第3話 冒険者ギルド 事務編

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 時刻は夕方。同冒険者ギルド内。


 「報酬金の計算、やり直してください」


 どうやら提出書類に不備があったようだ。ユリナさんに紙を突き返される。


 この時間帯は朝昼に依頼を受けて出ていた冒険者が、成果の報告に続々と押し寄せる。


 一刻も早く仲間と反省会や親睦会を開きたい、あるいは帰宅して家族と時間を過ごしたい冒険者であるからして、現場の雰囲気は多少の緊張感が漂っている。その為受付係にはなるべく臨機応変な対応が可能な熟練者を充てがうのが基本であった。


 受付係はカウンター数が3つ程しかないので、言わずもがな経験数に乏しい俺はお役御免となり、裏方である事務に回ることとなった。


 冒険者ギルド内で屋台骨を支えているのが事務仕事である。


 依頼書の作成から達成時の報酬の用意、ギルド内備品の管理、葬祭行事の取り決め等々。挙げればきりがない。その無数とも言えるタスクをこなすのが事務作業だ。


 冒険者ギルドは最低常駐人数が決めれられており、数は受付が1人以上に対して事務は3人以上、決定権をもつ副ギルドマスター以上が1人以上と、各持ち場を比較して見れば如何に事務が多忙を極めるかが窺える。


 今の俺は様々な場所を回っているが、これは新人ギルド職員時代に一通りある程度の要領を得る為の必要な経験だ。エルナさんも受付を主に担当しているが、手が回らない時などは事務に回ることもしばしばあるらしい。


 と言ってもそこは王都に近いウィスタリアに居を構える当冒険者ギルド。人数も余裕のある構成なので俺が少し手間取ったくらいでは靡かない。現にユリアさんは口調こそ厳しいものの怒気を孕んでいる様子ではない。


 そもそも今俺が行っているのは翌日に出す依頼書の報奨金選定だ。


 「分かりました」

 「『ポイズンホーンラビット』は角に毒がある魔物ですが、討伐難易度は高くありません。可食部位が多い点も考慮して下さい」

 「ということは、銀貨2枚は高いと」

 「その通りです。ただし、毒性の魔物は市場に卸す際に解体業者を経由しなければなりません。その点に留意して、過去の報奨金一覧にも目を通してみてください」

 「はい。ありがとうございます」


 ユリアさんに指示されるまま、俺は資料室へ向かった。



 資料室にはいくつかの書棚が等間隔で横一列に並んでおり、入ってすぐ目につく場所には、どの分類の資料が左から何番目にあるか大まかに書いてある紙が貼られていた。

 

 先ほどは魔物辞典――魔物の生態や分類、分布、特徴を細かに書かれた書物――を参考にして数字を出したのだが、なるほど、直近の報奨金に倣った方がいいな。


 俺は報奨金一覧が記録された書棚から資料を取り出す。記録は2年毎に区切られており、更には魔物の種別順に分かれている。その上最初の見開きには索引。


 資料室の管理はユリアさんに任せているとギルドマスターから聞いたことがある。流石はエルナさんとほぼ同期のユリアさんである。


 事務室には盗難防止や汚損防止の為、また依頼書類と混ざらないようにと依頼書を除く資料の保管は原則禁止されている。しかし資料室に向かって毎回丁寧に戻す者ばかりではない訳で、その度にユリアさんが整理をしてくれているらしい。また時間短縮を図る目的で、本来はしなくてもいいはずの索引の追加や資料の細分化を時間外ですることもあるのだそうだ。全くユリアさんには頭が上がらない。


 ユリアさんへのリスペクトはこのくらいにして、本題に戻る。今抜き取った資料から『ポイズンホーンラビット』を――


 ふむ、銅貨6枚か。妥当だと思った。冒険者ギルドの主な収入源である手数料、解体業者、商人の分を差っ引けば、なるほど確かに6枚が丁度いい塩梅だろうか。また一つ勉強になった。


 俺は資料を元あった場所に返却し、報奨金を書き直すべく事務室に戻った。


 

 「ヒサギさん。早く来てください」

 

 ユリアさんが帰って来た俺の姿を認めて、小走りで駆け寄ってきた。珍しく慌てた様子だ。


 「どうかしましたか?」

 「いいから急いでください」


 ユリアさんは俺の腕を取り、引っ張って扉一枚隔てた受付窓口の方へと急いだ。

 

 受付への扉前には、他に働いていた事務3名が既に隙間から様子を窺っていた。


 ユリアさんは着くなり俺の背中を押し出した。タイミングを見て事務員が一斉に散らばる。そのうち1人が手慣れた所作で扉を開ける。なんと華麗な連携だろうか。


 俺はそのまま受付席の後ろまで行き、やっと立ち止まることができた。


 目の前では――


 「だから、依頼受けた時に、受付の人相悪いヤロウが睨んできたんだつってんだろ!」


 斧を肩に担いだ大柄な男が受付係に怒声を浴びせていた。


 男が俺を見る。目が合った。


 「あいつだよ! んだよ、いんじゃねえか」


 男は俺を睥睨すると、カウンターを勢いよく叩いた。


 「おら、出てこいよ。てめえ俺を睨んでたろ」


 ……朝の依頼書受理の際に、紛れもなく俺が窓口越しに相手をした冒険者だった。名前はグレッグだったか。銅級冒険者である。


 「じゃあ私はこれで。新人君、後は対処してね」


 受付係は表情すら変えず、淡々と言い放って事務室へと入っていった。冒険者は血の気の多い荒くれ者が跋扈している。こういった揉め事は日常茶飯事なのだろう。やはり冒険者ギルドで働く女性は肝が据わっているな。寧ろこちら陣営の方が怖く見えてきた。


 彼の接客を仰せつかったのは事実であるが、当然睨んだ覚えもないので、俺はグレッグの元へ回り込んだ。


 彼は誠意を求めているのだ。机を挟んでの対面など、望んでいまい。


 「身に覚えがありませんが、気分を害してしまったのなら申し訳ない」


 俺は早々に頭を下げた。


 「はあ? てめえ、喧嘩売ってんのか?」


 グレッグが凄み、俺に詰め寄る。その距離は凡そ手のひら一つ分くらいまでになった。


 「言い訳なんて聞いてねえよ。一発殴らせろ」


 グレッグの発言を契機に、受付に並んでいた冒険者達が沸いた。


 「あいつ前から気に食わなかったんだよな!」

 「やれやれ! ぶちかましてやれ!」

 「そういえばあいつ、もとホームレスらしいぞ! 消えろ!」


 周りの暴力に対する評価は概ね好意的であった。これは非常に面倒臭いぞ。


 助けを呼ぼうにも、唯一の荒事担当レオは別の仕事に出掛けた。代わりの副ギルドマスターは長身痩躯の不健康そうな男。今事務員と一緒に扉の向こうであわあわ言いながら事の成り行きを見ている。


 何か対応策を打たねばならないな。


 まず思い浮かぶのは警備兵への通報だ。


 しかし、警備兵を呼んで彼を捕縛するには、一度物理的な危害を加えられる必要がある。揉め事が多い冒険者ギルドは非常に問題視されており、口論程度で彼らは動かないのだ。そして何より通報するのは主にギルド職員であり、冒険者はこういった刺激を楽しんでいる節がある。頼みの職員仲間が見ての通りとなれば、却下する他ない。


 因みに自己防衛――危害を加えられた、あるいは加えられそうになった際に反撃する権利――を挙げないのは、事態が収拾した時の裁量が警備兵にある為、先の事情も相俟ってシビアに取られる可能性が高いからだ。最悪彼らの機嫌如何で自分も捕らえられることになりかねない。魔法の行使に至っては例外だが、グレッグの形は明らかに戦士だ。今考えても仕方がない。

 

 つまり、今は出来ることがない。


 痛い思いは当然したくないので、ここは怒りの矛先を変えて誤魔化すのが妥当だろう。


 「あのー。まずは依頼達成の処理でもしませんか」

 「……」


 ピキッ。グレッグが青筋を立てた。


 「あいつやりやがった……!」

 「グレッグが今日魔物を狩れなかったことを今言いやがった……!」

 「ひゃっはー! ぶちころ! ぶちころ!」


 説明ありがとう! 変なやつもいる! 


 俺は心の中で叫んだ。これはどうしようもない展開だ。


 「歯ぁ食いしばれェ……」


 もういっそ、一回殴られた方が都合がいいな。


 俺はグレッグの命令通り、歯を強く食いしばり、目を閉じた。


 「――だっせぇな。しょうもねえことすんなよ、グレッグ」


 突然近くで誰かが呟いた。


 転じてギルド内の雰囲気がガラリと変わる。


 目を開くと、俺とグレッグから少し離れた場所で、耳の尖った金髪碧眼の青年が立っていた。


 その些か幼さを残す面持ち。外見の年齢は20もいかないくらい。彼は特徴からしてエルフだ。


 俺は彼を知っていた。当ギルドに夕方頃毎日やってくる青年だ。目的は夜限定で開かれる酒場だろう。


 依頼を一切受けたところを見たことがないので疑問に思っていた。彼は一体何者なのだろうかと。


 その正体が、今取り巻きの解説によって明かされる。


 「あいつは……『風マン』ナキトだ……銀級冒険者の、この街で最も金級に近い男、『風マン』だっ!」


 ……思うところがない訳ではない。寧ろ過多状態だ。だが、とりあえず置いておこう。


 『風マン』、もといナキトは取り巻きによると肩書き、実力共に十分の青年らしい。しかし大柄なグレッグと比較すると、ナキトの背丈は小さい。どうしても迫力の面では見劣りしてしまう。


 「魔物一匹すら狩れなかった今日のあんたに、ごちゃごちゃ抜かす権利があんのか?」

 「あン? 文句あんのかよ、依頼も行かねぇクソビビり野郎が」


 グレッグは早速俺から目を離し、大股で挑むような口調のナキトに迫る。


 睨みを効かせたグレッグを、ナキトは何も言わず見上げた。


 「なんなら切れ味試してやろうかァ?」

 「やってみろよ。しょぼい挑発に乗っかるとでも思ったか?」


 そう言って煽るナキト。


 「――チッ、つまんねぇ。帰るぞ」


 数十秒後、グレッグは舌打ちを打つと、ナキトを通り過ぎて出口へと向かっていった。


 ……新たな疑問が浮かんだ。はて。帰るぞ、とはどういった意図なんだろう。彼は1人で依頼を受けたはずだが。


 「コカトリス、離すんじゃねえぞ」


 その答えは、去りゆくグレッグの背中が雄弁に物語っていた。


 毛深い彼の露出した背中に引っ付いていたのである。


 「ピヨピヨ」


 小さなひよこが。


 「コカトリス……」


 俺は見えなくなったグレッグに向けて、一言呟いた。


 その最後のインパクトがあまりにも強いばかりに、俺は一連の騒動を思い返しても、こう考えてしまったのである。


 曰く――グレッグ、そんなに悪い者ではないんだな、と。

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