第10話 冒険者ギルド 相談編
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翌日、昼休憩後。
俺は件の学校というものについて、造詣が深いとみるユリアさんに聞いてみることにした。
日差しが強いこの頃。女性陣は皆ラフなブラウス姿であるが、ユリアさんだけは普段と変わらずジャケットを羽織り、汗ひとつかいていない。超人なのだろうか。
「すみません、1つ相談にのって頂きたいのですが」
「珍しいですね。どうしましたか?」
「知り合いに冒険者学校について聞いたもので。教えてもらいたいです」
「なるほど」
ユリアさんは机の上に整然と置かれた資料を奥にやり、資料室へと歩いていった。
程なくすると2、3冊の本を抱えて、自席の空いたスペースに積み上げ腰を落ち着ける。
「……申し訳ございません。私とした事が、ヒサギさんが識字に悩んでいらしたのは把握していたのですが」
ユリアさんはそう言って頭を下げる。
……何か勘違いをされたようだ。即刻訂正せねば。
「いえ。顧客である冒険者が学校に通うことで死亡率が下がるようで。その相関性を知りたかったのですが」
「エルナではなく私に尋ねるということは、相当思い悩んでいたのでしょう。本当に申し訳ありません」
ユリアさんが深刻そうに瞳を揺らす。完全に話の筋道を逸しているが、どうしたものだろうか。
「私は商人学校に通っていたので、商人学校と職場に縁の深い冒険者学校には多少の見識があります。魔導騎士学校はあまり存じ上げませんが……」
「いえ。冒険者学校についてお聞きしたいです」
「……そうでしたか」
どうやら初めに伺った時点から錯乱していた様子である。誰かから相談されることも多々あろうに、この狼狽ようは一体全体どうしたのだろうか。
「冒険者学校は読み書きを学ぶには一番適していますね。詳しくはこの資料に載っていますので、どうぞ一読して頂ければと。編入手続きは私が責任を持ってギルドマスターに掛け合――」
バタン、と。
頭を突っ伏したユリアさん。
「……ユリアさん?」
ユリアさんは首筋を見て分かる程の汗をかいて、意識を失った。
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所変わって仮眠室。俺の部屋の向かいにある部屋で、副ギルドマスターは一息ついた。
部屋の中は外の厳しい日差しを遮断する為カーテンで閉じられており、大変薄暗かった。その中で唯一インテリアとしても機能している照明の魔道具が、抑えめに辺りを照らしている。
引き出しの上、丁度腰あたりから光を放つ魔道具であったが故か、深い陰影を描いた副ギルドマスターの面持ちは普段よりも一等不健康そうに見えた。
「……完全に脱水症状だな。医者に罹るほど重篤ではない。これで大丈夫だ」
あまりに突然の事だった為、俺は急いで副ギルドマスターの元へ向かい、簡易な診察を依頼した。
副ギルドマスターはユリアさんに治癒魔法を掛けてベッドに寝かせると、ため息をついた。
「この時期になるといつもだ。私も目は光らせてはいるが、彼女も頑固でな。中々止まってくれないのだ」
ユリアさんが倒れた原因は主に二つ、いや、三つだろうか。
一つ目はこの時期の冒険者ギルドの忙しさである。夏季休暇に入った学生が冒険者登録やら依頼やらを次々に申請する為、冒険者ギルドは大変忙しい。
その為ユリアさんに声を掛けられたのが昼一番だったのだが、ユリアさんの疲労は既に相当溜まっていたようである。
二つ目はユリアさんの服装が問題である。暑さが厳しいにも拘らず、彼女は常に通気性の悪いジャケットを羽織っている為、十分な発汗ができていないのだろう。
……まあこれはユリアさん自身の生真面目さをどうにかしなければ解決できない。特に男性陣の俺達は「暑いなら脱げ」なんて言った暁には解雇待った無しである。
三つ目は、迂闊にも学生が多いこのタイミングで、学校について尋ねてしまったことである。
当初会話していた際は単なる齟齬として捉えていたが、こうして考えてみると納得がいった。
確かに、傍から見ると俺が学生に羨望の眼差しを向けていたように映ることもあるのだろう。それはオットーとの経緯を介して話したとしても同様で、実の所編入についても興味がなかった訳ではないのが、事を余計にややこしくしていた。
「それにしても、君のその曖昧な話し方はどうにかならないのかね?」
「……すみません」
副ギルドマスターが半眼で俺を睨んだ。
今し方ユリアさんが倒れるに至った経緯を伝えた俺は、数々の語弊によりこんな事態に発展したことを今更ながら反省する。
つい最近にも夜勤にて副ギルドマスターから読み書きについて教示を受けていた。
冒険者学校へ講師として派遣されることも多々ある副ギルドマスターにこそ、この話は先にするべきであったが仔細を尋ねなかったのは、まさに先の齟齬を恐れていたからだった。
まさかユリアさんまでも、そこまで俺について悩んでくれていたとは考えもしなかったのである。
「冷房設備が十分でない点は私に責任があるが……これはユリア君にも同様に言えるが、2人とも自己評価が低すぎる。十分ギルドに寄与しているのだから、もっと気楽になり給え」
副ギルドマスターは呆れ顔でもう一度ため息をついた。
そこで、ユリアさんの目が覚めた。
「――っ、すみません。すぐにでも作業の方に」
「待ち給え」
軽く周囲を見渡すや否や勢いよく起き上がるユリアさんを、どうにか落ち着かせようと両手を水平に下げるジェスチャーを行い制止する副ギルドマスター。
「まずは深呼吸をし給え」
「――。……申し訳ございません。取り乱してしまったようです」
副ギルドマスターに促され息を大きく吸って吐くと、平素のユリアさんに戻っていた。
その後副ギルドマスターは俺を一瞥して頷く。今までの状況を説明せよとのことだ。
「起きて早々すみませんが――」
俺は詳しい経緯を語った。
「……なるほど」
ユリアさんは所々に相槌を打ちながら聞き終え、軽く唸った。どうやらまだ釈然としない様子である。
副ギルドマスターに助けを求めたが、彼もユリアさんに同調しているようで、だろうなと深く瞑目した。
こうなると少数派は紛れもなく俺だったということになる。
「行き違いは私にあるのですが……やはりそれを踏まえても、冒険者学校へ編入した方がいいのではないかと思います」
「そうだな。ユリア君のまとめた文献は確かに役立つ。しかし実地で得られる経験の方が大きいこともあるのだ」
「……確かに」
確かに、盲点であった。というよりも、気恥ずかしさや先の副ギルドマスターが言ったように、「自己評価」の低さが核心を押し隠していたのだろうと分析する。
つまるところ俺は冒険者学校へ、ただ学びに行きたかったのである。
「俺は冒険者学校へ、読み書きも勿論ですが、彼らが何を考えているのか知る為に、一度行って見たいです」
「そうか。それならば話は早い。私がギルドマスターへ話を通しておこう」
「私もそれとなく伝えておきます」
副ギルドマスターとユリアさんは納得した様子で頷いた。
「ヒサギさん。現場の生産性の向上を目的に学びに行く為、冒険者ギルドから給金を出して頂けますが、負い目に感じられることはありません。胸を張って堂々と学び、識り――楽しんで帰ってきて下さるのが、何よりです」
「む……そうだな。ヒサギ君、頑張ってくれ給え」
ユリアさんの言葉には、冒険者ギルドの責任者として言えなかったことや、それを差し置いても言いたかったことが詰まっていたのだろう、副ギルドマスターは複雑な表情を浮かべ、俺の肩を叩いた。
「ありがとうございます。俺もまた追ってギルドマスターに相談します」
俺は深く頭を下げた。
副ギルドマスターもユリアさんも、実に面倒見の良い人である。期待に添えるよう、学校では目一杯学ぼうと決心した俺だった。
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