うなら買え、買わないなら見るなり帰るなり好きにしてくれ、という客観的に考えれば商魂も何もないスタンスだが、その実急かされずにゆとりを持って商品を吟味できる、ある意味で望ましい接客態度ではなかろうか。
商品棚に置かれた様々な武器を観察していると、ふと気になったことがあった。
「この一番下の武器も、値段が同じなのか?」
目に付きにくいであろう一番下の更に隅の方に、金貨3枚とはとても思えない長剣、短剣、ナイフが置いていた。明らかに目玉商品である。
ドミニクの瞳が少し揺れた、ような気がした。
だがそれも一瞬のことで、億劫そうな態度は相変わらずである。
「ああ。同じだ」
「だが、【武器強化】が一回施されているぞ」
【武器強化】。名の通り、武器を強化する武器・鍛治職人の生業の一つである魔法だ。
冒険者でも使用することができるが、その質は本職よりも当然劣る。また、武器の耐久性上難しく、構造への十分な理解が必要とされる【武器強化】は、通常冒険者が1回に対して熟練の職人は2回の重ね掛けができる。
冒険者の最高峰、金級冒険者であるレオが利用する程の工房だ。当然ドミニクは熟練の武器職人にあたる。そんな人物の【武器強化】はたった一回でも金貨の10枚はくだらないだろう。
「ああ。同じだ」
そんな技術の粋が付与された武器。安価だとブランド価値を下げかねない。
だが、ドミニクは先刻と全く変わらない文言を紡いだ。
「なら、これをもらおう」
そこまで断言されると、もう憂いはない。
俺は遠慮なくナイフを手に取り、ドミニクに掲げた。
「まいど。おまけの鞘だ」
「ありがとう」
袋から金貨を3枚取り出すと、ドミニクに渡した。これで購入成立である。
だが、これではいさよならと行きたくないのが魅力的な空間である工房である。
「不躾ですまないが、作業風景を見学してもいいか?」
「ああ。構わない」
十中八九断られると思っていた申し出を、何とドミニクは二つ返事で返してくれた。
事務の業務中であるが、これは調査に必要な業務でもある等云々。微かに生まれ掛けた罪悪感を一蹴し、俺はドミニクに続いた。
「……これが最上級の剣か」
「ああ」
ドミニクが加工中の剣は、俺がここで絶対に武器を購入しようと決心した理由でもあった。
鮮やかに、輝きを放つ純白の剣は、見ていて惚れ惚れとする。
それに――
「【武器強化】2回目を掛けるのか」
「……ああ。これは国に依頼されたからな」
「こんな業物、一体誰が使うんだ?」
「剣の勇者だ」
なるほど。道理てこんな逸品が造られる訳である。しかし、今日会ったばかりの俺にそんな重要な案件をサラリと告げてしまって良いのだろうか。
まあ、職人という人種は元来寡黙な性格として知られている故、わざわざ守秘義務を科せたりしないのだろう。そう勝手に理由付け、胸の中に仕舞い込んだ。特に周囲に流布する程でもない。
「……ふむ」
ドミニクは製造半ばの剣を眺め、考え込んでいた。
「どうしたんだ?」
「……2回目の【武器強化】だ。国の注文に従う方がいいのだろうな」
「因みに1回目は何を掛けたんだ?」
「威力の上昇だ。代償の耐久力低下は、元の素材で補えるからな」
「なるほど」
【武器強化】に於いて、例え十全に理解した武器・鍛治職人であっても取り除けない要素が、能力向上の代償である。
魔法とは強力になる――即ち世界に影響を及ぼす度合いが強くなる――につれて代償を必要とする。大抵は魔力を代償にするだけであるが、【武器強化】に至っては初回の行使から付き纏う問題である。故に構造の理解が必要なのだ。
威力の向上は武器そのものに負担を掛ける為、耐久力を下げる。今度は耐久力を上げてしまうと、質量増加に伴って武器の重さが上がる、と要点を分けて考えれば非常に合理的な理由である。
「2回目はどんな強化を施すんだ?」
「風魔法の内包と斬撃性質の向上を2:1でだ」
「……そうか」
驚いて声が上手く出なかった。それは、非常に難しい課題である。
魔法の内包による代償として一般的に挙げられるのが、耐久性の大幅低下。斬撃性質の向上は武器自体の強度を下げる。
武器に存在する性能が素材、技術と大別するとして、魔法は情報源、つまり素材の密度をこじ開けて捩じ込み、斬撃性質は刃渡りに角度をつける。こちらも素材を削ぎ落とす工程である為、武器に掛かる負担は計り知れない。
職人が注文を受けている以上、技術的には出来ると踏んだのだろうが、王国の依頼となると質は最上級でなければならない。悩むのも無理はない。
「せめて大剣くらいの面積で1:2ならまともだったろうに」
「……坊主がそう思ったのか?」
「――ああ、素人目で申し訳ない。勝手な妄想だ、忘れてくれ」
「……いや、構わない」
しまった。夢中でつい考えを話してしまった。一流の職人を前に恥ずかしいことこの上ない。
俺は頭を下げると、口を結んだ。
「なあ、坊主。名前は」
「ヒサギだ」
「そうか。ヒサギは製造経験があるのか?」
「……昔何度か見たことがあってな。だが子供の時分だ。ままごとの範疇に過ぎない」
忘れてくれ、と首を振った。これ以上蒸し返されると恥ずかしくてこの工房には来れなくなる。それだけは非常に避けたいことであった。
「……そうか」
「それよりも。このまま敢行するのか?」
「……ああ。剣の勇者は風魔法が元々得意のようだ。考えれば幾らでもやり用はある。それに――」
俺は強引に話題を変える。得心いかない様子のドミニクだったが、次の瞬間には表情が変わった。
鋭い眼差しに、口角をほんの少し上げる。
「――難しい仕事ほど、腕が試されるからな」
どこか挑戦的な様子は、歴戦の戦士を思わせた。
ここからは常勝の猛者と繊細な業物の対話だ。これ以上立ち入るのは、野暮である。
俺はナイフをおまけで貰った鞘に入れ、踵を返した。
「見学させて頂いてありがとう。最高の剣ができることを祈ろう」
「ああ。……また来てくれ」
「そうだな、また見学しに行きたく思う」
ここまで会話が弾むとは思いもよらなかった。俺はドミニクのありがたいお世辞を都合よく受け取ると、工房を後にした。
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