第2話 冒険者ギルド 受付編
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――『冒険者ギルド・ウィスタリア支部からの人材募集要項
所在地:スプルース王国ウィスタリア『絶品亭』真向かい。
従業員数:23名。男5名 女18名
ギルドマスター:歴戦の金級冒険者、レオ
・業務内容:冒険者が快適・安全な依頼達成を遂げる為の全面的な支援。
報酬金:金貨12枚〜
依頼者:名もなき獅子
「引退冒険者優遇。見習い大歓迎。是非一度足を運んでみませんか」』――
朝一番。依頼掲示板を見て俺は絶句した。こんな貼り紙をずっと見落としていたとは、まだまだである。
この職場で働いてもう3ヶ月になる。試用期間も終え、ある程度知識は得た。だからこれだけは言える。
「ギルドマスター。この依頼書、事務にもう一度精査してもらった方がいいかも知れない」
「おー、ヒサギ、どれどれ――これそんなにおかしいか? 良い出来だぞ? なんたってお前が入ってきた時ぐらいから毎月修正してんだから」
「初心に立ち返ってくれ。依頼内容が完全に詐欺だ」
「……そんな言う? きつくない?」
このまま依頼を何年も貼られ続けるとギルドの信用問題に関わってくる。酷だと思うが俺はレオにそう伝えた。
するとレオの顔が目に見えて分かるほどに青ざめていった。
「直すのは業務内容の一点だけでいいと思うんだが。もっとこの職場の現状をだな」
「――この職場の現状が、どうなの?」
「夜に帰れないことも多いとか、売りにしている女性陣が――」
「女性陣が、何なのかな?」
俺は気になっていた点を報告する気でいた。さっきまでは。
喉から声がうまく出ない。おや、突然風邪気味になったようだ。首も心なしかゆっくりとしか回らない。しかし、振り返らねば確実な死がそこに迫っていた。
「エルナさん。今日もよろしくお願いします」
「ヒサギくん。今まで教えたことを言ってごらん?」
「はい女性陣はとても魅力的な方が多いと。それから顔が整った金級冒険者を雇ったほうが市民からの評判と新人冒険者の安心を一挙に獲得できると思います」
「おい。待て。待ってくれ、ヒサギよ……」
俺は今まさに考えていた訂正を告げると、レオは瞬時に頭を抱え出した。
一方でエルナさんは、よく出来ましたと満足そうに微笑み、行儀良く受付席に座る。見事な対比だ。
この3ヶ月、エルナさんと午後から出勤のユリアさんには随分と世話になっている。レオを蔑ろにする気はないが、仕方がないことだ。
「もう『そっち』に飲み込まれたのか……」
……さて、そろそろか。俺はエルナさんの隣、冒険者用窓口②に腰掛け、書類の束を手に取る。
こうして今日の仕事が始まった。
冒険者ギルドで冒険者と一番多く関わるのが受付業務である。
早速エルナさんの元に冒険者パーティが現れた。
「おはようございます〜! 冒険者ギルドへようこそ!」
「ああ、おはよう、エルナちゃん。この依頼を受けたいんだけど」
「かしこまりました〜。皆さん、冒険者カードの提示をお願いします〜」
「ほいよ!」
そう言ってパーティのリーダーらしき男は、予め手に持っていたギルドカードを差し出した。男を皮切りに後方にいた他の3人も次々にエルナさんにカードを渡す。
「俺らもうすぐで銅級になれんだぜ!」
「すごいですね〜! 最近いつも頑張られているの、わたし見てますよ」
「えへへぇ。そうかい! んじゃサクッと終わらすかなっ!」
「はい、お気をつけて〜」
冒険者カードの色は青色。上級冒険者だと確認できたようだ。エルナさんは依頼書の確認欄にサインし、パーティにギルドカードを返した。
冒険者カードには依頼に対応した等級と色が存在する。
見習い冒険者は緑、下級冒険者は白、上級冒険者は青色といった具合に、昇級する毎に更新されるのである。因みにその上からは銅級、銀級、金級と金属の名前に変わり、その色に塗装されたカードが作られる。
昇級の方法はとにかく同ランクの依頼をこなすこと。一定回数達成した冒険者は昇級でき、当然依頼のランクが高い程報酬金も上がる為、金級冒険者は例外はあるが殆どの冒険者が目指す目標の一つでもあるのだ。
高ランクになれば危険度も比例するのが冒険者の等級。不正がないかしっかりと確認するのはギルド職員の重要な仕事なのである。
勤務歴が5年に迫るエルナさんともなれば会話しつつも相手に嫌味がないようさらりと重要項目を確認し、丁寧に接客をする。しかも一連の動作が流れるようで実に早い。見習うべき点が沢山あるのだ。
その後も続々と来る冒険者を捌いては見送るエルナさんの作業が続いた。
しなやかな細い指先。柔和な表情。揺れる肩まで掛かった長い黒髪。
「……」
やはり、今日も今日とて俺の窓口に来る冒険者は少ない。
たまにエルナさんの所が詰まった時に来るが、
「おはようございます。ようこそ冒険者ギルドへ」
「チッ。さっさとしろよ」
「はい、依頼を確認します。ギルドカードの提示をお願いします」
「さっさと受け取れ」
「……はい、確認しました。お気をつけて」
「チッ」
めちゃくちゃ悪態をつかれる。舌打ちの数は返事の数だ。
「だ、段々早くなってるね〜! すごい!」
「ありがとうございます」
その度にエルナさんがフォローを入れてくれる。少し穏やかではない一面もあるが、根はとても優しい人である。
俺も3ヶ月の間に随分と成長したように感じる。初めはまごついていたこともあり歯に食べ物が挟まったかの如くチッチチッチやられてたが、今では鳥の鳴き声程度に収まっている。
「吸収も早いし、お仕事いくらでもあったんじゃない?」
「身元が全く分からない人は雇えないと思います。それに、ここまで出来たのも偏にエルナさんやユリアさんの教え方のお陰です」
「そう? でも数ヶ月前までとてもお家がなかった人とは思えないな〜」
ふとエルナさんが俺の事情を尋ねた。
ギルド職員界隈では俺の就職について未だに懐疑的な目を向けている人もいると聞く。
曰く「なんでギルドマスターがホームレスを勧誘したのか」や「元ホームレスなんて犯罪者に違いない。絶対何かしでかす」等々。
たまにそういった陰口も聞こえたりするが、エルナさんにそういった意図はないと断言できる。ここに来て初日こそ困惑した様子だったが、日を重ねる内にそれもなくなり、今では仕事仲間として受け入れてくれている。
快適に、平穏に生活を送り続けたいと願う俺にとっては非常に助かる人である。
「馬車に連れられて気づいたらここにいたので。以前は普通に働いていました。これからはギルドで頑張りたいと思います」
「そっか」
エルナさんはそれ以上詮索しようとせず、笑顔で頷いた。
こんな話はギルド職員が特別少ないというだけで、お客である冒険者の間ではありふれた話だ。
多種多様な人々が生きる街、ウィスタリア。
人もエルフも獣人も、それぞれの事情を抱えて生きている。
冒険者ギルドという団体はそういった人々の受け皿なのかも知れない。身内には結構当たりがきついが。
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