第34話 ウィスタリアの金級冒険者①

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 訓練を始めてからまた数日が経った。


 オットーの斧を扱う練習はもはや日課となっており、俺が『始まりの森林』へ調査に行く度について来てくれた。


 スプルースの市民として受け入れられ、日々勤労に励む身となっても、周囲からの評判は決して良いとはいえない。

 

 多少改善したとて丸切り頼られる存在ではない上、俺自身も望んでいない為、この辺りが落とし所だとも納得していた。


 とはいえ、仕事を円滑に進めるのに際して、良好な対人関係が求められるのが世の常。その需要にオットーという供給が絶妙にマッチした形となっていた。


 「今日はどうでした? めっちゃ上達したと思うんすけど」

 「たった数日でここまでできるとは、俺も驚いている。この調子で進めていこう」

 「『ナイトウルフ』も楽勝っすかね!」

 「1人ではまだ及ばないだろうな。次の動作に移るまでの時間が少し長い。下手を打てば食われるぞ」

 

 口調にこそ軽々しさを見せるが、オットーは大変勤勉な人物である。


 それに、彼の成長には目を見張るものがあった。


 ひと月掛かると踏んでいた立ち回りの方法を、何とこの数日で殆ど習得したのだ。


 生まれついてのドミニク譲りの大モノを使いこなす才能もあるのだろうが、勿論その程度で覚えられることなんて高々知れており、底が簡単に見える。


 その点、オットーは違うと断言できる。


 彼は実践し、失敗すれば反省し、考えを巡らせてまた挑戦するという工程を、己が向上心の為に自然とやってのける人間だった。


 なによりも、どこの馬の骨とも知れない俺の戦闘方法を、他所からの批判を顧みず飲み込もうする時点で貪欲そのものであるのだが。


 そうしていつものように会話しながら冒険者ギルドの扉を開いた、その瞬間。


 妙にピリついた空気が漂っていた。


 「オットー……あんた、どこいってたのよ」

 「……」


 中に入るや否や、呆れた顔のホウリと無言を貫くナキトが待っていた。


 「まあ、ちょっとした野暮用で」

 「絶対嘘ね」

 「いやあ……。で、でも、最近依頼もあんまし長いの受けてないですし」

 「あんたがさっさと帰るからでしょ。今日はね――」

 「がははは! こうして帰って来たんだ、許してやれや」


 大声で笑いながら仲裁に入ったのは、当冒険者ギルドの長、茶色の逆立った毛が特徴のレオであった。


 「それに、急な用を持ち掛けたのはオレだしな! 帰って早々悪いな、オットー!」

 「いや、肝冷えっ冷えっすからね! もうちょっとでジブンの命がやばかったんすから!」


 どうやらホウリも本気では怒っていなかったようだ。オットーが安心してつい口走る前までは。


 「……頭を出しなさい」

 「調子に乗ってすみませんでした」

 

 沸々と形而上の湯気すら見える程の出立ちを以って、俯きながら低く発するホウリの声に、オットーが身震いし、直様動いた。


 頭、手、膝を地面に接地させる、五体投地なる謝罪法である。


 「プライド無いね〜」

 「あれは仕様が無いです。俺も同じ立場であれば、恐らくああしていたでしょう」

 「あら、じゃあオットー君とブラブラしてたヒサギくんにもしてもらわないといけないね〜」

 「……」


 その様子を微笑ましく眺めていたエルナさんに、今度は俺の全身が粟立ち、言葉を失ってしまった。


 「……まあ、なんだ。その辺にしといてや……下さい。全員揃ったことだし、本題を話してえので」


 レオが急遽敬語の入り混じったチグハグな言葉を発したことで、場は何とか平常運転へと戻りつつあった。


 「そ、そうっすよ! ジブン何かしましたか?」

 「いや。オットー。お前の昇級が決定したんだよ」


 バッと勢いよく顔を上げたオットー。


 それにレオが平然と受け答えた。


 こうして、冒険者ギルド・ウィスタリア支部に新しく銀級冒険者が誕生したのだ。


 前代未聞の、土下座したままの昇級である。


 「……へ?」


 オットーが素っ頓狂な声を上げ、呆然としたまま固まる。


 「お前が自分でどう思ってるか知らねえけど、実力はギルドの皆、買ってんだぜ。胸張れ。正式に銀級だ」

 「……そうっすか」


 ここ数日でまた付き合い始めた俺からすれば、話が大変早いように思えるが、彼らには彼らのドラマがあったのだろう。


 一流の鍛冶職人の息子だ。付き纏う非難も当然多かったように思う。挫けずここまで頑張って来た当然の結果だ。


 そしてこの話は斧使いの転身どうこうに関係なく、少し前より決まっていた可能性の方が高い。


 もしグレッグの斧を引き継ぎ、そのまま進んだとして、オットーは昇級の言葉を受け入れていただろうか。


 俺がその立場であれば、迷いなく受けていたな。給料や待遇が変わるのだ。当然というべきである。


 しかし乍らオットーであれば、断っていたようにも思える。


 それは俺の希望的観測などでなく、彼の行動理念に則っての推察だ。


 まあ、ただの憶測に過ぎないのであるが。


 ……なんにしろ、前を向いて模索しながら進み続けたオットーには、賛辞を送ろうか。


 「おめでとう、オットー。よく頑張ったな」

 「……うす」


 感動も一入なのだろう。彼は膝と両手を地につけたまま、震えた声で返事をした。


 レオはそんなオットーの様子を感慨深げに眺めて、ゆっくりと視線を外した。


 「さあこれで、晴れて全員銀級の大物パーティだ……とは、ならねえよな?」


 次にレオが声を掛けたのは、壁に凭れ掛かったエルフの少年、ナキトを向いてのことであった。


 「実はな、魔導騎士団から『共同調査』の依頼を受けたんだよ」

 「……何が言いてえんだ」

 「あいつらと一緒に、ウィスタリアの代表としてお前らのパーティを推薦しようと思ってる」

 「――っ」

 「ちょ、ちょっと。話が見えないわ。あたし達もそれを受けるってことよね。ギルドマスター、説明して頂戴」


 忌々しそうにレオを睨むナキト。


 ただならぬ雰囲気を感じ取り、ホウリがナキトに加勢した。


 「『嚠喨湖畔りゅうりょうこはん』に、魔導騎士団と環境調査に行く依頼だよ。こいつは前に参加してっきり、冒険に出なくなったからな。依頼の難しさはよく知ってるはずだぜ」


 嚠喨湖畔りゅうりょうこはん。『始まりの森林』を南下した先にある湖畔地帯。


 そこに出現する魔物の危険性は、夜間の『始まりの森林』を遥かに凌ぐと魔物辞典に記載されていた。


 「意味が分からないわ。あたし達の実力を疑ってるっていうの?」

 「いんや、それは信頼してると思うぜ。でもな、『共同調査』はウチの代表として、つまり魔導騎士団の連中にも引けを取らないって顔して行かなきゃなんねえんだ。そりゃ緊張するだろ?」

 「……それって、もしかして」

 「ああ。ナキトを金級冒険者にするんだよ」


 ホウリが不思議そうにナキトを見る。


 「朗報じゃない。なんで切羽詰まったみたいな顔してるのよ」

 「そうなんだがなあ……ま、ホウリよ。ここはオレに任せてくれ」


 レオはナキトに聞こえないよう呟くと、彼に向けて歩を進めた。


 「お前の無念も分かるし、内情も理解してるつもりだ。別に蹴ってもいいんだぜ?」

 「……蹴らねえよ」

 

 レオの投げかけで、ようやっとホウリが納得していた。


 俺も僅かの差であるが、この場で何が起こっているのか理解する。


 恐らく、その嚠喨湖畔の一件が、ナキトが確執を生んだ出来事なのだろう。


 「けどオレもちょっと、お前の昇級に対してはうん? って思ったんだよな」


 レオの言葉は完全なブラフであると、ナキト以外が知っている。


 「てめえ」

 「新しい金級がどんなもんか試してみてえんだがな。どうだ、ナキト?」

 「――っ! 上等だ」


 周りの見えなくなったナキトは、レオの挑発に真っ向から挑んだ。


 しかし俺の目には、ナキトがまるでに行動しているように見えた。


 「……そろそろお前の愛しいお姉ちゃんが来る頃だしな」

  

 レオが更なる煽りを入れたことで、ようやく2人共が理解していることだと確信した。


 「二度と口開けなくしてやるよ、元金級」


 年柄もなくレオが少しシュンとした。


 謁見の間に負けず劣らずの緊張感であるが、これは2人の思惑が合致して共同で作り上げた、謂わば擬似空間である。


 方や彼らの益々の躍進の為、避けて通れない『共同調査』なるものを是非とも推し進めたいギルドマスター。


 方や過去の清算をきっちりと行い、まだ見ぬ高みへ足を掛けんと藻がく金級冒険者。


 その2人の視線が、交差した。

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