第15話 冒険者育成学校 魔族襲来編

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 今日で短期通学が最終日になった。


 様々な厄介事が身に降りかかったものの、振り返ればそれもまた一興である。


 「……期間は短くとも、寂しくなるものなんだな」

 「え? この状況でほんとに言ってるの?」

 

 ホウリが驚いたように目を見開いた。


 確かに周囲を見渡せば、皆俺に対し、腫れ物を扱うように距離を取っているのが窺える。


 決め手は紛れもなく、あんなに大きな揉め事があったにも拘わらず一貫して我関せずを貫いた結果であった。


 模擬戦闘の後、シンにはもちろんお礼を言ったのだが、そもそも俺が恐喝されていたことを忘れていたらしく、「……ああ、いいよ」と適当にあしらわれてしまった。その後取り巻きが「シン様は人助けをされたのですよ! 流石です!」と続いたのは、まあ余談である。


 何にせよ、だ。


 当初の目的である冒険者への理解は十分に出来た上、多くはないが友人……と呼べる可能性も存在する知人も出来た。これ以上望むのは野暮であろう。


 俺は大変満足していた。


 「人の幸せなんてそれぞれであろう?」

 「いや、それは傍から見ても幸せそうな人が言うのよ」


 ホウリが即座に突っ込みを入れたが、呆れた表情を見るにそれ以上追求はしないようだ。


 俺は一息ついた。


 厳しかった暑さもいつの間にか和らぎ、穏やかで澄んだ空気が肺を満たした。


 近頃は木々が紅く染まり始め、風情を感じる。実に良い卒業日和であろう。


 ――少なくとも、昼を過ぎるまでは、そうであったのだ。


 異変を感じたのは、午後から一発目の講義が終わった折であった。


 各育成機関の付近には専門の魔導師、それも国お抱えの魔導騎士団の一員により強固な防御魔法【結界】が張り巡らされている。


 国有数の魔導師が練り上げた【結界】を破るのは、金級冒険者であっても苦労するだろう。


 それが一部、一回の魔法で破られたのだ。


 ……幸いまだ誰も気づいておらず、避難の心構えをする時間は十分にある。


 ある程度落ち着くと、【結界】をいとも簡単に破る程の、それもここの学生に害を加えることでメリットがある人物に心当たりが全くなかったことに気づいた。


 急いで自身で考えられるだけの推測を行う。


 こういった出来事は、事前に理解するとしないとでは後の過ごし方に雲泥の差ができるような気がする。


 まずは俺自身の安全についてだが……【結界】を解いて感知されるまでの間何もアクションを起こさない時点で、実力は当然ここの学生よりも数段高いが、取るに足らない存在であろう。


 安全の保証はできた。次は該当人物の検索である。


 少なくとも、俺が目覚めて出会った中で【結界】を一発で壊せる人物は、レオとシンしかいない。


 ただレオは戦士型故、魔法では厳しいだろう。それに、彼の性格は理解しているつもりだ。そんな暴挙には出ないと信じたい。


 次にシンだが、彼は朝登校する姿を見掛けた。また発動された魔法に独特の波長を感じなかった為、可能性は低い。


 そうして考えていると、窓の外、ついにその人物が姿を現した。


 魔力の波長で考えれば一考の余地があったものの、実力を鑑みるとありえない人物。


 【結界】を仕留めた魔法は――防御魔法【反転障壁】。攻撃系統の魔法ではなかったのだ。


 だからこそ、必然、直近でその魔法を行使した者が候補として挙がった。


 そう――エリックである。


 赤黒く変色した目、鋭利で黒い爪。細部の特徴が魔族と一致している。もちろん先日までエリックはそんな姿形をしていなかった。


 彼は魔力を込めると、手のひら、焦点を――俺たちのいる教室よりズレた位置に向けた。


 示すのは、隣のクラス。


 なるほど。狙いはシンか。


 構成された術式は火魔法【火砲】。……そういえばエリックは火魔法も使っていたな。


 「ホウリ、誘導よろしく頼む」

 「……え?」


 直後、校舎の一部が爆発した。


 【火砲】が着弾し、激しい轟音が耳を劈く。


 状況が理解できない皆が、口々に叫ぶ。


 着弾前に伝えたからだろうか。ホウリが慌てた様子で俺に問いかけた。


 「――ちょ、ちょっと! どうなってるのよ!」

 「今外を確認したらエリックがいた。何か目的があってやったんだろうな」

 「やったんだろうな、じゃなくて! ほんとにエリックが――」

 「そんなことより早くこの場を離れた方が良い。俺は少し気になることがあるから、先に行っている」


 ただ、ここで悠長に問答している時間はなかった。校舎が倒壊するまでに探らなければならないことがあったのだ。


 【結界】が破られた瞬間、それにいち早く気づき、教室を出た人物を見た。


 俺はその者を追いかけるべく、皆が密集する前に教室を出た。



 俺がたどり着いたのは、図書館の前であった。


 【火砲】が撃たれたシンのクラスとは少し距離がある為か、まだ火の手はここまで至っていない。


 中に入ると――そこにはやはり、ナキトがいた。


 以前ここに足を運んだ際、彼の去っていく姿を覚えていた所為か薄々見当がついていたのだ。


 ナキトは持ち出し禁止の本を何冊かカバン中に入れている最中であった。


 「……外に魔族の姿をしたエリックを見つけた。早く出たほうが良いのではないか?」


 これは火事場泥棒というやつであろうが、ナキトの所作は全く焦る様子ではなく、悠々としている様ですらあった。


 「魔族は身体能力が人間よりも飛び抜けて高い。早く脱出しなければ――」

 「その話、いつまで続けんだ?」


 どれだけ冷めた態度で接しられようとも、彼はグレッグに因縁を付けられた際には臆せず助けてくれた人物だ。


 俺は根気よく脱出を勧めた。


 しかし、ナキトは手を止めず、俺を見ないまま突き放すように言った。


 「ヒサギっつったか。怖いならあんた一人で逃げろよ」

 「そういう訳にもいかないな。ナキトには大変な恩がある。せめて返さないとならない」

 「……きめぇんだよ」


 ついにナキトが手を止めてくれた。だが、避難する気は微塵もないようであった。


 そして、止めた手を、俺に向けた。


 ナキトの手には、魔力が込められていた。


 「余計なお世話っつーのが分からねえか? あんた、空気読めねえからグレッグにもエリックにも集られんだよ」

 「まあ、そうかもしれないな。反省しよう」

 「だったら今すぐ読めよ。誰もあんたの弱え手なんて求めねえんだよ」

 「確かに俺は弱い。だが、例え盗みをはたらく者でも、助けてくれた者には――」

 「だったらあの時の分、今返しとく」


 風魔法【風砲】。圧縮された風を解き放ち、指向性を持たせ指定した座標へと射出する魔法である。


 それが、ナキトの手のひらから俺に向かって撃たれた。


 空気を切り裂きながら俺へと迫る風の塊。


 俺は半歩下がった。風が激しい音を立てながら、先程までいた俺の足元を深く抉る。


 ……何故だ。


 理解できない。


 俺はこの時代に来てから今まで出会った人物の思考、行動原理を大方理解したつもりだ。


 だが、目の前のナキトの考えだけが、どうしても理解できない。


 持ち出し禁止の本を盗むのは解る。市場に売り捌けば小遣い程度にはなるし、自習としても使えるのだ。どうせ燃えてなくなるなら盗んだとてそれは根っからの悪人がすることには入らない。

 

 問題なのは、どうして俺を目の敵にするのかだ。


 ナキトが俺にする態度は、明らかに以前と全く異なる。


 理解できない。


 理解できないことは、何よりも、恐ろしい。


 「お前の言い分は分かった。それならば今の作業をすぐに終えて話し合おう」

 「あんた、本当にきめえよ」


 ナキトは透き通る様な蒼い目に怒りを湛え、俺をしっかりと捉えた。


 今度は体ごと俺の方へ向き直り、右手を伸ばす。


 手のひらへと伝える魔力の量が増大した。


 広げた手から少し離れた場所に魔法陣が浮かぶ。


 これはフェイクだ。


 魔法陣の構成を解析すると、【偽装】の処理が施されていた。


 瞬時に見上げると、幾つかの風の塊が発現し、俺を捕捉する。


 暴風魔法【風光】。【風砲】の要領で圧縮した風の塊を無数に造り出し、まるで流星の様に降り注がせる難度の高い魔法。


 着弾するまでの速度は、実に瞬きすら与えない程速く、尚且つ威力が高い。


 もう立ち話は叶わないだろう。


 俺は脚に【】を掛け、ナキトに迫る。


 ナイフを抜くまでもなく、瞬時に五指を用いてナキトの首を締め上げた。


 「――ッ!?」


 直後、後方では立て続けに床が鳴動した。


 破片が勢いを失い俺たちの足元に散らばる。


 「オ、マエ――ッ」

 「答えてくれ。お前はどんな理由で俺を害そうとする?」


 ナキトが驚愕に目を見開いたのは一瞬で、すぐに苦しそうに俺の腕に爪をたて苦しみ藻がいた。


 「グレッグもエリックも剣の勇者も皆理解できた。だからこそ何をされたとて然程気にすることもないんだ」

 「――ッ、――ッ!」

 「だがお前は違う。今のお前の思考回路が全く以って理解できない。どうか教えてくれないだろうか」

 

 ナキトは必死に藻がき、依然変わらず瞳に怒りを湛える中で、やっと口を開いた。


 「オ、マエがッ! ――姉さ、んを、泣かせたからだよッッ――!」


 ……。

 

 時間が止まったかのような沈黙が流れる。


 やっと思考を取り戻した俺は手を離すと、ナキトは尻もちをついて咳き込んだ。


 ……はて。姉さんとは。


 親族でいう、姉のことだろうか。


 益々意味が分からなく首を傾げていると、ナキトが叫んだ。


 「恩だとかほざきやがって! じゃあオマエはなんで、姉さんを泣かせたんだよ!」


 俺はもう一度ナキトを眺めた。


 金髪に蒼い目。特徴的な所といえば長い耳だ。


 はて。エルフの女性はシンの取り巻きくらいしか知らない。彼女の泣いた姿など見ていないが。


 ……もっと広く考えてみよう。

 

 直近に関わり、泣いた姿を見た女性。


 金髪。


 ……ん?


 よくよく考えてみると、心当たりがあった。


 「……ナナ、か?」

 「ほら見ろよ! しらばっくれんじゃねえ!」


 ナナ。


 ナナが、ナキトの姉だと?


 いや。そういえばだが。


 ナナと街中で会った際、買い物カゴの食料品が弟の分でもあると言っていたな。


 やっと繋がった。理解ができた。


 「……つまり。お前は俺がナナを泣かせたのが気に食わなかったと?」

 「当たり前だろうが!」

 「……それは大変すまない」


 俺はもう一度確認を行うと、頭を深く下げた。


 「ナキトがご令姉を想っていることは十分理解できた。……軽率な行いをしてしまった。この通りだ」

 「――ッ!!」


 ナキトからの返答は、数十秒を要した。当たり前である。彼が俺に対して抱く憎悪は、謝ったところでどうすることもできない。


 「そ、そんな怒ってねえけど!? ほら、とっとと行くぞ!」

 「……ああ。ありがとう。また改めて正式に謝罪させてくれ」

 「要らねえよっ! それとオマエ、絶対言うなよ!」


 寛容なナキトは俺を許した後、先導するようにズカズカと出口に向かって歩き始めた。


 前を行くナキトの背中が意地でも振り返らないと語っている。よく見れば長い耳が赤く染まっているではないか。相当怒りを抑えているのであろうか。


 何にせよ、ナキトと俺はようやく校舎からの脱出を図るのであった。


 

 校舎を出る直前、窓の外でシンが取り巻きと楽しそうに抱き合っているのが見えた。

 

 喜びを分かち合う彼らの奥には、胸に大きな風穴が空き、血溜まりの中で斃れたエリックの姿。その周辺に銅貨が数枚と、銀貨が1枚。


 エリックの死亡が確認できた。これで一件落着だろう。


 俺はそう結論づけると、前を歩くナキトの背中に付いて行った。

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