第16話 冒険者ギルド 異変対応編
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冒険者ギルドに帰ってきた俺は、溢れかえった冒険者の数に驚きを禁じえなかった。
どうしたことだろうか。ギルド内に冒険者達が密集し、あちこちで怒号が飛び交っているではないか。
「てめえが魔族じゃねえだろうな」
「馬鹿言え! 今から殺しに行くんだよ!」
「魔導騎士団も頼りにならねえな。なんで俺達が雑魚狩りなんかに……」
「お、お前ら! 本当の姿み、みみ見せやがれよ!」
普段は仲良く談話している連中でさえも、お互い距離をとって牽制し合う様子だ。
そんな忙しない雰囲気に取り残されるよう立っていた俺とナキトを、依頼対応に動き回っていたエルナさんが見つけた。
「ヒサギくん! 大丈夫だったの?」
「ええ、まあ何とか」
「……そう。ナキトくんも。ナナちゃんがすっごく心配していたよ?」
「……はい。すぐ連絡入れときます」
冷ややかな目で俺を見ていたかと思えば、エルナさんに話を振られてぶっきらぼうに視線を彷徨わせるナキト。
一連の会話で大体の状況が理解できた。
どうやら冒険者学校での一件は早くもウィスタリア内に広がっているようだ。
際して一番問題なのが、人間であるエリックが突如魔族化したことである。普段は信念が厚く強気な冒険者が猜疑心に駆られているのを見るに、これは滅多にない事象だと推測した。
エルナさんは胸ポケットからハンカチを取り出して汗ばんだ額を拭うと、呼吸を整えて俺を見直した。
「帰ってきたばかりで申し訳ないんだけど、ちょっと手伝ってもらえないかな〜」
「もちろんです」
「ごめんね。ありがとう」
エリックの騒動に関して然程動いていない俺は、講義が午前中だけであったこともあり体力が十分余っていた。
それに、気になることがあった。疑心暗鬼になった冒険者がギルド内にごった返しているのと、エリックの魔族化の件だけではどうしても繋がらない。何やら他に異常事態とも呼べる出来事が隠れていそうだ。
「何をすればいいでしょうか」
「事務員の数が足りないから、準備ができたら応援に行ってくれると助かるな」
「分かりました」
俺はエルナさんの要望に頷いた。
「依頼が多いようだが、ナキトは何か受けるのか?」
「……受けねえよ」
「そうか。裏口からナナが入って来たら連絡する」
「っ……。おう」
エリックが持って来た災厄は、俺に限って言えば良いことでもあった。ナキトへの理解が深まったのだ。
彼が依頼を一切受けないにも拘わらずギルドに度々訪れていたのは、大切な姉であるナナのことを気にかけていたからだろう。荒事が苦手な彼女にもしも火の粉が移った際、素早く振り払う為にこうして脚繁く通っていたのだ。何とできた男であろうか。
まあ認識はこれくらいでいいだろうか。既に銀級冒険者に到達しているナキトと、こういった場所に向かないはずなのに態々働いているナナにはもう少し複雑な事情が絡んでいそうなのが窺えるが、詮索する気はなかった。
ナキトの俺に対する態度も平素通りに戻った。和解したといえよう。これで当分の憂いはないと安堵した。
俺はナキトと会話を終えると、早速事務室へと向かう。
受付窓口の奥に着いて扉を開ける。中を覗くと珍しくレオがばたばたと慌てている姿が目に入った。
「ベン、応援要請はどうなった!」
「それがどこも手が一杯のようで……」
「くそっ。ユリア、他に魔族の情報はなかったか?」
「ありません。しかし、依然魔物の発生件数が増え続けているとの連絡は来ていました。魔族ばかりに注視している状況ではないかと」
「ぐっ……そうだな。わりぃ」
動的に忙しそうな受付係とは対照的に、こちらは静的な緊迫感が漂っていた。
副ギルドマスターやユリアさんが山の様に積み重なった書類に目を通しつつ、レオに返答している。
レオは息を詰まらせ、考え込むように俯いていた。
「ただいま帰りました。何かできることはありませんか」
沈黙した空気の中、どうにか入り込める余地を見つけ口を動かすと、レオとユリアさんの表情が幾分か明るくなった。
「おお! よく帰って来てくれたな!」
「お帰りなさい。学校はどうでしたか?」
「大変勉強になりました。今日から得た知識を活かしたいと考えています」
「そうですか。それは何よりです。では、すみませんが――」
エルナさんから依頼報告書の束を渡される。
「丁度ヒサギさんが学校で勤しまれていた辺りになるのですが、魔物が活発化し始めました」
「活発化、というと?」
「まるでこの国に向かっているかの様に、各魔物の縄張りが移動したのです。更には夜行性であるはずの『ナイトウルフ』や『スパイングリズリー』までもが日中の冒険者によって発見されています」
なるほど。そういえば冒険者学校へ編入を決めた折からレオの不在が増えていた。主な理由はこれだったのか。
十分に訓練された国家魔導騎士団が対処するはずの、凶暴性を帯びた夜間の魔物が白昼堂々出現したとあっては、疑いようもなく異常事態である。
「そして、今回の学生の魔族化ですが……」
「人間を変異させる能力を持った魔族が、この国の何処かにいるということですか」
「その通りです。よく勉強されていますね」
「講義で何度も習ったので」
スプルース王国、ひいては人類の天敵、それが魔族である。魔物と違い、知性を持ったその種族は大別して下位と上位に分けられてはいるが、種自体の身体能力や保有魔力の高さはその上下に拘わらず人間を軽く凌駕するという。
その中で一部上位魔族には固有能力を有す個体が存在するらしい。
ユリアさんの説明を聞いた俺は頷きを返し、資料を読み込みながら考える。
エリックの件はまだ解決していない。彼を魔族に変えた上位魔族が何処かに潜んでいる。
――上位魔族単体で動くことはあり得ない為、下位の魔族も複数存在すると。
そう考えると、魔物の活発化と魔族の発生は容易に結びつく。
この時代でレオから聞いたことが事実であるならば、魔物も魔王が生み出した獣。当然魔王の指揮下だろう。
魔王が直々に出る可能性は低い為、ここは指揮を執る存在を上位魔族だと仮定する。駒である魔物を大々的に動かしたのは一種の陽動なのかも知れない。
そしてエリックの魔族化。これについては紛れもなく、目的が勇者だと分かる。
ターゲットである勇者達は、以前来訪した勇者連中の言動を踏まえれば、王都に集まっていると予測できる。
今考えられる、今後起こる可能性が一番高い事象を導き出す。
「態々冒険者学校に狙いをつけたのは、勇者が目的でしょう。となると魔族は王都付近で動いていますね」
「……やはり、そうですか」
「はい。王都から近いウィスタリアですから、魔族の警戒も必要ですが……真っ先に対応しなければならないのは、ユリアさんの言う通り、魔物でしょうかね」
「なるほど。貴重な意見をありがとうございます」
俺の誰にでも考えられるであろう拙い推測でさえも、ユリアさんは重く受け止めてくれた様子で頭を下げた。
「いえ。……すみません。でしゃばった真似をしてしまいました」
「そういったことは全くないと思います」
却って混乱を生んでしまっては元も子もない。先んじて謝意を伝えたが、ユリアさんは首を振ってレオを一瞥した。
「確かに、そりゃ魔物を優先した方がいいよな」
レオは感心した様子で俺を見た。
「だが、そう上手くいかねえんだよな……ヒサギ、この街の戦力、銅級の連中は何考えてると思う?」
俺とユリアさんの意見はレオも既に思いついていたようで、目下魔物討伐に勤しむ方が得策という、思いの面でも同じなのであろう。
だが、予想だにしない状況下に於いて、皆がレオやユリアさんのように冷静に判断できる訳ではない。
特に、実績が収入に直結する冒険者は尚更である。
「魔物の対処より、魔族の掃討を目指しているのか」
「……そうなんだよ。だからこんなに屯ってるヤツらが多いんだよ」
レオは受付の向こう、ごった返した冒険者達に厳しい目を向けた。
「今は皆王都に近いとこで警邏したり、銀級は魔導騎士団と組んで王都で防衛網を築いてる。英雄目指すヤツとか、メンツ保つ為に魔族倒そうとしてるヤツらが、大したこともできずにああやって歪み合ってんだよ」
「……魔物の対処はどうするんだ?」
「銅級のパーティが2つと下級上級の連中が受けてくれちゃいるが……正直厳しいな。夜行性の魔物に出くわしたら、新人のヤツらは終わりだ」
思った以上に切羽詰まっていた冒険者ギルド・ウィスタリア支部。
説明を終えたレオが唸りながら頭を掻き毟った。
「くそっ。こんなに脆かったかよ」
「緊急事態なので仕方ありませんが、こうも統制が取れていないと今後が心配ですね」
「……ユリア君の言う通りだな。どうにか手立てを考えなければ……」
レオに続きユリアさん、副ギルドマスターまでもが頭を抱える。
と、そんな折、受付からエルナさんがひょこっと顔を出した。
「ヒサギくん〜、学校のお友達が来てくれてるよ〜」
エルナさんに呼ばれ、奥に目を凝らすと、なんとホウリとオットーが揃って立っているではないか。
俺は3人に軽く頭を下げると、受付の方へ行った。
「友達……あれは友達って言えるのかしら」
「どう考えても知り合い的な感じっすよねー。ま、何でもいいんじゃないっすか」
エルナさんの「友達」発言に疑問を覚えたのか、やや不満げにホウリが呟き、オットーが苦笑しながらフォローを入れてくれていた。
「態々来てくれたのか? すまない、心配をかけた」
「心配は全くしてないのだけど。避難を押し付けて先に行って。野垂れ死んでいたら許していたけど、生きているなら話は別ね」
「……すまなかった」
ホウリは随分根に持っていたようである。まさか押しかけてくるとまでは思わなかった。
「まージブンも中々やばかったのに助けてくれなかったっすからね。こればっかりは恨みますよ」
助けの手を貸してくれたオットーも同様の所感を抱いていたようである。……確か彼はシンと同じクラスだった訳で、被害はより深刻であったことが容易に想像し得た。
「……すまない。だが、流石に火中にはな……」
「でもナキトは助けたんすよね? ほら、ピンピンしてますよ」
オットーが指差す先には、ナキトが腕を組み座っていた。視線を集めたナキトは苛立った様子でオットーを睨む。
「オマエもピンピンしてんじゃねえか」
「そう見えるだけで、心にめちゃくちゃ傷負ってんの」
「……きめぇ」
「そうね。ただでさえ気持ち悪いのに、今のオットーはより強烈ね。近づきたくないわ」
「えげつな! いじめえげつな!」
絶賛会話が盛り上がっている3人。仲が良さそうで何よりである。
「みんな仲良いね〜」
「そうですね」
エルナさんと俺は、そんな少年少女達の様子を微笑ましく眺める。
……エルナさんはまだホウリ達寄りの年齢だと思うが、もう老婆心なるものが芽生え始めているのだろうか。口にすれば大変なことになるのが想像できた為、噤んだ。
そうして和やかな空気に浸っていると、不意に背後から肩を叩かれた。
「ヒサギ、なんか楽しくやってたみたいじゃねえか」
振り返ると、碌でもない顔をしたレオが立っていた。
これは、良くないな。
「銀級のナキトに、ドミニクの倅。……それに罠師の嬢ちゃんか?」
「ホウリを知っているのか」
「ああ。教会お抱えの一級罠師だろ。畑違いじゃいるが、名は知れてるぜ」
「なるほど。有名だったのか」
初めこそ胸を張りながら誇らしげに語ったホウリであるが、その時学生間で知る者はいないと聞いた。
てっきり彼女が嘯いているだけだと解釈していたが、他方面では実力通りの評価を正当に受けていたらしく、安心した。
「しっかし、流石だなヒサギ」
レオが何度も肩を叩いてくる。これは明らかにシンがエルフや獣人の少女からされていた賞賛と違った。レオは褒めるが、手を決して放さない。
「まさかウィスタリアで頑張ってくれそうなパーティ、ちゃんと探してくれてたなんてな。オレは感動したぜ」
冷や汗が流れた。
レオがそう告げる前に、3人の話は既に終わっていたのだ。
必然、レオの見当違いな推測を全員が聞くこととなった。
「は? どういうことだよ」
「どういうつもりかしら?」
「え、なんでジブンなんすか?」
ナキト、ホウリ、オットーが一斉に俺を見た。
……別にそういった意図は全くなかったのだが。
職務中の性故か、俺の口が一人でに動き始めた。
「……勝手ながら、大変逼迫した状況だ。もし時間が許せるなら、どうか手伝って欲しい」
俺は話し終えると、意識的に頭を下げた。
状況が状況だ。世話になっているギルドの為、力を貸して欲しいと懇願する俺であった。
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