第11話 冒険者ギルド 支度編
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冒険者学校へ編入を決めた日から3日が経った、眩しい陽の光で目が覚める朝。
隙を見てレオに報告しようと思っていたのだったが、街の外にいる魔物の様子がおかしいらしく、最近は外出が多い。その為一度も顔を合わせることができなかった。
それでも度々帰っては来ているようで、昨日副ギルドマスターとユリアさんから話をしておいたとの報告を受けた。
特に急ぐ用件でもない。また落ち着いてから報告しようと、昨日飲んだ酒瓶を片付けて仕事着を手に取った――瞬間。
階下で、凄まじい轟音が鳴り響いた。
その振動はベッドを拳一個分浮かす程であった。
少しの間避難しようとも考えたが、仕事を無断ですっぽかす訳にもいかないので、素早く着替えると階段を降りる。
「おはようございます」
「――あ! ちょ、ヒサギン、呑気にしてる場合じゃないってー!」
夜勤を終えたナナが俺を見つけるなり腕を引っ張った。階下にいたことを考えるに、起こしに来たのだろうか。
為されるがまま進む俺の前には、受付へと続く扉の前で固まったままの職員と副ギルドマスター。この展開には既視感があった。
妙な連携を披露して散っていく職員を横目に、例によって俺は受付窓口へ飛び込む形となった。
「――これは、またやってしまったか?」
「良いんじゃない? 突っかかってきたのこいつだし」
渦中の中心にいたのは、黒髪に金色の眼を持った男。眼前の者を澄まし顔で見下し、薄く笑っている。
その出立ちは、漆黒の鎧と、手に持っているのは――どこかで見た、白銀の剣だ。
隣に控えたブラウンの髪を後ろで束ねた女は、十字の刺繍があしらわれたローブを身に纏い、紅い光を放つ杖を携え、男と同様害虫を見るかのような目を向けている。
そんな視線の対象は、白目を剥いて泡を吹いたまま失神している冒険者。
四六時中ギルドに入り浸り、新米冒険者に難癖をつけるガヤ担当の取り巻きである。因みに普段はレオがいると大変行儀良くなることから、過去に制裁済みなのであろうと特に気にも留めていなかったが、こうして考えると中々奇特な性格の持ち主だ。
「それにしてもぉー、レイヤー、また強くなった?」
「スキルのお陰だ。オレ自身、大したことはしていないさ」
「そんなことないってぇー! レイヤの頑張りの成果だってぇー」
「ホノカが応援してくれるからだ……お前も十分強くなったじゃないか」
周囲が騒ついているのにも拘らず、2人は呑気に仲の良いトークを繰り広げていた。
こうして話しているのを聞くだけで2人の情報を得られる点から、彼や彼女からは十分な余裕が見てとれる。
ホノカと呼ばれた彼女からは、後ろで事の成り行きを見守っている人物に似たシンパシーを感じる。振り返ると、ナナが鬼のような形相で俺を睥睨した。非常に後が恐ろしい。
追い立てられるように前を向き直した俺だったが、今回ばかりは完全に無関係である。どうしたものかと悩む。
白銀の剣を鞘に収めた男が、剣の勇者であることは間違いない。
となると隣でベタベタしているのは杖の勇者だろう。あの杖も精巧さを見るに、鎧玉髄製の一級品だ。ショウタやユキより三つくらいだけ年上の彼や彼女が、普通こんな代物を持てるはずがない。
話を聞くに正当性も認められるように感じる。正義も彼らに味方しているのだろう。
だが――冒険者ギルドの壁に穴が空いているのは、どう考えても彼や彼女の所為でもあるのだ。
そもそも失神したガヤ担当の取り巻きは上級冒険者。あんな逸品で制する必要性がない。明らかにオーバースペックである。
「あの、仲睦まじい所失礼ですが、ギルドが損壊しているのはどういった了見でしょうか」
「――は? レイヤ、こいつなんか出しゃばって来てうざいんだけど」
「落ち着いてくれホノカ。こいつはギルドの職員だ」
冷酷な目線を俺に向ける杖の勇者・ホノカを諭すように剣の勇者・レイヤが止めた。
レイヤは値踏みするように俺のつま先から頭まで流して見て、告げた。
「ギルドを壊してしまった事は仕方がなかったんだ。正当防衛さ」
「それは分かりますが、外でやって頂けるとよろしかったのでは?」
「武器を持った冒険者が凄んできたんだ。その場で成敗するのは当然だろ? それとも、ここで刺された方が良かったのか?」
そうだろ、と剣の勇者は集まったギャラリーに目を向けた。
冒険者の皆は口々に「そうだ!」「ここでは強えやつに従うのがルールだろうがァ!」「引っ込んでろよ、タマナシヤロウ!」と俺を糾弾する。
「てか、こいつ何様なの。 んー? ……ヒサギくん? ギルドマスターでもないのにノコノコやって来たの? だっさ」
杖の勇者が俺のネームプレートを見て嗤う。
次の瞬間、辺りが爆笑の渦に包まれた。
「やめてあげろよ。こいつは勇気を以ってオレに話し掛けてくれたんだ。それに、冒険者ギルドと余計な衝突は避けたい。ここは彼に応えてあげようじゃないか」
同じように笑っている彼は自覚がないのだろうか。まだ目元に涙が残っているぞ。
一頻り笑いが収まったところで、剣の勇者は懐からポーチを出すと、中から手掴みで金貨を取り出し、俺に差し出した。
「これを新しい壁の修繕費に充ててくれ。ただ、そこのやつにはちゃんと言い聞かせてくれよ」
「ちょー! レイヤ、そこまでするとか、優しい! もっと好きになったかも」
「それは何よりの収穫だな。やっぱり地方はレベルが低いのが分かったから、また王都のギルドで依頼を受けないとな……」
「えー……あの王様、わたしらを追い出した張本人じゃん」
「そう邪険にするな。オレ達もあの時はレベルが低かったしな。次は恩を売って国賓として持て成して貰おう」
「流石レイヤ! やっぱ天才じゃん!」
言うだけ言うと、彼と彼女は冒険者ギルドを後にした。囲い込んでいた取り巻き冒険者達は2人に賞賛の声を浴びせると、またいつものように散っていく。
この場に残ったのは、10数枚の金貨と、気絶したガヤ担当と、俺だけであった。
剣の勇者の要望通り、貰った金貨は修繕業者を呼ぶ為に使った。騒動の後すぐにギルドが懇意にしている大工達に連絡を入れると、壁の状況を見るなり「……大変だったな」と同情してくれた。
俺は事務作業の予定を変更し、壁の修理を手伝うことになった。
今日はエルナさんもユリアさんもレオもいない。周りからは冷ややかな視線が俺に集まっている。
曰く、ダサい、や憐れだ、等々。
まあ今に始まったことではない。俺は目の前の、瓦礫を集める作業に黙々と取り掛かっていた。
「……ヒサギン。あーし、また変なことしたかな。ごめんね」
すると、背後から消え入るような声で話し掛けてくる人物がいた。
態々視認せずとも分かる。この口調は、ナナである。
「いや、さっきのは最適解だった」
「そうかな……あーしが勝手に騒いで、勝手に呼んで。……それで、あんなにいっぱい言われてたけど」
「俺を頼ってくれたのだろう? あの勇者ではないが、それで何よりだ」
これ以上ナナと会話を続けていると、非難が彼女に飛び火しかねない。今は早々に見切りをつけてもらうのが得策だろう。
それは賢いナナ自身も十分理解している。はずなのだが。
彼女は一向に立ち去ろうとしなかった。
「……ヒサギンは、悔しくないの?」
ふとナナは、短く一言、呟いた。
「彼らの腹づもりは理解できるからな。それにこうして示談金も貰った、別に構わないだろう」
「――この前もそうだったよね? 理解できたとか、認識を改めたとか」
やや語気の強くなった口調に驚き、振り返った。
ナナは、目に涙を貯めて、口唇を震わせていた。
「あーしは、相手の気持ちとかより、ヒサギンがどうなんか聞きたいんだけどなー」
おかしい。どうにも言葉が上手く出ない。俺は狼狽えているのだろうか。
「あーしは悔しかったよ。……みーんな知らんぷりする中で、ヒサギンがギルドのこと考えて言ってくれたのに、みんなヒサギンのこと悪者扱いするんだもん」
ずずっ、と鼻を鳴らすナナ。普段は軽口の一つでも叩けたが、今この時ばかりは、どうにもそういった気分になれなかった。
「強くて怖い人がブイブイ言わせて、勝手にルールみたいなんを作って……それになんにも言えないあーしも、すっごいダサいなってさー」
そんなナナの押し殺した泣き声は、日々の喧騒に呑まれ陳腐なものと化していた。
よくある、理不尽な現実を唯々非難するだけの、何も持たない子どもの泣き声。
しかし、ナナと接する機会が多く、以前グレッグとの件でその考え方を知った俺は、彼女の静かな慟哭を糾弾できる手段を持ち合わせていなかった。
職員や取り巻き連中の目は、もう俺達を向いていなかった。
この辺で一つ、落とし所だろうか。
「……そうだな。例えばの話だが、俺がナナの言った『強くて怖い人』よりも恐ろしかったとしたら、どうだろうか」
「そんな訳ないじゃん。あんなにいっぱい言われてたのに。フツーはやり返すよ……」
「だからこそ『例えば』だ。『強くて怖い人』を消して、ずっと消し続ける……するとどうだろうか。いつの日か俺自身が消される対象になって、その時ふと考えるんだ。もうどうでもいいか、とな」
「そっかー。もしヒサギンがそうなら――合わなかったかもねー」
ナナはすっかり泣き止んだようで、苦笑を浮かべた。
そう、合わない。
俺とナナでは、価値観の違いが大きい。
他人の感情を優先する俺と、他人の感情を優先する風に自己を守るナナ。
俺はナナともグレッグとも、違う人種なのだ。
「まー、ヒサギンが大丈夫ならよかった。ほんとにごめんね? 次はちゃんと――警備の人を呼ぶから」
ナナは涙を拭い、いつものように明るく努めると、目を腫らしたまま冒険者ギルドを退勤した。
熟練の大工の仕事のお陰か、穴が開いた壁は綺麗に修繕された。
すっかり熱中してしまい、日がとうに暮れていた。
冒険者業も終わり、閑散とした冒険者ギルドへ慌てて駆け込む足音が聞こえた。
「ほんっっとうにすまない! 大丈夫だったか!?」
手を合わせて謝るのは、当冒険者ギルドのギルドマスター、レオである。
気付けばこの場に残る揉め事の当事者は、俺1人だけになっていた。
「壁はこの通り直してもらったからな……後は新人潰しが副ギルドマスターの世話になっていたくらいか」
「ああ、ベンに聞いたぞ。まあそれは自業自得だとして――ヒサギ、お前だよ」
レオは心配そうに俺を見るが、何もないのである。
「見ての通りだ」
「お前なぁ……」
「そんなことよりもだ。あの2人はこのまま野放し状態なのか?」
あの2人とは、無論剣の勇者と杖の勇者のことである。可能性は低いが、またやって来るなりあの高性能な武器や防具を身に付けて暴れられては、たまったものでない。
流石に首輪も付けずに好き放題されては、他のギルドにも波及するだろう。快適に働く為に憂うべき疑問である、安全性の欠如を危惧しての質問だ。
「それがな……勇者ってのは扱いが難しいんだよ」
「そうか。認識しているならそれで構わない」
レオが苦い顔になって唸る。対策を捻り出そうと苦労しているのだろう。それなら問題はない。
多少の荒事は想定の範囲内である。ただ、もしも次に同じことが起こった際には、是非ともレオに止めて欲しく思う。
「何とか考えとく。少なくとも、オレの所で同じ事はさせんよ」
「そうだな、よろしく頼む。……それはそうと、ギルドマスターに頼みたいことがあるんだ」
「……あー。学校の件な。ベンから聞いてすぐに確認を取ったぞ」
「流石はギルドマスター。頼りになるギルドの長だ」
俺が持ち上げると、レオは今までとは一転して、誇らしげに胸を張った。
「まあな! 返答によれば、勉強期間は1ヶ月、編入自体は一ヶ月後みたいだ! ……いい人材には唾つけとけよ?」
そう言ってレオは快活に笑った。またくだら無いことを考えているようだ。
「ほら、もう話は終わったろ。早く上がれ」
「そうさせてもらおうか。後は頼む」
「任せろって! ……ヒサギ、今日は本当にすまねえな」
背中越しにそう呟くレオを見ずに、俺は軽く手を振って返事をした。
――そうして待望の1ヶ月後、俺は冒険者育成学校の門戸を叩いたのであった。
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