第19話 暗雲と一筋の光

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 同日、深夜。冒険者ギルド内には夜勤の従業員に加えて、俺とレオがいた。


 酒場は本日に限り休店である。表に「close」なる札をレオ自らが掛けていた。


 調査業務から帰ってきた俺達は真っ先に道中で発見したものをレオに報告し、ナイトウルフ討伐の報奨金の支払い等を終えた後解散となった。


 その後諸々の報告書をまとめ上げていれば、もう空も白み始めた頃合いである。


 レオは依然片手で顔を覆うようにして、押し黙っていた。


 「……ギルドマスター、どう思う」

 

 レオの表情を見るに、このまま時間が経過し、依頼の受付開始まで運べるような状況ではないと思う。


 「……どうしようもねえだろ。普段粋がってるあいつらを見たら」


 やがてレオが苦しそうに口を開いた。


 俺達パーティが帰投し、報告した時間。未だ魔族掃討の依頼を待つばかりでいた冒険者がギルド内に蔓延っていた。


 これはそんな冒険者達にとって好都合だろう、と俺が敢えて声も大きくレオに伝えたが、当時の状況は俺の予想するものとはあまりにも掛け離れていた。


 曰く、「お前がやれよ」「ほら、待ってたんだろ。早く受注しろよ」「俺は降りるぜ」等々。


 英雄願望はどこへやら。冒険者間で醜い押し付け合いが始まったのだ。


 そんな阿鼻叫喚の地獄と化した冒険者ギルド内で、とうとうレオが「帰れ」と一喝した。


 そういった経緯あってか、レオの表情は一向に晴れない。


 「いざ魔族と対峙するとなれば、怖くなるのも当然だろう」

 「肩持つ必要ねえよ。お前は特に、周りから散々言われてたろ? 本当の腰抜けはどっちなんだろうなって話だ」

 「悪いが俺は絆されて鬱憤を晴らすような性分ではない。それよりも先の、もっと建設的な話をするべきだ」

 「……すまねえ。そうだな」


 今はレオに乗っかり不平不満を漏らすべきではない。それはレオ自身も分かっているはずである。だからこそ俺は諌める役に徹した。


 「ここの風習が分からなくてすまない。今一度確認するが、バラバラになった手足をああやって並べるのは時間がない冒険者がする弔い方ではないのだな?」

 「ああ。土に埋めるか放っておくかが普通だ。んで帰ってきたら報告して、調査の派遣を進言する。それが冒険者が死体を見た時にするやり方だ」

 「仮に教会の聖職者が立ち会っていた場合はどうなるんだ?」

 「ホウリの嬢ちゃんみたいに神聖魔法【浄化】を掛けて、後は冒険者と変わらねえよ」

 「……そうか」


 今回は現場保存の目的もあり、遺体には触らず帰投した。その際にホウリが腐食を抑える魔法である【浄化】を掛けていたのを確認した。


 以上の話を踏まえて、冒険者や聖職者による供養の方法を理解した。――つまりは、人が行ったという疑問は完全に却下されたのである。


 『始まりの森林』は見習い冒険者の登竜門と呼ばれている故、金銭の強奪を目的とした盗賊が殆どいない点も確認済みだ。


 次にたらればで考えられる話であるのが魔物の線だが、魔物が人を襲う理由は唯一つ、魔力や肉体の観点から非常に高い栄養価を持つ人間を捕食する為である。徒に損壊だけするのは根本的にありえないことだ。


 さすれば自ずと導き出されるのは、最悪のパターン……魔族による行動だ。


 「……やはり幾ら銀級相当であれ、これ以上はホウリ達を駆り出す訳にはいかないな」

 「あたりめえだ。若いヤツらに、こんな酷なことやらせるかよ」


 レオは過去、魔王の幹部を討伐した。その際、勿論であるが幹部の部下である魔族とも会敵した経験があるのだ。


 「魔族は強えよ。……上位魔族じゃなくても、絶対に犠牲が出る」


 その実、エリック魔族化騒動では【火砲】に巻き込まれた犠牲者が数人出ていた。


 まずいな。これは打つ手なしである。


 レオと俺が頭を抱えていると、冒険者ギルドの扉が開いた。


 「ギルドマスター、大変です!」

 

 息を切らして叫んだのは、俺達が報告したのと同時に出発した専門の調査員であった。


 何事かと思わず顔を顰めたレオに、調査員は呼吸を整えることすら忘れたかのように続ける。


 「遺体の冒険者のランクは、銅級!  他にも3人、同じパーティと見られる銅級の屍を発見しました!」

 「上位魔族か! ……クソッ!」


 レオが忌々しげに舌打ちする。


 上位魔族だと確定した訳ではない。魔族が数体同時に出現した可能性も視野に入れるべきである。


 だが、どちらにせよ悲報に他ならなかった。


 『始まりの森林』を主に巡回していたのは、確か銅級冒険者のパーティが2つ。その内の1つが壊滅したのだ。


 「王都に行った連中を引き摺り出してやる!」

 

 王が座す都に派遣した冒険者を呼び戻すことは、客観的に考えても身の程を弁えない行為だ。しかし事は急を要する。今後王族との関係が悪化してでも街を守るという、レオの強い覚悟が読み取れた。


 そうしてレオが蹶然と席を立った、その時。


 「なんか揉めてんのか?」


 調査員が開き放しにした扉から、『ハズレ枠の勇者』シンが顔を覗かせた。


 「ご主人様、あまり首を突っ込まない方がいいですよ!」

 「そうだぞご主人! なんかアブナイ匂いがする!」

 「いや気になるだろ」


 まるで活気のある定食屋にでも入るかのように、ふらりと登場した勇者を前に調査員とレオが驚く。


 その背後には冒険者学校でも見掛けたエルフと獣人の少女達が当たり前のように付き添っていた。


 「勇者……こんな朝方にどうしたんだよ?」

 「いやー、ほらね。男なら色々分かるだろ」

 「もうっ……ご主人様ったら」

 「そそそうだぞ! 人前で言うな!」


 レオの尤もな問いに、シンは後頭部をポリポリと掻いた。エルフと獣人の少女達が顔を真っ赤に染まらせ叫ぶ様子を見て、レオもすぐに察したようだ。


 「朝までハッスルか……とんでもねえな」

 「はは。表現が古いって。……それより、おっさんがここのギルドマスターか?」

 「ああ。噂は予々聞いてるぞ、勇者よ」


 どうやら2人は初対面のようであった。レオはシンの問いに頷くと、俺の肩を叩いた。


 「まだ礼を言ってなかったな。こいつが脅迫されてた時助けてくれたようじゃねえか。ありがとな」

 「えー、あー、そうだな! よかったよかった」

 「ちょ、ご主人様! あの方はエリックに絡まれていた人ですよ!」


 レオが感謝の意を述べるが、シンは心当たりがないといった様子で俺を見ると、ぎこちなく笑った。続いたエルフの補足によってポンと手を打った次第である。


 「人……? なんかこいつ臭いぞ?」

 「こらっ! ガウ、やめなさい!」

 

 獣人の少女、ガウから臭いとまで言われてしまった。すぐさま叱責するエルフの少女は一番の常識人に思える。


 だが、臭いと言われるのにも心当たりがあった。


 「すみません、この子獣人の中でも鼻が利くみたいで……」

 「……いや、こちらが悪い。水浴びを忘れていた。すまない」


 そう、調査業務で汗をかいたにも拘らず、帰投後の忙しさも相俟って水浴びすらしていなかったのである。


 「おーい、遊んでないで事情聞くぞ」

 

 俺と少女達がやり取りするのが気に食わなかったのだろうか。シンが眉を顰めむっと口を尖らせて彼女達を窘めた。


 「で? おっさん達こそ朝方にどうしたの? 酒場はやってないみたいだけど」

 「あ、ああ……そうだな」


 レオは困惑気味に俺を見る。「こいつに話していいのか?」と、まだ初対面であるからか、些か実力に懐疑的なようである。


 俺はその視線に間を置かず頷くと、レオが滔々とこれまでの経緯を語り始める。


 どうやら俺はレオから随分信頼されているらしい。若干であるが嬉しく思った。



 「なるほどね。上位魔族が出たのに、ここは手薄だと」

 「……ああ。情けないが。現状ここはオレらだけじゃ守り切れねえ。今から王都に行って派遣したヤツらを返してもらうとこだったんだ」

 「そっか」


 シンは顎に手を当て、首を縦に振った。エルフの少女――クリスタとガウは後ろで事の成り行きを黙って見守っている。


 やがて、シンが顔を上げた。


 「王都から態々冒険者を呼び寄せなくていい。この依頼、俺が受けるよ」


 その表情には十分な余裕が見て取れる。


 「……いいのか?」

 「まあ貸し一つってことで。今王都には他の勇者がいるんだ。ここは俺が受け持っても支障ないからね」


 レオの問いに、シンが首肯した。


 「あの無能共に王都を任せてもよいのでしょうか?」

 「無能でも勇者だ。そりゃ力は俺に及ばないけど、上位魔族くらい倒せるんじゃない?」

 「ご主人はいっぱい考えているんだな! 頭良い!」

 

 クリスタが心配そうに訊ねると、シンが自信満々に返した。


 ……なにやら勇者界隈でも諍いがあるようだ。まあその辺りは全く無関係なであるが。少なくともウィスタリアまで余波が来ることはあるまい。


 打つ手なしの状況であったが、一縷の望みが見えた。


 「ありがとう。すげえ助かる」


 レオの表情も随分と晴れた。完全に追い風である。


 勇者とは、誤解を恐れて言うならば対魔族用の切り札だ。彼らはレオにとって先程危惧したような「若いヤツら」という枠組みから、カテゴリーに属しこそすれ全く別物だと考えている。それは俺も引っ掛かりなく受容できる、謂わば共通認識である。


 「流石はご主人様です!」

 「流石だな、ご主人!」


 学校内で聞いた際は、これはもはや一種の宗教ではないか? と甚だ疑問だったこのシンの持ち上げ方であるが、今回ばかりは俺も彼の決断を目の当たりにし、彼女達と同じく賞賛を送りたい気持ちだった。

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