第9話 冒険者ギルド 門出編

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 調査業務からやや空いて、数週間が経った。近頃は日照時間も長くなり、それに連れて肌に纏わりつくような生温い空気が漂うようになってきた。

 

 そんな蒸し暑い中でも、常に外気温と戦う仕事があった。


 「ふう……暑いな」

 「そうだな。倒れたりしないか心配だ」

 「大丈夫だ。倒れるのには慣れている。それに……やっと終わったからな」


 工房で汗を拭うドミニクは、満足そうに眼前の剣を見た。


 調査業務が終わってからというものの、俺は休日になる度に工房へ足を運ぶようになっていた。


 勇者の剣の製造はもちろんだが、ドミニクは他の冒険者の武器製造も並行して作業を進めている。そんな一流の仕事を側で見ていると、冒険者ギルドでも応用できそうな技術が幾らでも転がっている。


 例を挙げると、多忙極めるドミニクのスケジュール管理は、案件毎にいつまでにどの作業を終わらせるかを、事細かにボードに記している。そして達成した際の自分への報酬を決めているのだ。それはもう、果実酒やらエールやらワインやら……酒しかないな。どんなスケジュール管理なんだ。


 本日はそんなご褒美の日である。なんと最重要案件である、勇者の剣が完成したのだ。


 俺が来た時には既に最終工程に臨んでいたドミニクだったが、その一過程を切り取っても大変な苦労を強いられていた。


 「おめでとう」


 俺が拍手を送ると、ドミニクは満更でもない顔で頷いた。


 「助かった」

 「俺は何もしていないが?」

 「……話しているだけでも、気が紛れるものだ」

 「そうか。それは良かった」


 どうやら俺も微力ながら役立てたようである。


 「オヤジ、今日剣の勇者のブツ出来るって――誰?」


 感動の分かち合いも束の間、茶髪の少年が腹を掻きながら気だるげに階段から降りてきた。


 「レオの所に入ってきたヒサギだ」

 「……あー、冒険者ギルドの。よろしくっす」

 「こいつは儂のバカ息子、オットーという。今日は学校が休みのようだ」

 「そうか……よろしく頼む」


 気難しい雰囲気のドミニクとは対照的に、少し軽い――ナナ寄りの少年が頭を下げた。


 オットーは軽く会釈を返すと、白銀に輝く剣に目を向けた。


 「おー。めっちゃ良さげじゃん」

 「……ああ、歴代最高のモノができた」

 「一回振らせてよ」

 「オマエは駄目だ」

 「ええー、いいじゃん。お願い。先っちょだけ」

 「先にも後にも触らせん。剣が泣く」


 なるほど。以前ドミニクに家族構成を聞いた折「……一人息子がいる」と歯切れが悪かったのは、こういった意味があったのか。


 失礼であるが、全然似ていないな。


 尚も手を合わせて懇願を続けるオットーに、ドミニクがとうとう腹を立てた。


 「第一、オマエには碌に手入れもしていない大槌があるだろう。自分の得物くらい扱えるようになってから出直してこい」

 「それは盾に変えたから使ってないだけじゃん。ねー、頼むって」

 「くそ……儂と同じ得物を使う者が、聞いて呆れる」

 

 ああ、そこは似ているのか。よく分からない親子である。


 吐き捨てるように言ったドミニクは、オットーを無視し、俺を向いた。

 

 「ヒサギ、試しに振ってみてほしい」

 「……俺がか?」

 「ああ。扱えるだろう?」


 思いもよらぬ頼みだった。しかし、俄然興味が湧いて来る。オットーには申し訳ないが、ここはありがたく振らせてもらおうか。


 俺は件の剣を手に取ると、右手に持って正面で構えた。


 まずは普通に振ってみようか。


 軽く切り払いを行う。この剣の原料の一つである特殊な鉱石――鎧玉髄は、王国より遥か西のカルセドニーという国で採掘される、大変稀少な石英である。


 本来は高級な服飾品や観賞用の宝石を目的に消費されているが、加工方法によって軽量且つ丈夫、重量且つ繊細と、相反する作用を起こすことができる為、金に糸目をつけない金級冒険者や王族がよく採用しがちなのである。因みに今回は前述の方での加工とのこと。


 軽量感、といっても空気に触れるようなイヤな感覚ではなく、よく手に馴染む感触である。流石は最高級の素材と超一流の鍛冶職人のハイブリッド。末恐ろしさすら感じる。


 切り払いを終えると次は型に移るのが定石であるが、腕が未熟な為、割愛せざるを得なかった。


 ……気を取り直して次は【武器強化】の効果確認――と言っても周囲に的の類が置いていない故、できることは2回目に施した風魔法の試し打ちくらいだろうか。


 俺は魔力を放出しながら、軽く指先で剣身をなぞる。すると間を置かずに剣全体が淡く輝いた。


 魔法陣はわざわざ構築せずとも、座標指定の媒体が剣そのものである為、既に射出する工程に於いての最適化ができている。


 故に振るだけで、自動で魔力を蓄えられた剣身が呼応する。


 風魔法【飛散】。熟練者は十六方向に斬撃飛ばすのが定石だが、俺は八方向が限界である。


 まあ張り切らずとも場所が場所だ。今回は四つくらいでいいだろう。出力する間際に魔力量を絞ると、目的通り地面に十字とバツの印を横並びに付けた。


 「――こんな感じだが、どうだろうか」


 軽く振るって残存魔力を飛ばし、剣を元の位置に置いた。


 辺りは静まり返っていた。


 ……何かしらの反応がないと困る。俺が意気揚々と剣を振るっただけでは、また冒険者連中にあらぬ誤解をされるのがオチだろう。


 「……そうだな。ありがとう」

 「親父……なんでこんなのとつるんでんの?」


 そんな憐みの目で見られるのは、大変困る。ドミニクが妙に優しくなったのも気になるぞ。


 「……すまない」


 しかし気分が良かったのも確かであった。寧ろ「実は最強なのかも知れない」とすら思いながら存分に格好をつけた節すらあった。それを証明するかのように、床面の十字とバツ印が床に刻まれている。年を重ねた男の慢心は醜い。


 顔がとんでもなく熱くなってきた。


 俺は頭を下げると、冒険者ギルドで培った高等技術の一つ、素早い帰り支度をすませる。


 だが――、


 「ヒサギ、今日は飯でも食っていけ」


 無精髭の男が恬然とそれを制止するのであった。


 

 王国依頼の難題を無事解決しただけあってか、昼餉はドミニク自らが腕によりを掛けて作った料理が並んだ。


 アースバードの丸焼き、豚肉の香草サラダ、ホーンラビットの蒸し焼きシチュー。そしてエール。


 ドミニクは鍛冶職人の傍ら、過去には冒険者をやっていたと聞いた。その所為か料理がどうにも雄々しかった。


 円型のテーブルを俺、オットー、ドミニクで囲み、いざ実食である。


 「いただきます」


 …… 非常に美味しい。


 「アースバードめっちゃ美味いじゃん。やっぱサイコー」


 隣ではオットーも舌鼓を打っていた。


 気まずい雰囲気から一変、穏やかな一時が流れる。


 ……。


 まずい、沈黙が長い。ここは折角呼んでもらった俺が話題を提供したいところだ。


 「オットー君。学校というのは、楽しいか?」

 「オットーでいいっすよ。……ヒサギさんは学校行ったことないんすか?」

 「幼い頃にそういったものがなくてな。今でも読み書きに困る程だ」

 「えー、ってことはオヤジと同世代ぐらいっすか。見えないっすね」


 オットーは俺の顔をまじまじと見ながら驚きを口にする。


 「儂も若い頃は学校なんてなかったからな。……いい時代になったものだ」


 ドミニクがしみじみと頷いた。


 「まー楽しいっすよ。冒険者には死ぬ程なりたくなくなるっすけど」

 「そうなのか? 職員目線で見ると、学校出の冒険者は優秀な人材が多いと思うが」

 「そりゃ一年なんてみっちり座学で読み書きと冒険者がどれだけ危ないか聞かされるっすからね。危機管理みたいなものは身につくんじゃないっすか?」

 「なるほど」


 冒険者を目指す若者が挫折する理由として、夢と現実の乖離が間違いなくあるのだろう。


 冒険者とは一騎当千で強大な魔物を手当たり次第に薙ぎ倒すのではなく、地道に害獣を駆除していくのが本来の仕事である。大きな夢を抱き続けたが故、新世界へ足を踏み入れた途端小さな現実を受け入れないとならないのは、多感な時期の少年少女にとって決して簡単なことではない。


 冒険者育成学校とは、そんな子どもから大人へ成長する為の育成機関と呼ぶに相応しい役割を果たしているようだ。


 オットーは食事を終え、大きく伸びをした。


 「ウチってそういうところなんで、夢を追っかけ始めた人とかも結構短期の編入で学びに来るんすよ。ヒサギさんも興味があったら来たらどうすか?」


 何気ないオットーの一言が、俺の胸に刺さった。


 「そうだな……興味はあるが、如何せん仕事を始めたばかりだからな」

 「まあフツーはジブンらみたいな馬鹿が行くとこなんで、ヒサギさんが来ても学ぶことないみもあるんすけどね」

 「そんなことはない。まだまだ知らないことばかりだ。寧ろオットーに色々教えてもらいたいくらいだぞ」

 「いやいやー」


 そうオットーが謙るが、俺の方が何も知らないのは明白である。


 だからこそオットーとの会話よりも、ある考えが俺の脳内を駆け巡っていた。


 曰く、学校、頗る興味がある。


 俺は客である冒険者についての理解を心得んと、学校について周りの人に聞いてみることにした。

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