第17話 急造パーティ発足①
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翌日、朝日が昇り、数時間が過ぎた頃。
冒険者ギルドには昨日顔を合わせた面々が再び並んだ。
「なんでこんなことになったのよ……」
「ジブンはラッキーっすけどねー。8席と『風マン』と組めるなんて貴重じゃないっすか」
「オマエ次その名前で呼んだらぶっ飛ばすからな」
冒険者学校では身分に貴賎上下の差別がないよう制服なるものを着用していた為、顔ぶれは変わらずとも皆の様々な背景を表した私服姿が、俺には新鮮に映った。
開口一番不満を口にしたホウリは緑の祭服。手には魔法使用に於いて安価で癖がなく扱いやすいとされる棒。如何にも冒険者で一定数いる聖職者らしい出立ちだ。
飄々と語るオットーは皮鎧に籠手、脚にグリーブ。背中には両手で持つサイズの大盾を備えていた。模擬戦闘を観戦していた際に前衛と言っていたのを耳にしていたが、なるほど、中々様になっているではないか。
オットーの軽口に顔を顰めたナキトは胸当てと腰に短剣を下げており、一見すると新米冒険者と見紛う程の軽装であった。
だが当の俺がチュニック姿にナイフと、まるで遊びに行くかのような格好の為、全体的にバランスが取れていると言えるだろう。いや、言わしてくれ。
「ホウリは一度も依頼を受けたことがないのだろう? 進級の為だと思ってくれると助かる」
「……まあ、流石にウィスタリアが危ないって聞いたら仕方ないし、そういう側面を考えても悪い話じゃないわね」
ホウリは渋々ながらも納得してくれたようだ。
昨日俺が頭を下げると、皆こうして気怠げではあるが集まってくれた次第である。俺は一種の感動すら覚えていた。
普段は俺のような研修中の職員が単身で調査役なんて仰せつかえる訳がないのだが、ギルドマスターや他の調査員も忙しいらしい。銀級冒険者であるナキトや、見習いながらも腕が評価されるホウリがいることもあり、特例で任されたのである。
因みにオットーに関してもギルドマスターがドミニクと連絡を行い、問題ないと判断したようだ。
こうなると足枷になるのは必然的に俺であるが、頼んだ手前弱気なことは言っていられない。
「ナキトも、オットーもありがとう。パーティの足並みを崩すようなことは決してしないと誓う。どうか俺を守ってほしい」
「ええ……まだそんなこと言えるんすね……」
せめて誠意だけでもと頭を下げた俺に、オットーは何故か顔を引き攣らせ、ナキトは無言で冷ややかな目を向けてくる。
「序盤から足並み崩してるじゃない」
「……すまない」
こうしてなんだか締まらないまま、『始まりの森林』の警邏が始まったのであった。
『始まりの森林』到着前、ホウリがオットーとナキトにある提案をした。
「急拵えではあるけれど、命を預けるパーティだわ。それぞれ長所と短所を言って欲しい」
ホウリは続ける。
「あたしは手数が多いわ。罠は複雑だから気になったら都度聞いて欲しい。使える魔法は防御魔法と弱体魔法。欠点は、スロースターターな事ね。罠の特性上、こちらからの奇襲は絶対にできない」
そう言い切ったホウリに、オットーは当初やや面食らったようだが、次第に納得したようだ。間を置いて頷いた。
「ジブンは防御魔法と強化魔法が得意っすね。防御魔法はある程度使えるので前衛で使って欲しいっす。つっても【身体強化】をメインに使ってるんで、全体強化するのはあんまり効果が高くないっすねー」
「……風系統の魔法全般と【身体強化】が使える。手の内晒して怖くないのか?」
ナキトは銀級冒険者故、パーティの加入経験があるはずだ。しかしこういったことは珍しいようで、怪訝そうにホウリを見た。
「現場の冒険者界隈がどうだか知らないけれど、あたしは味方の得手不得手も分からないまま一緒にやりたくなんてないわね。それに、弱点を知られたところで、どうしたの? あたしが対策しないとでも思った? って感じね」
「……俺の弱点は狭いとこでやる戦闘だ。風魔法はある程度広い空間が必要だからな。だから今回は問題ねえ」
「そ。ありがと」
ナキトはホウリの自らを恃む様子を見て、ぽつりと呟いた。言外の「自信がない者程弱点を隠したがる」という意図に納得したのかもしれない。
「このおかげで立ち位置は固まったわね。前衛はオットー、中衛はナキト、後衛はあたし。急造にしてはバランスいいじゃない」
「そうっすね」
「……ああ」
満足そうに頷くホウリに、オットーとナキトは揃って肯定の意を表した。
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『始まりの森林』に足を踏み入れて5分程。前方にはホーンラビットが5匹、唸りながらこちらを威嚇している。
まだ浅いところに出現したホーンラビットに、この様子。この森にも明らかな異変が起きていると肌で感じた。
「ホーンラビットってあんなに勝ち気だったっすか?」
「いや、以前初調査の際に確認したが、穏やかで攻撃性は皆無だった。それに魔物辞典によれば、普段はもう少し奥にいるはずだな」
「まじすか。ウィスタリア、結構やばめですね……」
白い毛を逆立て、ギィと鳴き声をあげるホーンラビットを前に、オットーが首を振った。
「今街を憂いたところで仕方ないわ。報告書はヒサギが作ってくれるのだし。――まずは試運転と行こうかしら」
淡々と答えたホウリは、素早く陣形を確認した。
「オットー、もっと前に出て頂戴」
「ういっすー」
後頭部を掻きつつもオットーは前進する。
「じゃあ、始めるわよ」
オットーが希望の位置についたことを確認すると、ホウリは右手に持った木製の棒をホーンラビットへ指した。
その直後、ホーンラビットの群れの左右と後ろに、風の柱が立ち上った。
ホーンラビットは小さな体をピクリと揺らすと、こちらに突進を仕掛ける。
すると先頭のオットーが背中から盾を引き抜くと、重心を下げ、前方へ立てた。
間を置かず、盾の前に横一列に、5つの魔法陣が等間隔で並ぶ。
防御魔法【定点障壁】。防御範囲が狭い代わりに、障壁を構築する類の術式の中で最も使用魔力が少なく、尚且つ強固な防壁を実現できる魔法だ。
【定点障壁】はホーンラビットの突進を、5匹共、的確に阻んだ。
すかさずオットーが右方に逸れると、後ろには、片手をホーンラビットへ向けるナキト。魔力の装填は済んでいた。
「いっちょあがりっすね」
オットーが呟いた直後、ホーンラビット5匹の頭と胴が離れた。
風魔法【風斬】。圧縮した風で刃を形成し、斬撃を放つ魔法。
だが、本来風の圧縮、刃の形成、風を飛ばす、と3つの工程を経なければならない為、こんな短時間で編める術式ではなかった。
ホーンラビットの絶命を確認し、俺はナキトに近づく。他の二人も気になったようで、彼の方を向いていた。
「すごいな。見たところ短剣も使っていないようだったが」
【風斬】は以前俺がドミニクの工房で披露した【飛散】と同系統の魔法で、斬撃自体に指向性を持たせるか、予め座標まで全て設定して風を飛ばすかの違いで名称が変わっている。
つまり、どちらも剣ありきの魔法なのである。【風斬】の本来の工程である「刃の形成」というのは、武器を携えていれば端折れるだけに正規の方法で射出したところを見たことがなかった。
「……向こうが複数体ならコレの方が楽なんだよ」
ナキトは俺の問いに、懐から布でできた小包を取り出した。
「これは……ガラス片か?」
「そうだ。だから俺も『刃の形成』を一から造ってる訳じゃない」
なるほど。よく目を凝らせばナキトの手がきらきらと光っていた。先程もこのガラス片を「刃」に見立てて形成し、飛ばしたのだろう。
しかし、タネが分かっていても尚凄まじいと感じた。何故なら同じ方法で【風斬】を撃ったとて、先のホーンラビットのように真っ二つに斬るなど俺にはとてもできない芸当だからである。
それは、威力に対する魔力操作の技量と術式を完全に理解し、不要な記載を切り捨てても尚術式を成立させられるナキトの高い能力に他ならない。
「それでも、凄まじいな……」
「……いや、どう考えてもあいつらの方がやばいだろ」
ホーンラビットの突進を見極め、正確に防壁を構築したオットー。
一瞬の判断で退路を断ち、討伐まで陣形の確認を怠らなかったホウリ。
確かに、2人の実力も間違いなくナキトに負けず劣らずであった。
「それよりもっとやばいヤツも目の前にいるけどな」
「あれは偶然ナキトに隙があっただけだ」
「……どうだか」
ふと、ナキトは視線を逸らして固まった。
何事かとナキトの視線の先――正確には、ホーンラビットの亡骸の方を向いた。
「ナキト! すぐに臨戦態勢に入って!」
ホウリが叫ぶ。
そこには漆黒の狼が1匹。こちらを警戒しながら、ホーンラビットに喰らい付いていた。
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