第14話 冒険者育成学校 ハズレ枠の勇者編

+++

 先日の一件以来、当クラス内でのホウリの立ち位置が著しく変わった。


 俺が編入した時点での肌感覚でしか語れないが、ホウリは以前より総合成績が学年で8位の大変な優等生であったものの、『一級罠師』というよく分からない職業が尾を引いており、やや懐疑的な目で見られていたように思う。


 それがエリックを片手間で撃退した途端、罠の有用性が示された形となり評価が鰻登りになったのだ。


 そして今、ホウリは決して少なくない生徒に囲まれ、担ぎ上げられている。


 一方でホウリがクラス内唯一の話し相手であった俺は孤立し、今や学内で終日まで一言も話さないこともあった。


 ――クラスの内での立ち位置といえば、忘れてはいけない存在がいる。


 ホウリにあしらわれた側の、エリックである。


 「なにジロジロ見てんだよッ!」


 自分の立場をこれ以上失わない為に、彼は半ば躍起になって俺の胸ぐらを掴んで凄む。


 「……すまない」


 初めてされた時よりも一等強い力だ。もちろんジロジロ見てなどいないが、一瞥したことは確かなので謝っておく。


 これで熱りが冷めてくれれば良かったのだが。


 「――社会のゴミが、調子に乗ってんじゃねえッ!」


 逆に彼の怒りの火に、油を注いでしまったようである。エリックは空いている片手を握り拳に変え、俺に突き出した。


 しかし、エリックの振るった拳が俺に届くことはなかった。


 突如黒髪に黒い眼の、これといって特徴のない少年が背後に現れ、エリックの暴挙を遮ったからである。


 「あーもう。胸糞悪いことはやめろよ」

 

 ホウリを囲んでいた者や遠巻に俺達のやり取りを眺めていた学生達が、水を打ったように静まり返った。


 「喧嘩を止めるなんて、流石です!」

 「ご主人、男気あるな!」


 黒髪の彼の後ろでは、エルフの少女と獣人の少女が仲裁に入った少年を褒め称えていた。


 そんな特異な状況でも、全く口を開かず事の成り行きをただ見守っている学生達。


 エリックの手から解放された俺だけが未だ理解出来ず、手持ち無沙汰になってしまった。


 「……彼は『ハズレ枠の勇者』、シン。この学校の首席よ」


 疎外感を覚える状況で、やはり頼りになったのは、同じく皆が目を奪われている間に背伸びとばかりに首を鳴らしているホウリだった。


 ……しかし、彼の紹介を聞いても、今一ピンと来ないのは俺だけであろうか。


 そもそも勇者に、ハズレ枠なんてあるのか?


 王国が誇る、世界を救済する為の切り札――勇者召喚。


 秘術故詳細は分からないが、莫大な魔力を集めて異世界から人間を喚び、その集積した魔力を彼らだけで等分する為、彼ら彼女らは魔族と容易に渡り合える程の実力を最初から備えているという。


 そんな世界から寵愛を受けて存在するといっても過言ではない彼らに、ハズレなんて存在し得ないのではなかろうか。


 まあ本人の捉え方と言われればそれまでだが。


 何にせよありがたい。エリックの相手をするのは億劫になっていたからな。無駄な出費をせずに済んだことを喜んでおこう。


 流石のエリックも学年の首席、それも勇者という肩書きが付いている人物を前にすれば、多少なりとも臆すると思ったのだが、


 「何だよ。お前が代わりに金出してくれんのか? それとも殴られたかったのか?」


 果敢にも『ハズレ枠の勇者』に喧嘩腰で挑発した。


 「……やれやれ。やっぱりおまえも、俺を見下すのか」

 「むっ。シン様、やっちゃって下さい!」

 「そうだ! こんな弱そうなヤツ、やっちまえ!」


 シンは静かに首を振ると、エリックを挑戦的な目で見つめた。続いてエルフと獣人が彼の一挙手一投足に嘆賞する。


 「……上等だよ、ザコ勇者が」


 対するエリックは額に青筋を浮かべ、中指を立てた。


 「決闘だ。殺してやる」


 そうして、戦いの幕が切って落とされたのであった。


 

 +++

 屋外演習場。――魔法実技の際に講師と模擬試合を行う為に利用される、円形の闘技場である。


 どうやら冒険者学校では生徒同士の切磋琢磨を目的に、お互い合意がある場合に限り模擬戦闘が許可されるようだ。


 会場には多くの生徒が詰め掛けていた。周囲を見渡すと、こういった祭事に興味のなさそうなナキトでさえも足を運んでいたのだ。


 揉め事の発端となった俺は当初我関せずを貫こうとしていたが、学生達からの厳しい視線より逃れられることは叶わず、客席にて観戦という形で落ち着いた。

 

 因みに俺の両隣にはホウリとオットーが座っている。


 ホウリは囲いから退散したはいいが、周囲から口々に「後で見解の方聞かせて貰いますからね!」と期待されていた故、敢えなく観戦となったようである。


 オットーは『ハズレ枠の勇者』と同じクラスであるらしく、元々観戦する気ではあったのだが、友人と観るつもりはなく、気楽にできる空席を探して放浪していたところ、偶々出くわしたのだ。


 「あんた、ドミニク工房の倅と知り合いだったの?」

 「ああ、工房へ伺った折に偶然な。……ドミニク工房を知っているのか?」

 「そりゃね。スプルース王国でも屈指の鍛治屋だもの。そこのバカ息子もある意味有名なのよ」

 「……このコ初対面でえげつないんすけど」


 オットーが自身の風評を拾い上げ、ため息をついた。


 「まあ8席のイキリ罠師に言われたかないんすけどね」

 「こいつ、締め上げていいかしら」

 「……始まったぞ」

 

 俺を挟んで別の戦いが繰り広げられそうになったのを止めると、会場で存在感を放っていた『ハズレ枠の勇者』が動いた。


 彼はズボンのポケットに手を入れ――小石を一つ取り出した。


 「あれ、スキルって言ってたけど、何らかの魔法よね」

 「そうすねー。魔力を纏ってるのは分かるんで。仕様は完全に魔法すよねー」


 『ハズレ枠の勇者』は左足を上げると、石を右手に握り、体を引いた。


 エリックもただ見ていた訳ではない。地面に魔法陣を描き、透明の壁を出現させる。


 防御魔法【魔導障壁】。名の通り、許容範囲内の魔法を遮断する障壁である。因みに耐えられる魔法の威力は、本人が術式を使用した際に注いだ魔力量によって変化する。


 それが、3枚。エリックに向かうに連れて強度が高くなっている様を見るに、まずは小手調べであろう。


 『ハズレ枠の勇者』は構わず右腕をしならせ、投げた。


 「やっぱ初見は厳しいすねー。たかが【投石】とはいえ――【魔導障壁】も【物理障壁】も貫通するんすから」


 

 放たれた石は、オットーが言った通り3枚全ての【魔導障壁】をすり抜けた。



 こうなると、エリックは無防備である。


 通常、ただの投石なら当たったところで擦り傷が精々であろうが、『ハズレ枠の勇者』の【投石】は違った。


 一直線に迫った石が、エリックの左肩を貫通したのだ。


 「――ッ!?」


 エリックの肩口に穴が空き、そこから間もなく血が噴き出した。


 「があああ!?」


 咄嗟に傷口を抑え、痛みに顔を歪めるエリック。


 他方『ハズレ枠の勇者』は余裕そうに手首をぶらぶらと振っていた。


 「流石シン様です!」

 「流石はご主人だー!」

 「そんなでもないって」


 最前列にいたエルフと獣人から褒めそやされ照れている。


 「……豪胆だな」

 「どこがよ。取り巻きに煽てられて鼻の下伸びてるじゃない」


 オブラートに包んだ言葉をすかさず剥がしにかかるホウリ。どうやら湧き上がる観客とは対照的に嫌悪感すら抱いているようである。


 「無邪気っつーか……悪いヤツじゃないんすけどねー。ああいう惚けた感じが顰蹙買うんすよ」


 オットーがフォローを入れてくれたお陰で、何とか彼の良い所を見つけられた。


 よもや決着と思えたこの試合だったが、エリックは止まらなかった。


 「くそッ……くそがッッ!」


 抑えていた右手を離し、地面に翳す。


 再び魔力を込めたエリックの足元から『ハズレ枠の勇者』まで、幾つもの魔法陣が浮かぶ。


 防御魔法【魔導障壁】、【物理障壁】――そして、【反転障壁】。エリックは防御魔法の中でも会得の難しい術式を構成、発動させた。


 【反転障壁】の作用――【反射】または【吸収】は、一度発動してしまえばどちらが採用されているのか、行使した者にしか分からない選択型の術式である。


 【投石】を反射されるか、吸収後エリックの魔力を増やされるかが分からない『ハズレ枠の勇者』には不利である。


 だが、それを前にしても尚余裕綽々といった様子の『ハズレ枠の勇者』。


 「――そういえば、一昨日レベルアップで新しいスキルを覚えたんだ」


 まるで失くしものを探すかのように、さり気ない所作で自身のポケットを探った。


 次に取り出したのは――銅貨だった。


 「……なるほど」

 「い、いきなり何なのよ」


 得心がいった俺はつい頷いてしまい、そんないきなりの挙動にホウリが肩を揺らした。


 やはり勇者にハズレ枠も何もない。


 傭兵時代に戦った時より、何故か弱くなっているが……今回は成長していくタイプなのだろうか。


 剣の勇者を目にした際から疑問を抱いていた、勇者周りのことが無事解決した。


 勇者はこの世界でも――4人だろう。間違いない、と1人で勝手に納得した。


 「随分奇天烈な戦い方をするのだな」

 「……そうね」

 「ジブンもアレは初めて見るっすね」


 特に取り立てて発言するようなことでもない。俺の口からは別の感想が漏れた。


 激闘を続けるシンは予想に違わず、銅貨を握りしめ、力一杯に投げた。


 遠心力によってスピードが増大した銅貨は、まるで生き物のように【反転障壁】を躱し、他の【魔導障壁】や【物理障壁】を叩き割った。


 対象物を意のままに制御する魔法、【投擲】である。


 1人出に暴れ回った銅貨は縦横無尽に駆け回ったかと思えばエリックの前でピタリと止まり、重力に従って落ちた。


 そんな様子をエリックは、痛みすら忘れたように、ただ呆然と眺めることしかできなかった。


 「俺がもう一度投げたら死ぬけど。どうする? エリック」


 シンがゆっくりとエリックに歩み寄る。


 エリックはどうすることもできず、膝をついた。


 「……オレの負けだ」

 「流石はシン様です! あんなやつ殺せばよかったのに!」

 「やっぱご主人は強いな!」


 情けない敗北宣言は、シンの取り巻きによってかき消される。


 「うおおお! 勇者! 勇者!」

 「一体どこまで強くなるんだ!?」

 「負け犬は早く引っ込め!」

 「あいつ元々いけ好かなかったんだよなー。死ねばよかったのに」


 勝者であるシンには、浴びるような賞賛。


 敗者であるエリックには、蔑む非難。よく見れば、通学初日に共にいた取り巻きまで参加している。


 エリックとは色々あったが、その光景は見ていてあまり気分の良いものではなかった。


 そんな中、俺の目には取り巻きと抱擁するシンよりも、憎悪に満ちた表情でシンを睨むエリックよりも、


 「【反転障壁】は確かにすごいわ。でも、どうして【定点障壁】を並べなかったのかしら。【魔導障壁】は要求される魔力量も多いしムダ打ち感が否めないわ」

 「【投石】は座標指定する魔法じゃないからっすかね。足狙われるかもしんないっすし」

 「ああ、なるほど。エリック程になればその辺りの切り替えはして当然のものなのね」

 「ジブンも前衛で防御魔法は苦手なんで勉強になるっすね。罠師でも使えるんじゃないっすか?」

 「ええ。スロースターターの罠師にとって、防御魔法は必ず必要よ。だからこそもっと勉強しないと」


 魔法について議論を重ねるホウリとオットーの姿が、何よりも長く記憶に残った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る