第5話 冒険者ギルド 緊急窓口(夜)編

+++

 翌日、月が昇る頃。今日は夜勤である。


 昨夜久しぶりにアルコールを口にした為か今朝まで体が少し重い気がしたが、夜になれば随分調子が良くなった。


 やはり定期的にアルコール摂取は欠かせないな。アルコール=正義である。


 「お疲れ様〜ヒサギくん。今日は緊急窓口だったよね?」

 「お疲れ様です、エルナさん。はい。ギルドマスターからそう聞いてます」

 「引き継ぎ事項は特にないけど〜、ちゃんと他のバックアップしてね?」

 「わかりました」


 エルナさんと軽く挨拶を交わした直後、


 「っはよー、ヒサギン! 今日からよろしくー!」

 「ああ、おはよう」


 入口より金髪ロングの夜勤の人――改めナナが元気よく出勤してきた。


 昨日の今日でおそろしい変わり様である。これにはエルナさんも口に手を当てて驚いていた。


 「なんでそんなに仲良くなってるの?」

 「お疲れ様ですー。エルナさん。まあ色々反省しましてー」

 「……そっか」


 エルナさんとナナの付き合いは当然俺よりも長い。同姓同士ということもあり、ナナの性格を正確に理解しているのだろう。エルナさんは頷いて、ナナに抱きついた。


 「さっすが、ナナちゃんはいい子だね〜」

 「ちょっ! ……めっちゃ良い匂いするんですけどー」


 この同姓同士のスキンシップは未だによく分からないが。俺がもしレオに抱きつかれれば、問答無用で殴る。エルナさんの前であっても殴る。


 「お疲れ! ヒサ――すげぇ殺気……」


 にこやかに寄ってきたレオが震え出した。まだ少し漏れ出していたようだ。


 「お疲れ様です。ギルドマスター」


 ここは瞬時に物事を切り替えよう。何せ、先程から胸の高鳴りが止まらないのである。


 「今度は晴れやかすぎないか? 情緒大丈夫なんか?」

 「ギルマスー! お疲れ様ですー! ヒサギン今日緊急窓口なんだって!」

 「……ああ、お疲れ、ナナ。そうか、こいつ……」


 ナナもレオも察した様だ。


 今し方エルナさんに釘を刺されたばかりだが、未だ潰えぬ目先の希望がある。


 そう、夜勤の緊急窓口だ。

 

 俺が将来担当したい持ち場、頭ひとつ抜けた1位の名前だ。因みに最低は事務である。もちろんその一切は口にしない。事務作業は奥が深く尚且つ面白いが、毎日はできぬよ。


 緊急窓口とは読んで字の如く、緊急時の専用窓口である。主に高ランク魔物が突如出現した際に機能する。ギルド内にいる冒険者への討伐要請や負傷者の手当、また特殊要請――魔族や上位魔族が攻めてきた時の特例の支援要請。決定権を持つ副ギルドマスター以上が他の冒険者ギルドへ支援要請を行う事――の補佐等が業務にあたる。


 なくてはならない業務ではあるが、よくよく考えてみれば、


 ・ギルド内への討伐要請……緊急時だ。当然受付事務その他関係なく総出で要請する。夜勤に限れば、よっぽどのことがない限り休息中の冒険者が駆り出されることはない。国家魔導騎士団が何とかしてくれる。

 ・負傷者の手当……治癒魔法が使える職員を1人以上常駐させなければならない、という規則がある。素人が簡単に手当など出来ないのである。そして夜勤に限れば同じく、殆どない。

 ・特殊要請の補佐……あくまで補佐である。こちらに決定権がない以上、できることと言えば水を出すことくらいだ。そして夜勤に限れば以下略。


 と、この様に出来ることがない。夜勤はお飾りに等しいのだ。


 だが今まで消えた部署(主に事務に統合された)が数多くある中で緊急窓口(夜)が残っているのは、国に対する謂わばアピールという面が大きい。通達してくれればこちらからも人を出しますよ、と国に全力でアピールしているのである。


 故にだ。夜勤の緊急窓口は天職なのである。


 勝った。今日に限り勝ったぞ。そう胸を張ってレオを見ると、レオは邪悪な笑みを浮かべていた。


 これはもしや……


 「んー? ナナよ、数ヶ月前に勇者が召喚されたみたいだな?」

 「そーだね。なんかめっちゃ話題になってたねー」

 「杖の勇者と言ったか? そいつがぱふぇなるものを王都の『絶品亭』で作ったそうだ」

 「パフェ! あーし、めっちゃ食べたいんだよねー!」

 「わたしも〜! わたしも興味あるんですよ〜!」


 レオは顎髭をわしわしと触り、瞑目する。


 エルナさんが目を輝かせて食い気味に加わった。

 

 「ナナ、エルナ。今度王都に行こうぞ?」

 「やったー! ギルマス最高じゃん!」

 「ね〜! 楽しみです!」


 長い。導入があまりにも長いのだ。結末が大体読めている。


 「して、ぱふぇとは何ぞや?」 

 「あーしもよく分かんないんだけどー、超甘いらしいよ?」

 「甘いとな!? それは、まさか――」


 カッと目を見開いたレオ。ナナの一人称が気になってきた俺は既に結末が見えたレオになど興味がなくなってきた。


 「――今の、ヒサギのようにか!?」


 なんだ、これ。


 しかしレオは止まらない。


 「ヒサギよ。治癒魔法使えるってのは、正しくぱふぇのように貴重だ」

 「はあ」

 「というより魔導師が細分化されて今かなりややこしいな」 

 「そうですね」


 茶番第二章が始まった。これは終わりを見失っているのではなかろうか。既に決着は見えているのだ。諦めろ、レオよ。


 もはやエルナさんとナナはレオを無視して話を続けている。パフェという話題だけで繋げた、刹那の絆という鎖である。嗚呼、悲しきおじさんだ。


 「――実はな。ベンが使えるのだ。治癒魔法を」


 そうして打たれた終止符。膝を付いたのはまさかの俺だった。


 ベン、とは副ギルドマスターのこと。


 いつの間にか長身痩躯の、目の下の隈が日に日に濃くなる男がレオの脇に立っていた。


 「お呼びですか。ギルドマスター」

 「ああ、今日は日中ユリアが頑張ってくれてな。事務の仕事が殆どねえ。魔導師の経費も節約してぇし、いきなりだがヒサギの教育も兼ねて、緊急窓口やってくれるか?」

 「も、ももも、もちろんですとも!」


 副ギルドマスターの隈の色が薄くなった、気がした。

 

 「そんな……まさか」


 崩れ落ちた俺に更なる追撃である。今日は事務でも良かったではないか。ホーンラビットを一匹追っただけなのに。これは酷い。血も涙もない男だ、レオよ。


 そうして今日の日程が緊急窓口(夜)から緊急窓口(夜)〜面倒臭い副ギルドマスターを添えて〜へと変わったのだった。


 因みに隣ではそんな茶番は視界に入れず、ナナとエルナさんと途中からササっと入ってきたユリアさんが楽しそうにパフェ、パフェとはしゃいでいるのであった。


 +++

 緊急窓口は通常運転で、例によって暇であった。


 「ヒサギ君。次はこの問題を解いてみ給え」

 「はい」


 その間、副ギルドマスターから資料を渡され続けている。この世界の読み書きについての即興自作問題である。


 言語は喋ることができるが、読み書きについてはこの三ヶ月大変苦労した。スプルース語は母国の文字とかなり異なるのである。


 スプルース王国は人間、エルフ、獣人が混在する多民族、ならぬ多種族国家。国の識字率は他国と比べると高いとは言い難い。


 救いにも数字や貨幣は母国と共通だった上、事務作業はユリアさんが読み書きが出来ない者用のフォーマットを作ってくれていた。


 仕事では特に気を病むことはなかったのだが、休日市場へ出かけるとそこはひとたび完全に分からない異国と化していた。よくもまあ3日ここで生き延びたものだ。と自分を褒めて現実逃避してしまう程に何も分からなかったのだ。


 そんな俺の様子を把握していたのだろう、仕事が始まる際に副ギルドマスターが「読み書きを少し教えよう」と持ち掛けてくれたのである。


 グレッグとの一件でその何処となく頼りない風貌も相まって面倒臭いと一方的に感じていた副ギルドマスター。実はかなり面倒見のいい性格のようで、問題を解いている内に色々話すことができた。


 例えば、休日は商人育成学校へ通う娘の勉強に付き合っている。


 ある日忽然と姿を消す元冒険者のギルド職員に代わり出勤を続け、1ヶ月休まず働いた事がある。


 最近は冒険者育成学校の講師として派遣されることが多い為、新人に目がいかず残念に思っている。等々今の心境も含め語ってくれた。


 レオとは別の方向で、非常に好感が持てる人である。


 「……正解だ。こんな短時間でここまで出来るとは。伸びしろがある」

 「ありがとうございます」

 「お礼よりも、今後上手く活用している姿を見せてくれ給え」


 厳しい言い方ではあるが、副ギルドマスターの表情は柔らかなものであった。

 

 「それと最後にギルドマスターの事だが……私のことはどう感じてくれてもいい。だがギルドマスターのことは憎らしく思わないでくれ給え。あの人は絶対に君を害するようなことはしないから」

 「はい」


 日がまた昇る頃、副ギルドマスターはそう言い残して席を立った。


 夜勤に入るまでの茶番は何だったのかと思うくらいに有意義な時間を過ごせた。


 それと入れ替わるようにユリアさんやエルナさん、レオが出勤してくる。


 「お疲れ様です」


 続々と出勤する職員に挨拶を行い、最後に俺も紙の束を持って席を立った。ずっと問題を解き続けていたせいか、手が真っ黒になっている。


 「ベンの講義は聞きやすかったろう?」

 

 退勤の処理を済ませ、2階に上がろうとする寸前、レオが邪悪な笑みを浮かべて近づいてきた。


 「ああ。思ったよりも面倒臭かったな」

 「がははは! ならよし!」


 レオは豪快に笑うと、俺の肩をポン、と叩いた。

 

 これも彼の計算の内だったのだろう。完全に嵌められたな。


 今度緊急窓口で一緒になるまでには、もう少し文字を読めるようになろうか、などと考えてしまう始末である。


 ピヨピヨ。


 こうして緊急窓口(夜)〜面倒臭い副ギルドマスターを添えて〜が、朝日と共に鳴くコカトリスを合図に、終わりを告げたのであった。

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