第33話 オットーの成長
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謁見の日より数日後。
俺はオットーと共に『始まりの森林』へ来ていた。
「まじで助かるっす」
「なに、これも歴とした調査の一環だからな」
魔族襲撃後、『始まりの森林』の奥地は国家魔導騎士団の管轄となり、浅い場所のみ冒険者ギルドに任されることとなった。
しかし、魔導騎士団の独占となれば、冒険者達の給料が下がり、両者の間に溝が深まるばかりである。
この状況をどうにか打破せんと、冒険者ギルド側、主に『始まりの森林』での魔物や動物の狩猟を生業とし、在籍している冒険者の多い、ウィスタリア支部の専門調査員を送り、環境調査に日々取り組んでいた。
これには普段頼りないと揶揄される調査員の男性陣共々、汚名返上、もとい名誉挽回する気持ちで奮起した結果、ようやっと警戒の一部が解除され、俺が魔王幹部・アモンと初めて会敵した辺りまでの冒険の許可を勝ち取ったのだ。
ただし、冒険者のランクに応じて行ける場所が制限されており、先の場所には銀級相当でなければ足を踏み入れることができないのであるが、まだ魔族が来る危険性を考慮すれば妥当だろうか。
「しかし、良かったのか? ナキトとホウリがいれば、もう少し奥まで行けたのだが」
「……まあ、察してください」
王都から戻りまず驚いたのは、ナキト達パーティの飛ぶ鳥を落とす勢いの躍進であった。
これまたいつの間にかの話であるが、ナキト、ホウリ、オットーは3人でパーティを組み、日中は冒険者学校に通いつつ、放課後の僅かな時間、冒険に勤しんでいたようだ。
その結果、ホウリが銀級冒険者、オットーが銅級冒険者へと昇級していた。
2人は同じ時期に冒険者を始めたにも拘わらず、何故ホウリの方が昇級が早いかというと、既に冒険者と別の窓口である教会からの依頼をこなしており、十分な実績があったからに他ならない。
そして冒険者としても優れた能力を見せるホウリを教会が見つけて推薦した、ある意味当然といえる流れだ。
しかし、オットーはどうにも納得していない様子だった。
「ホウリの昇級は異例中の異例だ。あまり自分を卑下するな」
「あー。やっぱそう見えるんすかね。……卑下してないっすよ。勿論ホウリさんを僻んでもないんすけど」
王都でオットーに会った際は、斧の扱い方を教えて欲しいとのことであったが、どうやらそれだけではないらしい。
俺がざっと推測した理由に、今オットーが並べた以上の考えがなかった。
「それならば、尚更パーティで行った方が良いと思うのだが」
「ヒサギさんって、こういう、何とも言えない気持ちの機微には疎いんすね」
「……すまない」
「いや、フツーに驚いただけなんで他意はないっす。こっちこそすんません」
そうして暫し話しながら歩いていると、目の前に魔物が現れた。
不気味な羽音を鳴らす、3匹の『アングリー・ビー』。少し前、グレッグ達のパーティに随行した折に遭遇した蜂だ。
「……ナキトって風魔法凄いっすけど、周りから持ち上げられても、あいつ自身満足してなくて。依頼終わった後も勉強してるんですよ。元から凄いのに」
オットーが斧を片手に持った。
対する『アングリ・ビー』は、撹乱するかのように彼の周りを縦横無尽に飛び回る。
「ホウリさんは器用っすよね。ジブンも最近知ったんですけど、罠って覚えるのめちゃくちゃ大変みたいで。あのギルドマスターとかも断念するぐらい、知識とか経験が要るみたいなんすよ」
『アングリ・ビー』が攻撃に転じた。一斉に針を突き出し、オットーへと迫る。
オットーは、もう片方の手で【定点障壁】を3つ展開し、それを正確に阻んだ。
「じゃあ、ジブンはどうでしょ。得物を不器用に使って、適当に満足して」
すかさずオットーが横凪に斧を振るった。不意に防がれ、弾かれた『アングリ・ビー』が3匹共、真っ二つになった。
「……なんか、最近思うんですよ。惨めっつーか、おこぼれ目当てでやってんじゃないかなって」
「……なるほど」
話しながらでも『アングリー・ビー』を討伐できるのは、誰の目から見ても銅級冒険者に値する評価だ。
オットーは他人の昇級如何での、そんな程度の話で悩んでいる訳ではなかったのだ。
「見たところ【武器強化】を施していないな。自分の力で、そこまで出来るというのは、大した人物だと思うが」
「親父の力であの2人に並べるなら、全然頼ってもありなんすけどねー。……それでも届かないんだったら、せめてジブンだけで頑張ろうってキモい考えっすよー」
熟練の鍛冶職人であるドミニクという後ろ盾があり、更には「息子」や「倅」といった目で見られながらも、それに甘んじず邁進を続けるオットーに、俺は感服しフォローを入れたが、それもまた違うようであった。
冒険者稼業とは、専門調査員と比べ物にならない程、死の危険性が付き纏っている。
ではどうしてドミニクを親にもつ恩恵を受け入れない。何故、自分より強い者達を伴ってここに来なかったのか。
それは、小さな矜持に縋りついているだけなのであろうか。
否、俺はそうは思わなかった。
「自由」の窮屈さを初めて知り、尚も挑み続ける若者ならではの抵抗だ。
「……そうか。ところで、俺自身、少々斧の扱いには覚えがあってな」
「ま、まじすか! どこで使ってたとか、絶対聞かないんで! 是非――」
「だが、今オットーが使っている戦法とは全く異なるものでな。俺が教えられる条件として――今持っている技術の殆ど全てを、捨ててもらわなければならない」
俺がそう言うと、オットーは息を飲んだ。
「初めから楽にやれて、いきなり強くなれるとかっすか?」
「……調査員の端くれである俺に、そんな芸当ができると思うか」
「っすよねー。幾らヒサギさんでも出来ないっすか……」
俺をなんだと思っているのだろうか。
そもそも楽に身につけられ、尚且つ強大な力を持てる方法など、あるならば既に普及しているはずだ。
「まあ、折角のご厚意なんで受けましょうかね」
「いいのか? 槌や大盾を扱っていた経験も、全てだぞ」
「う……そう言われると逃げたくなるんすけど。――やるだけやりたいっすから」
頷くオットーの目に決意が宿る。
俺は、オットーもレオやドミニク、ナキトやホウリのように、何かを守ることが根底にあるのだと勘違いをしていた。
しかし彼の行動理念は、自身へ向けた向上心であったのだ。
気怠げな表情とは真逆の、熱血漢である。
「分かった。では、よろしく頼む」
「はい! 師匠って呼べばいいっすか!」
「いや、それは止めてくれ。単純に恥ずかしい。……そうだな、まずは、防御魔法は使わないでくれ」
「……え。まじで言ってます? 防御魔法って前衛の生命線なんすけど」
「生命線? それは防御魔法ではなく、手に持った得物であろう? 趣旨を履き違えるな。お前は何がしたい?」
「え、えーと」
そもそも防御魔法とは、自身を守る為ではなく、他人を守る為に開発された魔法だ。
大盾を扱う際には必須の魔法であるが、こと斧に至ってはその限りでない。
「そう、魔物を倒さなければならないな。防御魔法を用いて敵を屠れるか?」
「そ、そうっすね……」
「前衛の仕事は守る為か? 斧を持って味方を守るのか? 違うだろう。魔物を殺したいから、斧を選んだのだろう」
「……押忍」
オットーの返事が珍妙なものに変わった。
口説いようであるが、ここはよく説いておかなければならない。
グレッグの意思を引き継いで斧を使い始めたと仮定して。
そんなことで強くなる訳がない。武器に意思は宿らないのだ。
幸いオットーには適性があったからこそ、ここまでやってこれたようだが。
このまま意思がなんだのと進んだところで、何かを捨てた者――ナキトとホウリには届かない。
「ナキトとホウリは何故強いんだ?」
「え。いや、それはさっきジブンが言ったんじゃ」
「そうだ。先程お前が言っただろう。ナキトは何故、風魔法のみ扱う? 何故ホウリは剣を持たない?」
「……2人とも努力したからじゃないっすか」
「オットー。俺はお前の師ではない。模範的な答えなど望んでいない。お前自身の考えを聞かせろ」
オットーが曖昧に笑ってやり過ごそうとした瞬間を、俺は見逃さなかった。
虚をつかれたようにたじろぎ、やや怒気の混じった声を発した。
「ナキトもホウリさんも、才能があったからじゃないっすかねっ」
「……そうだ。あの2人は才能があった。それならばお前には?」
「ないっすね。ないからこうやって頼んでんすけど」
「違うな。視点が違う。ナキトには『風魔法』の才能があり、ホウリには『罠』に関する才能があった。それだけだ」
「いや、そんな訳ないっしょ。つーかヒサギさん、そんな言い方しなくても――」
「では、何故ナキトは他の魔法を使わない? 何故ホウリは、罠の発動の遅さを気にしているのに、近接戦を覚えないんだ?」
ここまで突き詰めさせれば、オットーは気づくのであろう。
「……あ」
間もなく、オットーが納得したように、顔を上げた。
「もしかして、他の魔法とか、近接戦を、捨てた?」
「……そうだ。正しくはその代わりに、長所を補ったのだろう」
彼が悩み、気づくに至るまでの間、俺達が話す場所に変化があった。
「……オットー、斧を貸してくれないか」
「せ、生命線を捨てろってことっすか?」
「それは本末転倒だな。……一度だけ、見本を見せる機会ができた」
直後、1匹の『アングリー・ビー』が森の中から飛び出した。
俺は突進する『アングリー・ビー』を掴むと、力を加え、握り潰した。
「――え」
「安心してくれ。まだ6匹も潜んでいるようだ」
「いやそうじゃなくて!」
「さあ」
「りょ、了解っす……」
オットーが手を震わせ、斧を差し出した。
……まだ俺に対する信頼は、ないに等しいのだろう。盗まれることを危惧しているようだ。
想定した通り、森の奥より『アングリー・ビー』が6匹、興奮したように俺を囲む。
俺はオットーから斧を受け取ると、その内の一匹を捉える。
直様、斧を掲げ、振り下ろした。
『アングリ・ビー』は当然両断され、そして、
残りの5匹が仰け反った。
「【定点障壁】を態々使わなくても、振り下ろす瞬間に力を込めれば、蜂なぞ風圧で勝手に仰け反るのだ」
「風圧で仰け反る」
振り下ろした斧を、向きを変えて振り上げる。
「こうして斜切りの要領で上げれば、2匹くらいついでに狩れる」
「ついでに斜切りで2匹狩る」
「ああ。外開きに切り上げれば、必然左が空くな」
俺は開いた左腕を伸ばし、『アングリー・ビー』を掴み、先程と同じように握り潰した。
「魔法が使えなければ、こうして手でやる」
「空いた左で握り潰す」
「そうだ。そして、後ろから残り2匹迫っているな」
続け様に、体を捻り、斧を横に振り回した。
「――これで終わりだ。俺はできないが、本当は振り下ろしで5匹、切り上げで残党を狩れば二手で済むことだ。見本だから手を抜いた訳ではないぞ。俺にはできないからこんなに手数を要するのだ」
「めっちゃ嘘つくっすね……」
「嘘ではない。本当にできないのだ」
「あ、はい」
オットーが頷く様子を見て、俺も首を縦に振る。これで誤魔化すことができた。
実はこの一連の見本には、俺自身の決意も入っている。
これまで魔物から目を背けていたが、専門調査員になった以上、相対する機会は必ず増える。
かつて夜行性の凶暴な狼、『ナイトウルフ』と出会した時のように、優柔不断な物事の決め方であれば、調査員としての仕事に支障が起こる可能性も十分にあるのだ。
戦闘中に個人的な私情を挟むなど、市民の平和を守るギルド職員失格の行いである。
しかし、もし魔王が動いて本格的に魔族との戦争になれば、俺は果たして彼らの味方でいられるのだろうか。
同時にそんな疑問が、まるで這いずるように俺の脳内を駆け巡った。
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