第18話 急造パーティ発足②

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 『始まりの森林』。名の通り森林地帯であり、現場は木々の隙間から陽光が差し込む程度で、全体的に多少の薄暗さを感じる。


 そんな中でより目立つのは、闇に紛れる為、一際暗く、黒い毛並みを持つ狼。


 『ナイトウルフ』。夜行性の狩人である。


 討伐の報奨金は金貨30枚。5匹合わせても銅貨5枚程度のホーンラビットとは当然、討伐難易度が掛け離れている。


 「これって銀級パーティの案件じゃないかしら……」

 「俺らみたいな小童には荷が重いっすね……」


 存在感を一際大きく放つ漆黒の狼を前に、オットーとホウリがじりじりと後ずさる。


 「いや、いけるだろ」


 そこに待ったをかけたのが、依然ナイトウルフを視界に捉えて離さないナキトだった。


 「実力面を考えると可能性はあるけれど。……コレを相手に指揮まではできないわ」


 ホウリは足並みを崩した際のことを考えているようだ。確かに先程は連携が取れていたものの、それはホウリが状況把握できる余裕あってのことだ。保険を掛けて撤退を選ぶのは暫定パーティリーダーとして妥当な判断だろう。


 「ジブンも【物理障壁】の重ね掛けまでは手が回らなさそうっすね。ナキト、単独撃破はイケると思うけど、全員の立ち回りを見ながらじゃ無理っしょ」

 「……けど、やるしかねえだろ」


 肯定的な意見が一つも返ってこない中でも、ナキトは強行を勧める。


 ナキトの行動理念は、姉であるナナを守ることを基準としている。この凶暴な魔物がもし街中に入れば、当然ナナに危害が及ぶ。その可能性を視野に入れての発言だった。


 ホウリやオットーも街への被害を蔑ろにしていた訳では決してないが、ここは撤退してギルドに戻り、改めて然るべきパーティに要請するのが最善だと判断しているようである。冒険者学校でまず教わるのは、まさしく「自分の命あっての冒険」という教訓だ。


 「ちょっと、ねえ! あんたこの状況でもまだ傍観してるつもりなの!?」


 話が平行線になると踏んだホウリが、俺に投げる。


 詰められては最終的に判断せざるを得ないのが、環境調査の記録員である俺であった。


 「2人共、このままじゃ埒が開かないから、この人の指示に絶対従う! それでいい?」

 「まー賛成っすね。責任取りたくないし」

 「……ああ」


 次にホウリは間髪入れず外堀を埋めた。かなりのやり手である。


 「と言われてもな……」

 「なにを悠長に! 早くして、もう食べ終わるわよ!」


 ナイトウルフは俺達の会話なぞ意に介さず、依然ホーンラビットを咀嚼している。既に4匹は原形が分からなくなった肉塊と化していた。


 全権委ねられても困るのだが。特にナキトからの刺すような視線が痛い。


 「――ッ。……分かったわ。じゃああたしが方針を決めてあげる」


 腹に据えかねたのか、ホウリが俺を睨んで低い声を上げた。


 「どうせ何もしないんだったら、あんたが指揮して。あいつはここで屠るわ。それでいいでしょ? ナキト」

 

 その言葉に、普段はぶっきらぼうなナキトが吹き出した。


 「……そうだな。死傷者出たらギルドマスターも黙ってないだろな。ちゃんと指揮してくれよ」

 「いや。待ってくれ――」

 「じゃージブン防壁貼りますねー」


 俺が制止する寸前、オットーが動いた。


 大盾を地面に突き刺し、魔法陣を展開。狼の間に防壁が築かれる。


 こちらを眺めていた狼の眼が鋭くなった。


 食事を止め、のそりと歩き出すその姿は、さながら次の獲物を狩る猛獣である。


 音もなく飛び出し、ホーンラビットに齧り付く様は横目で確認していたが、認識が甘かったようである。


 少し考えれば状況は幾らでも変えられたのだ。


 狼を見た途端、喚いて逃げ出すのが正解だったようだが、如何せんナキトの技量が高く見惚れてしまった。


 数々の失態は俺にある。ならここは払拭といくしかないのが大人の責務だろうか。


 「ホウリ、防御魔法に接触することを条件に、罠を張れるか」

 「ええ。……何よ。罠の仕組み、もう分かったのね」


 軽微な術式であっても魔力という対価を必要とする魔法と同じく、罠に代償が存在すると仮定するならば、それは『特定条件の付与』という枷であろう。


 エリックが詰め寄った時は、腕を伸ばした範囲内という条件だろうか。ホーンラビットと会敵した際は、数秒の時間制限と、対象の移動。おそらくオットーを対象に置き、座標をホーンラビットの周りに指定させたのだろうか。


 正解かどうかは分からないが、何にせよ無条件で発動することは、勇者でさえ制約が存在するこの世界ではあり得ないのだ。


 「……術式内容は任せる。それと、ナキトは【風光】を構築しておいてくれ。合図は俺がする」

 「了解」


 ナキトが術式を構成し始めるのと、狼が【物理障壁】に向かって飛びつくのは同時であった。


 ナイトウルフが前脚を振り、【物理障壁】を易々と砕いた。


 だが、これも想定内だ。オットーが発現させた【物理障壁】は、即興故あまり魔力を注いでいなかったのである。


 「魔法は使用しないと。【物理障壁】で正解だったな。オットー、次は【定点障壁】で頼む」

 「ういっす」


 ナイトウルフは勢い良くオットーを食い千切ろうと牙を剥き出しに口を開けて迫る。


 対してオットーは冷静に盾を突き出し、ナイトウルフの獰猛な牙が犇く口内に差し込んだ。


 盾には、【定点障壁】が纏っていた。


 牙と盾が、接触した。


 罠の条件が満たされる。


 ――突然、盾が爆発した。


 「ちょ――なに仕込んでんすか!?」


 仰け反ったのはナイトウルフだけでなく、オットーも同様であった。


 だが、この程度の連携では簡単に態勢を崩さないのが、夜行性の魔物らしい。


 傷一つ付いていない牙を見せたまま、ナイトウルフがオットーを捉えた。今度は脚を振り上げる。

 

 そして、ナイトウルフが鋭利な爪をギラつかせ、脚を振り下ろす。――その一瞬。


 俺は鞘から抜いたナイフを、その無防備な腹へ向けて投げた。


 腕前の職人による【武器強化】が施されたナイフが、狼の柔い腹に易々と突き刺さった。


 ナイトウルフは血相を変え、無理な態勢ながらも後脚を使って器用に飛び退ろうとする。


 無論そんな瞬間を見逃すわけがない。


 「ナキト」

 

 ナキトに視線を送ると、既に合図を待っていたようで、すぐに暴風魔法【風光】を発動させた。


 上空で待機していた風の塊が、ナイトウルフの頭上、更には逃げるであろう後方まで絶え間なく降り注いだ。


 地面に着弾した風が、砂埃を舞い上がらせた。


 「ホウリ、隙ができている。弱体魔法を掛けてくれ。ナキトは【風光】の装填に徹してくれ。オットーは……」

 「……反応ないんで多分終わってますよ」


 続けて注文を続ける俺に、オットーが呆れたように振り返った。


 やがて視界が晴れると、穴だらけになり横たわったナイトウルフが露わになった。


 「何を逡巡していたのかしら」

 「……まあ似た動物を狩ったことがあったからな。魔物でも存外効くらしい」

 「動物狩りに魔法なんて使うの? 初めて聞いたけど」

 「……指揮とは大変苦労するものだな。上手くいったようで良かった」

 「その割には途中で戦闘に参加したみたいだけど? すごく良いタイミングでナイフを投げてくれて助かったわ。まるで一連の流れを把握していたみたいな行動だったわね」

 「……」


 これは良くない。何を言っても詰問されているように感じるのは何故だろうか。


 「ホウリさん。これ以上掘り返そうとしても出なさそうなんでやめましょー」

 「そんなことより先に、金についてきっちりしといた方がいい。後腐れがあるのは面倒くせえ」

 「……そうね」


 オットーとナキトに諭され、渋々といった様子でホウリが俺の元を離れた。


 「取り分は勝手に決めてくれていいわ。あたしは教会からの依頼があるから金銭には困ってないし」

 「あージブンは攻撃面参加できてないんで、辞退するっす」

 「……オマエら、分かってないな。こういう時は等分で話決めれんだよ。後々こじれたら面倒くせえだろ」

 「なるほど。冒険者はそうなのね。分かったわ」

 「じゃあ遠慮なく貰うっすかね」


 報酬の分配に関してはナキトが上手く指揮を執っていた。


 話を終えると、ナキトは俺に歩み寄る。


 「……あんたの分は俺から出しとく」

 「いや、構わない。これも仕事の一環だ。……納得がいかないなら、お前を無理に連れ出した分として取っておいてくれないか」


 以前俺が推測に留めたナキトとナナの事情であるが、それは少し頭を捻れば薄々と分かるからだ。


 ナナを守らんと冒険者ギルドに顔を出すナキトに対し、彼を危険な目に遭わせないようにと自らが苦手とする職場で働く彼女は、おそらく――。


 言い換えれば、今回俺が姉弟の願いを勝手な都合で潰してしまったのである。


 「……分かった、貰っとく」

 「そうしてくれ」

 「……けどな」


 金銭面のやり取りを無事終了し終えたナキトは、斃れたナイトウルフを見た。


 「……自分でも分かってんだよ。このままじゃいけねえってな」


 ナキトの目は、何を捉えているのだろうか。そして、何を考えているのだろうか。


 ここから先は、俺には到底推し量ることができない、ナキトだけの命題だ。


 俺は皆が集める視線の先、尽きた命に表現しきれない何かを思い、手を合わせた。



 ナイトウルフを無事討伐した俺達は、討伐の証である爪と牙を一部拝借して奥へと歩を進める。


 亡骸を持って帰って解体業者に引き渡せばそれなりの追加報酬が見込めるが、彼らはしなかった。


 「いやー、調査って思ったより疲れるんすねー。他の細々したやつもそうっすけど、ギルド職員には絶対なれないっすわー」

 「ギルドの有用性が分かってくれたか。今も募集中だぞ」

 「無理っす。ふつーなら狼倒した時点で帰れるんすからねー」

 

 そう文句を言いながらもオットー達は付いて来てくれていた。


 「……流石に浅いところだけを探って帰投とはいかないんだ。もう少し行けばギルドマスターも許してくれるだろう。切り上げるとしよう」

 「そうね。生態系が移動した影響かしら、ここ辺りは却って魔物がいなくなっているし、これ以上は……」


 ふと、ホウリが足を止めた。


 「……え。なに、これ……」


 『始まりの森林』は見習い冒険者も利用する為、定期的に整備されており、一本道を進むことが多い。


 その道中であった。ホウリは木が生い茂る脇道のとある一箇所を、震えながら指差す。


 「……明らかに魔物の仕業じゃねえぞ」

 「そうっすね……」


 そこには、四肢を引き裂かれ、頭と胴だけになった冒険者の死体が、木に凭れ掛かっていた。


 何故魔物の仕業じゃないと分かったのか。


 それは、死屍のすぐ側に、千切れた手足が4本、並べられていたからであった。


 

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