第6話 冒険者ギルド 休日編

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 本日は、仕事に生きる人々が求めてやまない至上の1日、休日である。


 ギルド2階の奥、住み込み兼仮眠用に設られた部屋は、朝日に照らされ煌々と輝いている。


 俺は手洗い場で軽く顔を洗うと、初任給で購入したチュニックに着替えた。今日は日用品を買いに行く予定だ。


 諸々の支度を終えて階段を降りると、エルナさんと目が合った。住み込みで働く欠点として、休日でも必ず誰かしらの従業員と顔を合わせるというのが挙げられる。住まわせてもらってる身で贅沢が言えた義理でないが、気まずいと感じるのは仕方のないことである。


 軽く挨拶を交わし、階段を降りてすぐ右手にある勝手口へと向かった。


 「いってらっしゃい〜」

 「はい、行ってきます」


 エルナさんが笑顔で手を振り見送ってくれた。


 帰りに差し入れでも買ってこようか。いや、明日には3人ないし4人分しか手がつけられていない残骸が残るだけか。やめておこう。


 

 働いて間もない頃は市場の活気や喧騒に慣れず、早々に踵を返してギルドに籠っていた俺だったが、最近は自ら進んで赴く程になっていた。文字こそまだ十分に理解できないまでも、そこに物品が添えられていれば何となく分かるものである。


 「ウチのリンゴは甘いよ! なんと2つで銅貨1枚だよ!」

 「オレらだって負けてねぇ! 4つで銅貨2枚だ!」


 ……この様に常に客引きの応酬が繰り広げられているのが市場の露店である。故に店舗を構える食料品店は『絶品亭』系列の店1つしかない。目先の利益を求める浅はかな企業は、強かな商人が犇くこの中央通りに隙いる余地などないのである。


 「今日限定! アースバードの串焼きが銅貨2枚で食えるぞ!」

 「もらおうか」


 アースバードとは飛べない鳥の魔物である。


 非常に臆病な性格で、会敵すると自慢の健脚で素早く逃げ出す為、下級以上から受けられる依頼にも拘らず討伐難易度が高い。普通食べるなら銅貨5枚は必要である。


 「まいど!」

 「ありがとう」


 露店のオヤジから串焼きを受け取り、早速食べてみる。


 ……柔らかくて美味しい。味付けも絶妙な塩味が効いていて食べ応えがあった。


 是非もう一つ頂きたい所ではあるが、昼食は別に摂るつもりなのだ。俺は串を点在しているゴミ箱に入れると、目的の魔道具店へ足を向けた。



 魔法結社ドライ・ウィスタリア中央通り支店。


 木目の狼が描かれたロゴが目印のこの店は、子供から大人まで一度赴けばたちまち虜になり、翌日以降には足繁く通うようになる程の人気を誇る魔道具店である。


 早速店内に入ると、平日、それも朝とあってか学生や商人こそ見ないものの、冒険者や主婦で大変繁盛していた。そんな状況でもどこか余裕そうな面構えで対応にあたる従業員達は流石としか言いようがない。


 魔法結社ドライで一番売れている商品といえば、やはり『らくらく水晶玉君』だろう。いつかにも説明したように、今までの洗濯の概念に一石を投じた革命的な商品である。


 洗濯室はレオや他の男性陣も度々利用する為、冒険者ギルドの経費で備品として購入していたが、使用頻度を鑑みれば俺が1、2位を争う程消費しているのは明白である。ここは自費で補充するのが唯一の住み込み従業員の常識というもの。


 勤続が4ヶ月に差し掛かり、懐も大分暖かくなってきたのもあってか、少々強気で2つ買い物カゴに入れた。


 次に購入するのは、照明の魔道具だ。

 

 目的の商品棚の前に辿り着くと、立方体の箱と豆粒くらいの小さな球が並んで陳列されている。


 立方体の箱は中に闇魔法【蓄光】が掛けられた照明台で、球の方は光魔法【発光】が掛けられた、謂わば火種である。


 この照明魔道具が蝋燭に比べ優れている点は、魔力の大きさで明るさを、魔力量で点灯時間を調整できることにある。また光魔法故に火災を防げ、照明台は一度買えば1年間壊れた際のメンテナンスを購入店でしてくれる為、恒常的に使用するなら費用対効果は非常に良いと言えるだろう。


 照明台は既にあるので球を1つ買い物カゴに追加し、会計へ歩を運んだ。


 「ありがとうございました!」

 「ああ、こちらこそ」

 

 俺は店員に軽く頭を下げ、おもちゃの狼が大きく描かれた紙袋を引っ提げて店の外に出た。


 中央通りから一本西へ道を逸れると、衣類や雑貨等の店が並ぶ通りへ出る。魔法結社ドライ以外の魔道具店がこの通りに幾つかあることを考えると、中央通りに店を構えるあそこは少々特異だと言い替えても差し支えないだろう。


 俺は衣料店でタオル数枚と、酒屋でエールの酒瓶を5本購入した。


 そうこうしている間にもう昼時である。朝から串焼き一本で凌いだ腹は絶賛栄養源を募っていた。特に決まった物を食べたい訳でもないので、近くにあった定食屋に入った。


 「いらっしゃい!」


 どうやら冒険者と学生に人気の店だったようで、テーブル席が満席であった。俺は一席だけ空いていたカウンターに腰掛ける。


 「注文は?」

 「シードルとライ麦パンを2つ、後は日替わり定食を」

 「あいよ!」


 注文を済ませた俺は、何となしに厨房へ伝票を持って行く店員を眺める。


 今更ながら、元気良さは良質な接客に直結すると感じる。改めて勉強になるな。


 明日からはもう少し声の大きさを上げてみようか、等と考えていると意識外から声が掛かった。


 「ヒサギン。おーい」

 「……どうしてここにいるんだ」

 

 偶然にもナナが隣席で座っていた。食事が提供されるのを待っているようで、頬杖をついて俺に小声で話し掛けてきた。


 「あーしも今日休みだから。ほれ」


 そう言ってナナはもう片方の手で今日の戦利品であろう食品が詰められたバスケットを持ち上げて見せる。量が多いな。腐らないのだろうか。


 「1人で全部食べるのか?」

 「ちげーっつの。弟の分も入ってんの」

 「そうか。ならすまなかった」

 

 どうやら失言だったようだ。頭を下げる。


 ナナは「別にそんな怒ってないってー」と苦笑した。


 「はいお待ち!」


 程なくして俺とナナの料理が同時に届けられた。俺の前に広げられた料理を見るなり、ナナは口を尖らせる。


 「もしかしてあーしの胃袋、ヒサギン基準で見られてた?」

 「職場の皆体力があるからな」

 「それ理由になってないっつーの」

 「そうだな。すまない」

 「もー、すぐ謝んなってー」


 どうやら今度は冗談だったらしい。生前よりまともに日常会話をこなしていなかった弊害が出ているようだ。


 ナナはライ麦パンを一口ちぎって口に放り込む。俺も倣ってライ麦パンを食べた。


 その後飲んだシードルの酸味が、後味をさっぱりとしたものへと変える。


 「お酒好きなの?」

 「まあな」

 「ふーん。他に趣味とかは?」

 「今後つくろうと思う」

 「なにそれー。変なの」


 ……絶望的に会話が続かない。これが年齢差というやつだろうか。


 ピヨピヨ。


 そんな気まずい雰囲気を裂いたのは、愛らしいヒヨコの鳴き声だった。


 「かわいー!」


 これは、またとんでもなく嫌な予感がする。


 「おうおう、昼間から飲んだくれか。いい身分だなァ」


 背後でやや強めの圧迫感がある。振り返ると気味の悪い笑みを貼り付けたグレッグが俺を見下ろしていた。


 「……どうも」

 「ああ? 喧嘩売ってんのかよ」


 グレッグが凄む。後方を見ると、同じパーティらしき人物が3人、こちらを冷めた目で見ていた。


 隣のナナはコカトリスを撫でている。かと思えば俺とグレッグをチラリと見ると、まるで化け物でも見たかのように視線を素早くコカトリスに戻した。肩が小刻みに震えていることから、怖がっているのが分かる。


 ……その愛らしいヒヨコの飼い主が、この大柄な荒くれ者だとは夢にも思わないだろう。


 因みに、業務外で遠巻きにヒソヒソ話されたことは数多いが、直接絡まれたのはこれが初めてである。


 流石にこれは気持ちのいいものではないな。


 「あの、俺が何かしましたか? 今回ばかりは難癖をつけられる意味が分かりません」

 「てめえのその媚び売ってる態度が気に食わねぇんだよ!」


 即座にグレッグが叫んだ。


 「こら! 喧嘩なら他所でやりな!」


 従業員がオタマを持って出てきた。


 「おばちゃん、こいつが前話してた、得物も持ってねぇのに挑発してくるやつだ!」


 どうやらグレッグは定食屋の従業員と顔見知りのようだった。


 話を振られたおばちゃんは、俺を値踏みするように眺めた後、腕を組んで瞑目した。


 「……グレッグ、揉んでやるのは勝手だが、お客さんの前で叫んじゃあいけないよ」


 おばちゃんよ。何故ゴーサインを出した。そして何故何事も無かったように厨房へ戻る。


 ……ともかく、グレッグの俺に対して抱いている嫌悪感の正体が掴めた。ナナに飛び火しない為にも、ここはどうにか穏便に済ませたい。


 「お前の言い分は大体分かった。お前に対する態度は今すぐに、武器については追々改善しよう。約束する」

 

 こんなに執拗な原因は、グレッグと俺の『常識的な態度』に齟齬があったからだ。


 グレッグは生粋の冒険者なのだろう。護身用でも何でも武器を携え、毅然と対応するのが男の在り方だと考えている。現にナナには目もくれていない。俺の荒くれ者に対するイメージなら、真っ先に「その女くれぇ」と言ってきそうなものだ。


 ……そう、俺がそんな偏見を荒くれ者に持っていたからこそ生じたトラブルでもあった。


 物腰低く、敵意がないようにと丸腰で。この世界の冒険者にとっては揶揄われているように感じるのだろう。


 そうして一つ一つ整理していくと不思議にも感覚が理解できた。


 「ただ、仕事中なら対応するが、休日は俺を見掛けても放っておいてくれ」

 「当然だ。てめえなんかと関わりたかねえからなァ。おら、行くぞコカトリス」


 そう吐き捨て、グレッグは出ていく。


 背中越しでは「おい、女ぐらい連れ出してこいよ」「待った甲斐がねえなぁ」と呟く冒険者仲間に「うるせえな」と反発する声がした。


 「……ヒサギン、あ、あのヒヨコってさー……」

 

 唖然としていたナナは我にかえると、気まずそうに俺の顔を窺い、俯いた。


 「ご、ごめんねー? あーし、こんな派手な見た目だけどさ、ああいうゴツい人が怖くてさー……」

 

 なるほど。だから冒険者と鉢合わせる機会の少ない、夜勤の事務なのか。


 普段は誰に対しても明るいナナにこんな一面があるとは、思いもよらなかった。


 それならどうして冒険者ギルドに、なんて無粋なことは口にしない。人それぞれに事情があるのだ。


 「構わない。俺もあの男は特に厄介だと思っていたからな」

 「冒険者って大体厄介っしょ?」

 「いや、今認識を改めた」

 「え?」


 やっと合点がいった。そもそもグレッグの今日の詰め寄り方が不自然過ぎた。


 グレッグはあんな口調で、態度で――俺を心配してくれていたのだ。


 これは楽観的な考え方ではない。俺の宣言で大人しく引き下がったのが何よりの根拠だ。


 おまけに顔見知りであるのにそれに反するような、営業妨害とも取れる行動をしたグレッグにおばちゃんが咎めない理由がない。


 「少し複雑な心境だと思うが、安心して欲しい。解決した」


 俺は一気に飯を平らげ、呆然としているナナにそう告げると席を立った。


 「グレッグの拗らせに付き合ってくれてありがとね、2人とも、お代はアタシが持つよ」

 「それは助かる。ありがとう」

 「……終わったんだから四の五の言いたかないけど、アンタならグレッグぐらいノせただろう。一発お見舞いしてやっても良かったんだよ?」

 「……できるならやっていたかも知れないな」

 

 おばちゃんは俺に近寄ると、ずっと目を瞑っていた。それはもう、達人の風格を思わせる程であった。


 「ナナ、帰るか」

 「え、あ、うん」


 そうして出ていく俺に、ナナが追従する。


 外に出た俺達の間に、暫くまた気まずい沈黙が流れた。怒涛の展開にナナも当の俺も思考を整理中である。


 やがてナナが堪え兼ねたのか、額から僅かに汗を流してこちらに手を振った。


 「じゃ。じゃあ! また埋め合わせするからねー! ばいばい!」


 足早に去っていくナナを見送り、一息つく。


 やはり、この距離感に収まる方が一番良い。


 グレッグはあの見た目、口調にして優しい一面もあることが分かった。


 コカトリスを連れている時点で威厳もへったくれもない気がするが、それを差し引いても冒険者としての在り方を胸中で確立させている。故にプライドが高い一面と微妙にズレた優しさが共存できているのである。


 ナナはあの見た目、口調にして臆病な一面があった。


 他人からの共感を得ることで自己を形成しているのは、何か深い事情が起因しているのだろうか。誰にでも明るく向き合えるのは、そこに興味、あるいは感情を内包せず、完全に切り離すことが出来ているからだろうか。


 相反する二面性を両立させるグレッグと、一つの面で裏側を隠すナナ。大枠で考えれば2人はある意味似ている存在なのかも知れない。


 当の本人ではない為、それ以上深掘りしようとは思わないが。


 この世界で関わってきた人の中で、特に行動に対する真意を掴めず不気味に思っていた2人への理解が深まり、俺は大変有意義な時間を過ごせたと感じている。


 人は常に考えながら生きている。人生を歩む中で意思決定をするのは、自身の心の奥深くに存在する、たった一つの行動理念に則っていると俺は思っている。


 故に、多くの人の行動理念の理解こそが――未だ見出せない俺の人生の目的を探る術だと考えるのだ。


 今はとりあえず、このどこにでもありふれた生活を続けられるのが望みだ。


 俺はグレッグとの約束を果たすべく、西通りの武器屋へ足を運んだ。


 

 ……やはりか。


 散策の際に何度か通ったことのある武器屋は、基本見習い冒険者向けの店だと以前レオから聞いていた。


 実は丸腰な点はグレッグの指摘通りで、有事の際に牽制の役割を果たす得物が予てより欲しかったのだ。


 冒険者は見習い期間を経ると、下級冒険者へと昇級する。その折に先達の冒険者から一見お断りの武器屋を紹介してもらうのが通例となっていた。


 そのような形態になったのは、なんでも武器・鍛冶職人業界は頑固で客を選ぶ気難しい性格の者が多いからだそうだ。


 そして見習い冒険者用の武器は、安価な代わりに質が低い。武器屋側も顧客のターゲットは見習いに絞っているようで、種類は豊富だが質は軒並み同じである。


 冒険者ギルドの中で外出する業務は存在するが、そこでも基本戦闘は行わない。


 ここで取り揃えても良いのだろうが、得物は自分の命を守るもの。曲がりにも戦場を渡ってきた経験がある為、妥協はしたくないのである。


 武器に関しては追々と濁したのはそういった経緯あってのことだ。俺はそのまま通り過ぎ、冒険者ギルドの方面へと歩いた。

 

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